第713話、rupture


 ヴェルガー伯爵の城からノルテ海が見える。今日もクラーケンの触手が海上に出た、と聞いたので見に行った。


 せいぜい大型帆船の1.5倍から2倍くらいだと思っていたのだが、実際に海上から突き出た触手をみて、気分が悪くなった。


 40から50メートルくらいの帆船、その2倍だったとしても百メートル程度。だが遙か海上に見える触手が8本。その1本だけでも百メートル超えてるんですが……。


 あれ触手じゃなくて、多頭竜で、先にそれぞれドラゴンの顔がついていても、まったく違和感ないほど巨大だ。

 フォルミードーもデカかったが、海に隠れている全身の分も合わせたら、クラーケンのほうがデカいのでは。


 まるで島のよう? ああ、そうだ。

 天に向かって伸びる触手。こんなの見たら、屈強な船乗りだって海に出たくないと思うに違いない。深海とか、そこに棲む巨大生物とか、俺昔から苦手なんだよな……。


「あれに挑むって?」


 ベルさんが苦笑した。


「近づくだけでも命がけだな、おい」

「……何はともあれ、スケール感をつかむためにも見てよかった」


 カメラでパチリと撮影。魚雷に仕込む爆発物は、目一杯搭載してやる。一発で城が吹き飛ぶくらい、特大のやつを。


 さて、俺とベルさんはポータルを使ってアリエス浮遊島へ向かった。魚雷作りのために、早速ディアマンテに相談である。

 旗艦コアである彼女に魚雷の製造について聞くと『可能です』と返事をいただけた。まあ、ないと言われたら試行錯誤して作るだけだったけど。


「ただ、アンバンサーは水中を移動することがなかったので、テラ・フィデリティアでも、正式装備の魚雷の種類は多くはありません。単純な破壊力なら、ミサイル兵器を使ったほうがいいくらいです」

「今度の相手は海中に本体があるからね」

「海中で思い出しましたが――」


 ディアマンテが、何もない空間からホログラフィックの画面を出現させる。


「アリエスドックに、型の違う2隻の輸送艦があるとご報告したのを覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、それがどうかしたか?」

「追加の報告を。1隻は輸送艦で間違いないのですが、もう1隻が違う艦種であることが発覚しました」


 輸送艦と思われた対象艦に対し、魔力再生に取りかかったことでわかったという。


「アリエスドックにて極秘裏に建造されていた万能艦です。私のデータには登録されていない試作型で、シップコアは搭載されていませんでした」

「万能艦、というのは?」


 聞き慣れない単語だった。ディアマンテは目を鋭くさせた。


「空だけでなく、宇宙、海中も航行できるように作られた艦のようです」

「海中も……? つまり、潜水艦でもある、と」

「そのようです」


 ディアマンテは首肯した。へぇ、潜水艦があったとはね……。


「ありがとう、ディアマンテ。今後、潜水艦を作る時の参考にさせてもらおう」

「今回は使われないのですか? 敵は海中ですよね?」

「巨大な海のバケモノ相手に、潜水艦が近づいても返り討ちに合うのがオチだよ」


 性能も把握していないものを、ちょうどいいからなんて理由で使えるものか。


「とりあえず、魚雷の製作だ。……ああ、それと破壊力を上げたいから、ちょっと図面見せてくれるか? 搭載する炸薬を入れ替えるから」



  ・  ・  ・



 魔力生成による魚雷の作成。テラ・フィデリティアの使用していた魚雷でT-77TⅡという名前らしい。トーピード77型タイプⅡという意味だという。


 直径533ミリ、全長6.3メートル。最高速度60ノットを発揮する。


 これを、対クラーケン用に威力を高めるために俺のほうで改造。弾頭の炸薬部分を交換する。


 用意した魚雷は50本。ディアマンテの教えてくれた破壊力では、通常魚雷50本全部命中してもクラーケンを倒せるか確信が持てない。知ってた。だからそのための改造だ。

 作業を見守っていたアーリィーが問うた。


「クラーケンの写真を見たけど、これで倒せるの?」


 超巨大なバケモノと比べると、小さな針を刺すようなものだ。スケール感から疑問を抱くのは当然だ。


「こいつを50本も打ち込んだら、島も吹き飛ぶ」


 それだけの威力にしてある。ダスカ氏も悪戯っ子のように微笑んだ。俺も彼も、この改造魚雷の威力を信じて疑わない。


 ただ問題は、あのクラーケンが何本の魚雷に耐えられるか、である。こればかりは実際にやってみないとわからない。

 ようやくのことで改造魚雷――通称『R』を50本、揃え終わる。シェイプシフター兵を分隊で集め、俺は、R魚雷をどう使ってクラーケンを攻撃するか説明した。

 端で聞いていたアーリィーたち、とくにラスィアが目を丸くした。


「まさか、そんな方法が……!」

「さすがお師匠。これなら本当にお一人でクラーケンを討伐してしまいそうね」

「いやいや……あのクラーケンよ? 写真を見たけど、あんなの誰がどう見ても人ひとりの力で倒せるようなものじゃないからね?」

「でもお師匠ならやるわ、ラスィア。……ですよね、元師匠」

「そうですね。そこが、連合国で名を馳せたジン君ならでは、と言ったところでしょうか」


 ダスカ氏は、実に落ち着いていて何も心配していないようだった。


「まあ、そのためのR魚雷50本ですし」

「いかにR魚雷を全部使わせてもらえたとしても――」


 ラスィアは額に手を当てた。


「ジン様以外には無理よね、これ」

「まあ、ジンだからね」


 アーリィーは微笑んだ。Sランク冒険者は伊達ではない……いや、これはランク云々は関係ないか。

 俺は早速、ポータルを作り、現地へ向かうことにする。


「今から行くの?」


 驚くアーリィーに俺は笑みを向けた。


「今日できる厄介事は、明日に持ち越さない主義なんだ」


 明日は明日で、ノルテ海に配備する兵力についての検討と、艦艇の設計とかやるつもりだからね。今日中にクラーケンを討伐しておきたいのよ。


「ああ、それと、海賊退治のため、しばらく空母を派遣する。小型空母でも1隻あれば充分だと思う。艦載機は、トロヴァオン中隊でいいだろう。マルカスのところの新人たちの経験値稼ぎに海賊を利用する」


 大帝国戦の前に、対地・対艦攻撃経験を積ませておく。今のところ、大帝国に戦闘機が『もどき』しか存在していないから、対戦闘機戦より、地上攻撃のほうが多くなるだろうし。


「それじゃ、とっとと怪獣退治を終わらせてくるよ」


 俺はフルスシュタットの町へと移動した。

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