第720話、王国領空、戦端開く


 大帝国軍、第五空中艦隊はヴェリラルド王国領空へ侵入を果たした。


 すでに日が沈み、暗闇があたりを支配する。だが夜の空は多少勝手が異なる。月明かりが降り注ぎ、それが立ちこめている層積雲に反射して白く見せる。まるで雲が海のようだった。


 時々、雲の切れ目から地上が見えるのだが、逆に真っ暗で穴のようだ。


 第五空中艦隊は、前衛警戒に10隻を出し、戦艦『ディリー』含む、空中艦61隻は、5隻ずつの戦隊に分かれて航行していた。補給艦隊はその後方、やや離れて進む。


 艦隊司令のドー中将は、明日早朝になるクロディス襲撃に備え、自室に戻っていた。一応、艦隊は警戒態勢にあったものの、乗組員の大半は非常にのんびりしていた。


 これまでもそうだが、空中艦隊に攻撃してくる敵など存在しなかった。血迷った飛竜が襲撃してくることはあっても、高度1000メートルより上は安全圏。だから多くの将兵は明日の戦闘のことばかり気にしていた。


 ヴェリラルド王国には、戦闘機なる飛行する兵器があるらしい――そんな話をする兵もいたが、誰も実物を見たことがないため、さながら亡霊が出た、のような怪談話に域を出なかった。


 空中艦よりも遙かに小さな戦闘機が、どうやって艦を沈めるというのか? 彼らが一笑に付すのも仕方がないことだったかもしれない。


 だが、影は忍び寄っていた。雲海を突き抜け、飛来するは白煙を吐く誘導ミサイルの群れ。

 見張り員が、急接近するミサイルに気づいた時にはすでに遅く、着弾の爆発が、漆黒の空に無数の火花を咲かせた。



  ・  ・  ・



 ウィリディス軍旗艦『ディアマンテ』――


「ミサイル群、敵艦隊に着弾」


 艦橋に旗艦コア、ディアマンテの報告が響く。戦況モニターに、敵艦を示す赤点のいくつかにバツ印がつく。――敵艦12隻轟沈。9隻を撃破、高度を落としつつあり。

 初撃は上出来だ。司令官席に座る俺は、ウィリディス軍軍帽の位置を被り直す。


 王国の興亡、この一戦にあり。


 負ければ、そのまま王国は蹂躙される。勝たねばならない。それはウィリディス軍の将兵全員が承知している。

 アーリィーもマルカスやサキリスといった王国の人間も、出撃前には緊張を漲らせながら、静かに闘志を燃やしていた。故国のため、愛する者のために。


 さて、こちらも徹底的にやろう。英雄時代の頃の気分を思い出す。


「第二戦隊へ、敵艦隊へ突撃せよ」


 俺の命令は、ただちに第二戦隊――『アンバル』と同型3隻に伝えられた。

 ダスカ艦長指揮の4隻のアンバル級がインフィニーエンジンを加速させ、ジェット機のような速度で突撃を開始する。


 モニターの中の友軍を示す青い光点が4つ、あっという間に赤い点だらけの敵艦隊へと潜り込む。


 アンバル級の6インチ連装プラズマカノンが青い光線を放つ。高速ですれ違いながら、敵クルーザーの艦体に溶断の線を描き、次の瞬間、爆発四散させる。


 古代機械文明の強力なプラズマ弾は、帝国艦艇の側面の装甲をいとも容易く撃ち抜く。四基八門の光が瞬くたびに、高度な射撃装置によって正確な攻撃を浴びせられ、帝国艦が派手に吹き飛ぶ。

 さらに艦尾側に装備されている旋回式ミサイルランチャーが、置き土産とばかりにミサイルを発射。まだ無事だった帝国コルベットに命中、大破させて雲海へと沈降させていく。


 その様子をモニターで見守る俺。青い光は、さながら死神の鎌のようだ。煌めくたびに、紅蓮の火球が広がり、数十、数百の帝国兵の命を奪っていく。


 4隻のアンバル級軽巡が一航過し、敵艦隊後方へ抜けた時、さらに10隻の帝国艦が撃沈、ないし撃破された。……これで戦闘艦の3分の1を片付けた。


 レーダー観測により、敵艦隊の隊列は乱れていた。艦隊旗艦を守るべく周りを固める艦。アンバル級を迎撃しようと動く艦。被弾しつつも、しぶとく漂っている艦を救助しようとする艦。


 その間に、ダスカ氏率いる第二戦隊は反転すると、再び帝国艦隊の中へ突っ切っていく。突撃と一撃離脱、その反復攻撃で敵艦を減らす。


 さて――


「第四戦隊へ指令。強襲揚陸艇、発進。敵艦隊後続の補給艦隊を襲撃せよ」


 SS強襲兵を乗せたヴァイパー揚陸艇を使い、帝国補給艦を襲撃する。補給艦を拿捕し、艦を手にいれるついでに食料弾薬などの物資もいただく。帝国さんは保存食の研究もそこそこ進んでいる。使い道はいくらでもあるから確保するにこした事はない。


 第四戦隊は、揚陸巡洋艦『ペガサス』と、万能巡洋艦『ヴァンガード』の二隻で編成される。


『ヴァンガード』は、アリエス浮遊島にあった宇宙航行も潜水航行も可能な試作艦として建造された艦である。

 旗艦コアのディアマンテすら、その詳細を知らなかった艦だが、解析と再生により戦力化。こうして戦線に投入された。


 全長200メートル。艦首が格納庫となっていて、戦闘車両や航空機を少数ながら搭載可能と、空母ないし揚陸艦としての機能を持つ。艦中央から後部は艦首部分より太く、潜水時に格納する8インチ(20.3センチ)連装プラズマカノン砲塔を四基と、大型の推進ユニットを備える。


 実質、重巡洋艦クラスの火力を持つ強襲揚陸艦といった能力を有するのが、この『ヴァンガード』だった。万能艦とはよくいったものだ。


 ペガサスとヴァンガードから、揚陸艇が発進する中、第二戦隊のアンバル級軽巡が帝国艦隊をなおも血祭りに上げていく。


 帝国クルーザーやコルベットが、14センチ砲や12センチ砲の砲門を開くが、アンバル級にかすりもしない。

 もたもたと照明弾を放つ艦もある。そもそも戦闘機のような速さで飛ぶ航空艦に対し、手動射撃の帝国の砲は、その照準に入れることさえ困難だった。


 理由1、アンバル級が早過ぎて、砲の旋回が追いつかない。

 理由2、月明かりがあるとはいえ、夜間での空中目標への射撃経験が帝国砲手たちにほとんどなかった。

 理由3、射撃速度も遅いため、一発撃って外すと、次弾を装填している間に攻撃圏から逃げられる。


 以上の理由などから、帝国艦は効果的な反撃もままならなかった。


 一方でシップコア制御の高度な射撃装置に支えられたアンバル級の攻撃は、一隻ずつ、確実に帝国空中艦を仕留めていった。


 戦況モニターを見やる俺は、ばらけ始めた敵の光点を睨む。


「待機中の航空隊へ。艦隊から離れている敵艦へ攻撃を開始せよ」


 1隻たりとも戦線離脱などさせるつもりはない。ここで第五空中艦隊、全部を沈めてやるつもりでかかる。


 とはいえ、初めから航空隊を突っ込ませなかったのは、乱戦を嫌ったからでもある。どさくさに紛れて逃走する敵がいると面倒だから、逃走する敵艦を叩くことを航空隊に割り当てたのだ。いわゆる、落ち葉拾い。


 もっとも航空隊は、明日以降もっと忙しくなるからね。こんなところで消耗してもらっても困る。


 第一航空戦隊の空母『ドーントレス』『アウローラ』『アルコ・イリス』から、すでに飛び立ち、高空にて今やその時を待っていたトロヴァオン、ドラケン、ファルケ、そしてウィリディスカラーのゴースト、各中隊は解き放たれた猟犬のごとく、行動を開始した。

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