第717話、進撃、ディグラートル大帝国軍!


「時間だ」


 大帝国軍、東方方面軍司令官、ジョエル・コパル大将は、連合各国の国境線に配置していた各軍に進撃命令を発した。


「進撃開始! ディグラートル、万歳!」


 旧連合国、プロヴィア、トレイス、カリマトリアから、連合国はニーヴァランカ、ウーラムゴリサ、ネーヴォアドリス三国へ。陸軍ならびに空中艦隊が雪崩をうって東進する。


 無数の空中艦が遮るもののない空を行き、巨大人型兵器である魔人機や鋼鉄のゴーレム群が大地を踏みしめ、戦車が轟々たるエンジン音を轟かせる。


 多数の帝国兵、そしてそれらを上回る数の培養オークやゴブリン軍勢。大陸最強の軍団が、ついに連合国に引導を渡すべく、その正面の門をぶち破るのだ。



 連合国ニーヴァランカ――連合国でも北方に位置するこの国は、まだ大地に雪が残り、その空気も肌寒い。広大な平原と、南部に標高の高い山々が連なっているという国土を持つ。


 国境都市アバローナは同国でもっとも西に位置する。外壁で囲まれた円形の都市で、過去、蛮族や魔獣の侵攻を幾度となく弾いてきた過去がある。

 そんな城塞都市の上空に、大帝国第三空中艦隊が侵入した。


「目標上空に到達。地上からの攻撃なし!」

「底部主砲、ならびに爆弾倉開け!」


 第三艦隊旗艦、バトルシップ『ピノース』の艦橋で、艦隊司令であるソーグア中将は命じた。


 ピノース級空中戦艦。大帝国軍では第二世代の戦艦に相当し、6隻が建造された。30センチ連装主砲を3基6門に、多数の15センチ副砲、8センチ速射砲を備える。Ⅱ型クルーザー同様、側面から見ると魚のようなシルエットだが、大きさは253メートルと巨大だ。


 アバローナ攻撃艦隊は、戦艦1、巡洋艦14、コルベット15の30隻からなる。10隻ずつの横列陣を形成、ニーヴァランカ西部最大の都市へ攻撃態勢に入る。


「全艦、爆撃開始!」


 空中艦の艦底部から無数の爆弾が投下される。高度2500メートルから次々に落とされた爆弾は、三角屋根の多いアバローナの民家を突き破り、または道の真ん中に落着して爆発した。


 都市守備隊も住民も、空から降り注ぐ爆弾の雨に逃げ惑い、吹き飛ばされていく。


 さらに空中艦は底部に配置された主砲を、より重要度の高い目標へと向ける。爆弾は文字通り手当たり次第に攻撃するための手段。確実な目標は砲の出番である。


「アバローナ領主城、主砲射撃よーいよし!」

「よし、その天守閣を吹き飛ばせ!」


 ソーグア中将の命令はただちに砲手に伝わり、旗艦ピノースの30センチ連装砲が火を吹き、艦を震わせた。

 随伴する巡洋艦群も、15センチ連装砲を発砲。蟻を踏み潰すが如く、地上で動くものを火球へと飲み込み、搦めとる。


「……この期に及んで、反撃はなしか」


 ソーグア中将は口元を歪める。領主城は、その間にも射的の的のように砲弾を叩き込まれ、崩れ、瓦礫と化していく。堅牢な城といえど、砲撃の前には無力!


「こんな楽な戦争もないな」


 アバローナ守備兵はまさに無力そのものだった。空を覆う空中艦隊の前に、まさに一方的に蹂躙されるのだった。



  ・  ・  ・



 連合国ネーヴォアドリス西部国境――


 残存する連合国の中で南に位置する国。広い国境線を挟んで対峙するは、ネーヴォアドリス軍と大帝国陸軍。


 侵攻に備え、木材の壁や石垣による陣地に築いて防衛体制を整えているネーヴォアドリスだったが、まず国境を越えたのはⅡ型砲戦車の57ミリ砲の砲弾だった。


 大帝国陸軍第8軍団は、ネーヴォアドリス軍の野戦防御陣地へ攻撃を開始した。飛翔する砲弾が陣地内で爆発、丸太で組んだ防壁や石垣を粉砕していった。


 第8軍団を指揮するゴーラ少将は、Ⅱ型戦車改造の指揮車から、為す術なく陣地を破壊されていく連合国軍を嘲笑した。


「そのような時代遅れの盾で、我が戦車を止められると思っているのか!」


 と、ゴーラ少将の視界に、敵陣地からとおぼしき、岩の塊が飛んでくるのが見えた。


「投石機か」


 ようやく反撃したかと思えば、飛んできた岩は、戦車部隊をかすりもしない。すでに敵陣地は半壊。ネーヴォアドリス兵が、あたふたと陣地を放棄して逃げ出す。……これが春に備えて、せっせと陣地を構築していた軍だと言うから笑わせる。


「何と脆い。連中は昨年から何も学んでいないのだな!」


 大帝国の戦車自体は、去年の連合国戦で活躍している。冬で戦闘が中断していたとはいえ、対策する時間くらいあっただろうに。


「ゴーレムウォール、前進!」


 ゴーラ少将は、部隊に前進命令を発した。大帝国の誇る魔人機カリッグや、アイアンゴーレム『鉄鬼』を前衛に、オーク兵団による歩兵部隊がネーヴォアドリスの土を踏む。


 鋼鉄の巨人が向かってくる姿は、さぞ敵兵には脅威であろう。浮き足立ち、逃げ腰の敵兵は蜘蛛の子を散らすように陣地を放棄する。


「将軍閣下! これは決まりましたな!」


 第8軍団参謀のひとり、アバル少佐が、調子のいいことを口走る。


「敵は剣を交えることなく逃げ出しました! しかしこのまま敵さんが逃げますと、ゴーレムウォールでは追いつけませんなァ」

「ふむ、いっそこのまま、ネーヴォアドリスの王都を目指すか」

「敵さんが道を開けてくれますからな! 我らで敵首都一番乗りといきますか!?」


 他の参謀たちもつられて笑い出す。連合国軍があまりに歯応えがなさ過ぎて、半ば本当に首都まで進撃できそうな気配さえ感じる。

 その時、彼のもとに報告がきた。


「閣下、前衛のルーダン少佐より入電。敵陣地付近に、塹壕あり。敵兵が伏せている模様!」


 魔人機部隊指揮官からの連絡だ。大帝国では上級指揮官用の無線機が配備されつつある。まだ数が十分ではなく、末端の部隊にまで行き渡ってはいないが、指揮官同士の連絡は、命令伝達や連携に、その効果は大であった。


「塹壕だと……?」


 地面に穴や溝を掘って、砲弾などから身を隠しながら移動することができる通路。敵がそれを掘って、しかも兵を潜ませていたということは――。


「ありゃ、これは前言撤回ですな」


 アバル参謀は、声のトーンが低くなり、表情も真面目なものに変わる。


「砲弾に対する防御効果の高い地面に潜んでいたということは、表の陣地は囮ですな。我々が意気揚々と追撃したら、至近から躍り出て斬りかかるつもりなのでしょう」


 砲戦車部隊の砲撃では効果が薄い。どうしますか、と参謀はゴーラ少将を見た。


「知れたこと。ルーダン少佐に指令。塹壕を焼き払え!」


 主力であるカリッグは、力強く前進しながら、5メートル半に達する高さ活かして塹壕をのぞき込む。隠れていたネーヴォアドリス兵は、鋼鉄の巨人に見下ろされ顔を引きつらせる。


 重厚な鎧をまとったようなマッシブなカリッグ。次の瞬間、腕に装備した火炎放射器が炎を吐いた。塹壕をなぎ払うが如く吹き込んだ炎が、潜んでいた兵たちを焼く。炎に巻かれ、のたうちながら絶命していくネーヴォアドリス兵。。

 やられる前に塹壕から飛び出した敵兵もいたが、カリッグや、続くアイアンゴーレムの鉄腕から逃れる道はなく、後続の帝国兵のクロスボウで射殺されていく。


「連中も一応、対策を立ててはいたわけだな」


 呟くゴーラ少将に、アバル参謀は真面目な調子で言った。


「狙いは悪くないですが、相手が悪すぎましたな。武器も兵力も我が方が有利。あの程度の数では、大した抵抗もできますまい」


 仮に待ち伏せが上手くいっていたとしても、それが何だというのだ。おそらくネーヴォアドリス軍が大帝国軍に与えられた損害など、事故損耗する戦車の数より少ないのではないか。


 まもなく、国境線のネーヴォアドリス軍は大帝国軍にろくに損害を与えることもできずに後退。

 ゴーラ少将は軍団をさらに前進させた。

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