第712話、海のバケモノを倒す方法?
クラーケン。海の魔物。とにかく島のように馬鹿でかい生き物で、イカだかタコだかに似た姿のバケモノだとされる。
とにかく巨大。帆船すら、その巨大な足でひと薙ぎするだけで、玩具のように潰されるの。
まあ、ただデカいだけの魔物なら、超巨大飛竜のフォルミードーみたく戦ったことはあるが、クラーケンが最大に厄介なのは、その本体が海の中だということ。
海中で効果を発揮する魔法なんて、極端に減る。デカいというだけで、生半可な攻撃が通用しないというのに……。
海の中でなければ、ウィリディス軍の戦闘艦のプラズマカノンの集中射撃も可能なのだが。
水中用のミサイル、いや魚雷が必要だろうな。それも強力なやつ。巨体というだけで、仕留めきれないというのは、フォルミードー戦で経験済みである。
「トキトモ侯爵はSランクの冒険者と聞きます」
ヴェルガー伯爵は難しい顔になる。
「討伐できるような手段はありますか?」
「討伐する必要があるのか?」
唐突に、ベルさんが問うた。それまで置物同然だった黒猫が喋ったことで、伯爵は驚いていた。だがすぐにベルさんの問いに答える。
「海上交易路の危険度が増しています。このクラーケンの出没によっては、交易にも多大な影響が出る。実際――」
港町フルスシュタットから、時々、クラーケンの超巨大な触手が海から出ているのが見えることがあるという。そんなの見たら、船乗りは誰も海に出たがらないだろう。
「船が何隻も沈められています。フルスシュタットの危機です」
ヴェルガー伯爵は机に両手をついて、俺を真正面から見た。
「どうか、このノルト・ハーウェンを救うため、協力を願いたい。もちろん、代価、報酬等は支払います。トキトモ領との交易も優遇させていただきます」
伯爵が頭を下げた。俺とベルさんは顔を見合わせる。
クラーケンのせいで存続の危機にさらされている状況を見過ごすのも、あまりいい気はしない。それがなかったとしても、大帝国がノルト・ハーウェンを狙っているのなら、対大帝国戦の陣頭に立つ俺としても何らかの対策を立てねばならない立場であるし。
必要な物資や資材は現地からもらえるなら、できなくはないのだ。どの道、関わるのだから、それなら現地からの協力を取り付けられる機会を逃すわけにもいかない。
「わかりました。協力の見返りに、我がウィリディス軍に全面的に協力していただくことになりますが、よろしいでしょうか、伯爵?」
「よろしく、お頼み申します、侯爵閣下。ヴェルガーの名において、お約束いたします」
・ ・ ・
さて、伯爵に協力するということになり、そのまま戦略会議に突入。なにぶん俺は、ノルト・ハーウェンのことを知らない。現地情報も必要だ。
ヴェルガー伯爵がノルテ海を含めた現地の地図を机の上に広げる。さすが前世が日本人である伯爵だ。中々正確な地図を作らせている。
「とりあえず、海賊退治は、ウィリディスから航空機を派遣して討伐に当たります」
俺は地図上の、ノルト・ハーウェン沿岸部を指し示す。
「ただ、ここに航空基地はないので、空母を出して、襲撃してくる敵に対してのみ攻撃をかけることとします」
「空母があるのですか、トキトモ侯?」
目を見開くヴェルガー伯爵。古代機械文明時代の発掘品です、と答えれば、さらに驚かれた。
「海賊と、上陸してくるサハギン。そして大帝国軍の偵察艦は、基本迎撃に留めます。優先すべきは、クラーケンの撃破、討伐」
「水中にいる奴だ」
ベルさんが地図を睨みつける。
「大抵の魔法は海の中じゃ勝手が違うからな。厄介だぜ?」
「物理的な攻撃手段も、我らにはありませんな」
ヴェルガー伯爵も腕を組んだ。
「せいぜい、海中から出てきた触手をモリなどの武器で攻撃するくらい。しかし、その範囲なら、奴の薙ぎ払いで船ごと返り討ちにされます」
「ベルさんのグラトニーは?」
「海の中だぞ? それにくそデカいんだろ? 簡単じゃねえよ」
鼻をならすベルさん。
「それなら、いっそお前さんの持ってる転移の杖で吹き飛ばしたらどうだ?」
「海水ごと転移させそうだが……」
ちょっと考えて、すぐに無理だと結論づける。
「接触と範囲指定だから、ベルさんのグラトニーと変わらん。むしろ消えた海水を補うべく回りから押し寄せる波の衝撃でこっちがやられる」
「そうなると……」
ヴェルガー伯爵は、地図から目線だけ動かして俺を見た。
「前世にあった武器――魚雷で水中の敵を攻撃する、くらいでしょうか」
「魚雷?」
ベルさんが首をひねったので、ヴェルガー伯爵が言った。
「魚型水雷の略です」
トーピード。スクリューがついていて、それで水中を進み、船などの標的にぶつけて、搭載した爆薬を爆発させる攻撃兵器。敵船に穴を開けて、浸水、沈没させるのが主な使い方だ。
「水の中を進むミサイルみたいなものだよ、ベルさん。相手は水中の生き物だから、沈没はないけど」
「生き物ですから、体に突き刺さった魚雷が爆発すれば、被害は与えられると思います。もちろん、あの巨体ですから、一本や二本の魚雷では倒せないでしょうが」
ただ――と、伯爵は困ったように頬をかいた。
「言っておいて何ですが、その魚雷をこちらは作れませんでした。動力もそうですが、真っ直ぐ走らせるだけでも、かなりの技術を要しますからな。……トキトモ侯のところに魚雷はありませんか?」
「確認します」
テラ・フィデリティアの兵器目録にあれば、ディアマンテに聞けば作れるだろう。
「仮になかったとしても、水中を進むためのエンジンがあれば作れます」
たとえば、水陸型のウンディーネが搭載している魔法式ウォータージェット推進エンジンに、爆薬と誘導装置であるコピーコアを積んで、姿勢制御用のフィンをつければ、誘導魚雷になる。細かな調整やテストはいるが、現状でも製作自体は可能だ。
「魚雷があれば、あとは、それを運ぶ船ですな」
ヴェルガー伯爵は地図に視線を落とした。
「魚雷の射程や性能次第ですが、問題はクラーケンが巨大過ぎるために、迂闊に近づくと船が攻撃されることでしょうか」
「一から船を作る、あるいは今ある船に魚雷発射管を乗せる……」
「戦闘機から落とすってのは?」
ベルさんは首を傾げた。
「ミサイルみたいなもんだろ?」
「それも一つの手ではある」
もしくは潜水艦で海中から……。いや、そのためにはまず潜水艦を作る必要があるし、クラーケン退治は、できれば急いで解決したい案件だ。大帝国戦も控えているしな。
「いっそ放置して、大帝国が攻めてきたらクラーケンに相手させたらどうだい?」
「ベルさん、あれを一日放置するだけで、このフルスシュタットの港や、ノルト・ハーウェン沿岸部の漁業関係者が被る被害を考えると、良策とは言えない」
ヴェルガー伯爵が同意の頷きをした。……民間への被害を無視していいなら、クラーケンを対帝国に対する盾に利用するという手も悪くないがね。何事もうまくいかないってことだな。
「そんなわけで、実用的な魚雷作って量産したら、さっさと退治してしまおう」
「どうやって運ぶんですか?」
伯爵の問いに、俺は片方の眉を吊り上げて答えた。
「私に考えがあります」
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