第714話、クラーケン退治


 雲の多い空。陽光が雲に遮られたりするものの、その雲自体が薄いせいで、暗くはない。

 雨の気配はなし。ただし潮の香りに雑じり、独特の異臭が鼻をつく。クラーケンのものなのか、ちょっと俺には自信がなかった。


 浮遊魔法で単身飛行中。本日は戦闘機に乗ることなく、この身ひとつで飛んでいる。……あいかわらず、海面から突き出している馬鹿でかい触手が、奴の存在をこれでもかとアピールしている。


 いったい何で、この辺りにクラーケンが流れてきたのか? ノルテ海の手前とか、もっと北に行けば、深い水深に広々とした広大な海があるというのに。……また大帝国の連中が何かやらかして、こっちへ追い立てられたとかじゃないだろうな?


 何にせよ、人のテリトリーに入り込んで悪さをしているのは運の尽きである。虎や狼のテリトリーに入ったら、容赦なく排除される。それと同じだ。


「おーい、ジン!」


 単身のつもりだったが、ベルさんが小型竜形態で飛んできた。手には携帯型ポータル。なお俺も同じものを持って飛行中だ。


「来たのかい、ベルさん」

「お前さん一人で楽しんだら不公平ってもんだろう?」

「……別に楽しくはないよ。むしろ海のバケモノって好きじゃない」


 昔やったゲームの影響だな。下水道、巨大な水中のバケモノ。うぇぇ……。


「予備のポータルを用意してた時点で、来いっていう意味かと思ったぞ」

「まあ、一人で楽しんだら文句をいう相棒もいるかと思ってね」


 軽口を叩きながら、俺は、近づきつつあるクラーケンの触手を見据える。


「細かな調整は必要ない。誘導装置がやってくれる」

「あれだけデカけりゃ、はずしようもないわな。ほとんど動かねえし」


 それもそうだ。俺は手にした携帯型ポータルの向きを調整する。海面からおよそ20メートルほどの高さを飛行する。……こんなものだな。


「ようし、ベルさん、やるぞ」


 俺はポータルの取っ手部分にあるスイッチを押し込んだ。すると、数秒後、ポータルをくぐって、R魚雷が飛び出した。


 ザバーン、と波打つ海を破り、投下された魚雷が飛沫をあげる。ベルさんの持つポータルからも同様に魚雷が出て、海中に落とされる。


 沈降、そして搭載された誘導装置が、魚雷のスクリューを回転させた。水中を行くミサイルよろしく、放たれたR魚雷が海の魔物へ突き進む。


 上から見ている限り、クラーケンの反応は鈍かった。大きすぎる故か、小さな魚雷ごとき、歯牙にもかけないと言ったところか。


 だが、それもすぐ後悔することになる。そしてそれはまもなく証明された。海上からは見えないが、海の中を疾走したR魚雷が着弾としたと思われる大爆発が発生。波を割って巨大な水柱が吹き上がった。


 大樹のような触手がぶるりと揺れ、それぞれ蠢く。そこへ第二、第三のR魚雷が魔物本体に突き刺さり、圧倒的な破壊力を解放した。


 ポータルを抜けて、R魚雷は次々と海中へ突入する。この転移魔法ゲートの向こうでは、シェイプシフター兵たちが並べられたR魚雷を一本ずつ運んで送り込むという人力装填そうてんを行っている。


 本来、戦闘機なら数本程度の魚雷しか積むことができないが、そんなの関係ないとばかりにどんどん使用できるのもポータルの強みだ。


 戦闘機や戦車、軍艦というのは、弾を運び使用するためのプラットフォームとはよく言ったものだ。このポータルシステムを使えば、多数の砲弾やミサイルを戦場に運ぶことができる。さらに武器の重量、搭載量を無視。それによる性能低下や航続距離の減少などからも解放される。


「ジン、これ、ひょっとして楽勝ってやつじゃね?」


 ベルさんが愉快そうに声を張り上げた。

 次々に命中するR魚雷。その一撃は、いかに巨大なクラーケンといえども身体を抉り、傷つけていく。先ほどから触手が身悶えして、荒々しく海面を叩く。飛沫を飛び散らせているのものの、そこに敵はない。俺とベルさんは、クラーケンから距離にして四、五百メートルほど離れて、魚雷を撃っている。


「おや……?」


 海中をかき回したのか、クラーケンの手前で新たな水柱が立ち上った。だが直後、クラーケンの触手の一本がちぎれたらしく、海面にぷかりと浮かび上がる。


 恐るべきはR魚雷の威力。

 炸薬部分に仕込んだのは高純度の高ランク魔石。俺の中では、強武装の定番。着弾と同時に魔石内の魔力を一気に開放。凝縮された魔力が一瞬で爆発すれば、まさに城ひとつを容易く爆発四散させる。


 R魚雷のRは、ruptura――ルプトゥラ(スペイン語で『突破』)。すなわち、ルプトゥラの杖。アンバル級などに追加装備させた魔導放射砲を爆弾にしたと言えば、その火力がわかるだろう。

 魔導放射砲50発も喰らったら、島だって吹き飛ぶ。贅沢な超高級爆弾だ。たっぷり喰らえ!


 クラーケンは、次々と触手を失い、逃げようと俺たちから離れようとする。……それ、駄目なやつだ。

 案の定というか、突破魚雷による直撃を受け続け、クラーケンの触手が全部海面に崩れるように落ちた。そしてその巨体が浮かんでくるが、さらに放たれていたR魚雷が命中。トドメの確認も兼ねた死体蹴りを期せずしてすることになった。


 俺とベルさんは魚雷投下をやめている。海上が静かになった時、そこには身体をズタズタに引き裂かれ、部位欠損の激しい、超々巨大イカもどきの死骸が漂っていた。

 死体蹴り分も含めて、20本くらい使ったかな……?


「終わったな。案外呆気ない」

「そりゃ、あんなものを喰らえばね。……まあ、割ともった方じゃないかな」


 これを馬鹿正直に水中で戦おうとしたら、こうはいかなかったのではないか。相手の得意のフィールドでは戦わない。これ重要。


 死骸はフルーフ島のほうへと流れていくようだ。後で、回収しておこう。大仕事の予感。


「魚雷、残っちまったな」

「サハギン族も控えているし、無駄にはならないだろう」


 他種族は敵と、ところ構わず襲う厄介な連中が海中を根城にしているからね……。


「ひとまず、フルスシュタットの伯爵の城へ行こう。たぶん、クラーケン退治を見ていたと思うし」

「あのおっさんも、腰抜かしてるんじゃねえかな?」


 ベルさんがそんなことを言った。

 飛行したまま移動すれば、港町の住人たちが大勢外に出ていた。どうやら俺たちとクラーケンの戦いを見ていたらしい。……まあ、あれだけ騒がしくやれば、普通見に来るわな。

 そのまま町に降りて、面倒になると困るので、伯爵の城へ――おっと、一番高い尖塔で手を振っているのはヴェルガー伯爵ではないかな?

 俺とベルさんは、尖塔のほうへ降りる。案の定、ヴェルガー伯爵は興奮気味に俺の手をとった。


「トキトモ侯! あのクラーケンを、一方的に! いや、Sランク冒険者とは、こんなに凄いものなのですか!」

「ええ、まあ」


 とりあえず落ち着いてほしい。


「あんな途方もない化け物をまさか人間が退治してしまうとは……信じられませんな。いや、凄い」


 凄いを連発しているが、彼やその周りの臣下たちも、口々にクラーケンによる危機が去ったことに驚き、また安堵している。


「とりあえず、ひとつ片付いたと言ったところです」


 俺は控えめに告げた。


「海賊退治に空母と航空隊も直にやってきます。残る問題と今後の防衛策について、話を進めましょうか、伯爵」

「そうですな。ええ、しかしまずは一休みを、トキトモ侯。お疲れでしょう。それにしてもあのクラーケンに使った武器は――」


 ヴェルガー伯爵と話しながら、俺とベルさんは城の中へ。

 そこで、今後、ノルテ海防衛のために必要とされる戦力とその案について話し合われた。

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