第716話、新型装甲兵


 水上艦に潜水艦――ノルト・ハーウェンに配備される戦力について検討すべく、キャスリング基地へ行ったら傭兵のマッドハンターが来ていた。

 久しぶり、と俺は彼に声をかける。


「どうしたんだ、今日は?」

「何やら新型ができたと、ガエアから聞いた」


 黒髪の傭兵は淡々と答えた。何が、と思ったがガエアと聞いて、新型魔人機のことだと気づく。


「君の世界じゃ、普通にあったらしいからね。専門家の意見は聞きたいものだ」

「そのことも含めて、あんたに相談があるんだ」


 ほう、相談ね。TPS-02バーバリアンの改造? それとも新型が欲しい、とか? 世界は違えど、同じ異世界人である彼だ。話は聞くぞ。


「大帝国がいよいよ攻めてくると聞いた」

「ああ、予定が早まらなければほぼ来月。確実にな」

「戦争になれば、傭兵は大忙しだ」

「稼ぎ時だな」


 地方領主に兵代わりに雇われるとか、金持ちに護衛として雇われるとか。とかく戦争になれば需要は激増するだろう。

 ただ、戦場に出たとして、近代化されている大帝国が相手では、たぶんあっという間に逃げ出すだろうと思う。彼らは命あっての物種を地で行く連中であり、大帝国の火力を見れば早々に身を引くに違いない。


「そこが問題だ」


 マッドは顔をしかめた。


「他の傭兵連中は当てにできない。ボンクラ領主に雇われるのも己の寿命を縮めるだけだ。だから雇用主を選んでおきたい」


 彼は、俺に向き直った。


「ジン、俺をウィリディス軍に入隊させてくれないか?」

「入隊?」


 つまり、軍に志願する、と? 傭兵として雇うのではなく?


「パワードスーツのメンテができるのは、ここしかない。あんたなら、機動歩兵の使い方がわかっている。どの道、戦場に出ることになるなら、俺を理解し、使いこなせるところで戦いたい」

「……実にもっともらしい話だな」


 リアナに次ぐ軍事顧問として、すでに実績はある彼だ。こちらの技術をいくら知ったところで、異世界人である彼なら都合の悪いこともない。

 熟練の人型兵器操縦者であり、元軍人。その経験と知識は頼りになる。


「わかった。君を我がウィリディス軍に迎えよう」

「感謝する」


 マッドは短く頭を下げた。こちらこそ、志願してくれてありがとう。


「で、早速だが、新型を見せてもらっていいか?」

「……ひょっとして志願の理由って新型が目当て?」

「それもある」


 俺の問いに、マッドは肩をすくめる。


「新型に乗らせてくれるなら、タダでもやるぞ」


 タダ……? 思わず呟けば、彼は「冗談だよ」と笑った。



  ・  ・  ・



 キャスリング基地内工房にて、それは立っていた。


 高さ5.6メートル。ほっそりとした人型。二本の腕、同じく二本の足を持つそれは、魔人機としては細身である。

 新型機――しかし、期待に反してマッドの表情は険しかった。


「これは魔人機……のフレームか? 案山子みたいだ」


 言葉としては辛辣である。たとえ、その気がなかったとしても。

 それもそのはず、その機体――大帝国の魔人機に近い全高にありながら、胴回りはともかく、手足が人型骨格に最低限の装甲カバーを付けただけのシンプルな印象を与える。

 頭部も真四角の外部カメラカバーが、非常にのっぺりした感じで、全体のシルエットと相まって、人形を連想させた。大帝国の低級魔人機であるドリトールとどっこいに見える。


「新型というのは、魔力適性ないパイロットでも扱える新型って意味なんだ」


 ウィリディス軍には、大帝国の魔人機に対抗する魔人機としてウェルゼンが作られて、ある程度量産している。しかしウェルゼンは魔力適正がないと動かせない機体ということもあって、うちの主力人員であるシェイプシフター兵では、フルに扱えないという欠点もあった。


 で、今回、そういう適性のないパイロットでも扱える量産機としての魔人機を作ったわけだ。大帝国から鹵獲したカリッグなど、適性なくても使える機体はあるけど、あれはシャドウフリートなどの反対勢力で使うつもりだから、それとは別機種が欲しい。

 そして、この際だから、異世界――つまり俺たちの世界のロボットアニメなどからヒントやお知恵を借りて作ってみたのだ。


「ちなみに、これ素体だからな。前線で戦う時は、ちゃんと外装パーツを装着する」

「素体? 外装?」


 マッドが首を傾げる。俺が手を振ると、素体魔人機の頭部の目に当たる四角いガラス部分が光った。次の瞬間、一歩を踏み出し、魔人機は広い工房内を歩き出す。


「オリビア隊長が乗っている。……彼女は知っているな? 近衛隊長の」


 さすがに六メートル近い高さの機体ともなると、細いのにそれなりに迫力がある。


「この機体はベースだ。そもそも人型兵器って、人と同じように色々な武器を携帯して使えるのが利点だけど、ぶっちゃけさ、その武器を使いこなせるなら、機体は何だっていいと思うわけよ」


 ロボットアニメでよくある試作型とか量産型とか、色々あるけど、その攻撃力の大半って使ってる武器に左右される。もちろん物語の演出上、主人公しか使えない武器とか能力はあるが、そうでない武器はどれを使っても同じというのが俺の持論だ。


 軍艦は大砲を使うためのプラットフォーム。人型兵器もまた、携帯武装を使いこなすプラットフォーム。そう考えるなら、外見の差異はさほど重要ではない。


 まあ、敵対者に与える心理的効果というものは、それなりに考慮すべきではあるのだが。

 大帝国が人型兵器を使っている理由というのもそれだったりする。人型は兵器としてデメリットが多いと言われるが、その見た目だけで敵の戦意を挫けるなら充分にありだ。普通に巨人が現れたらビビるもんだし。


 この素体は、要するに装甲付きのフレームだ。見た目は貧相だが頑丈にできていて、拡張性を持たせている。装備する外装、武器を不足なく扱いこなす性能を持ち、仮に特定の武器を扱うに性能が及ばないことがあれば、装着する外装にその性能を補わせる。


 一方で、手足は部位ごとに即時取り外し、交換ができるように設計してある。昔から創作世界で、足をやられて動けなくなる人型兵器を見て、プラモデルのように交換修理がその場でできたらいいのに、と思っていた口だからだ。


「結局、俺は、プラモデルとブロックの影響から抜けられないんだなぁ……」


 改造工作の技術がなかったから、パーツを組み替えて、色だけ塗り替えたり……。そういう外装の組み替えや、部位交換なんて思想が、この新型に入ってしまうわけだ。


「それはともかく、外装は見た目も考慮するから案があったら出していいよ」


 大帝国がやっているように、魔人機――巨人で敵を威圧する、というのは人型兵器の利点のひとつでもあるわけだから。

 俺は、手近な机の上に置かれた、外装装着時の図の参考資料をマッドに見せる。


 ゴーグル状の頭部ガラス、角張った装甲をまとう機体は、先に完成しているウェルゼンともまた違う。素体の細さは、外装を着込んだ時に、標準型に見えるためだったりする。


「別モノだな、これは」


 マッドはじっと外装図を眺める。


「こっちはウィリディス機らしいが、こっちのは装甲が丸みを帯びている」

「そっちは大帝国で使うシャドウ・フリート用だ」


 外装装着型の機体にしたのも、ヴェリラルド王国配備機とディグラートル大帝国で使用する機で外観を変えるためだ。中身は同じ素体メカなんだけどね。


「戦闘機もそうだけど、向こうとこっちで違う機体のように見せないといけないからね」


 外装――装甲の付け替えによる仕様や形の変化。しかし基本的な部分の作りは同じで、コストカットできるところはやる。それが兵器というものだ。


 かくて、マッドを迎えたウィリディス軍。新型量産機の生産も開始され、またヴェリラルド王国北西部ノルテ海に配備予定の艦艇群の設計、建造が行われた。


 俺たちは、細かな作戦行動をいくつか展開しつつ、大帝国との開戦の日が来るのを待った。


 そして4の月、9日。

 ディグラートル大帝国による連合国への侵攻が再開された。

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