第710話、見習い修行
アルトゥル・クレニエールがノイ・アーベントの俺の屋敷を訪れた。
魔法騎士学校の同期であるエクリーンさんの弟であり、クレニエール家の次期当主となる人物。そんな人物のいきなりの訪問に驚きつつ、俺は執務室に彼を招いた。
「出迎えなくてすまなかったね、アルトゥル君」
「いえ、侯爵閣下。本日は急な来訪に応えてくださり、感謝いたします」
お互いに握手を交わす。
中性的な顔立ちのアルトゥル君。王子を演じていたアーリィーは、あれであからさまに少女な顔立ちだったが、アルトゥル君は、まだ男の子の顔をしている。
それぞれ席につく中、シェイプシフターメイドがお茶を用意する。ちなみに部屋にいるのは、俺とアルトゥル君。ベルさん、SSメイドとガーネットのみである。
「単刀直入に聞こう。ノイ・アーベントに来た目的は何かな?」
「はい。実は、先日、フレッサー領の領主代行を罷免されまして」
「罷免?」
ベルさんが声をあげた。
「クビになったのかよ?」
「そうです。父上から、お前にはまだ早かった、と言われました」
苦笑するアルトゥル君。……クビの原因は、クレニエール侯爵殿の許可を得ず、独自に俺たちトキトモ領からの支援を受けたことかな?
「フレッサー領は、父に仕える別の子爵が引き継ぎました。……それで、ジン様、父クレニエール侯から、手紙を預かっています」
服のポケットから取り出した封筒。クレニエール家の紋章入りの
……。
目で文章を追う。
「手紙は未開封だったが、内容自体は聞いているかね、アルトゥル君」
「はい。父からはよろしく頑張れと言われました」
「何て書いてあるんだ、ジン?」
ベルさんが手紙の内容を聞いてくる。俺は、黒猫姿の彼の前に手紙を置いてやった。
「アルトゥル君を、我がトキトモ領で預かり、教育してほしいそうだ」
「ほう……思い切ったことをするな」
ベルさんは手紙を読み読み。そのアルトゥル君は頷いた。
「僕なりに、フレッサー領領主代行としてやってきたつもりでしたが、まだまだ未熟。そこで父は、ジン様のそばで経験を積め、と言いまして」
「……俺だって、貴族に成り立て。貴族のイロハは教えられないぞ」
むしろ貴族社会の知識なら、俺よりアルトゥル君のほうが知っているんじゃないか?
「ジン様は賢者ですから、その考え方や立ち振る舞い、行動を見て学べと。父はジン様が、今後のヴェリラルド王国を大きく変える人物であると、思っているようです」
買いかぶり過ぎじゃないか? 俺は大帝国の問題にケリがついたら、さっさと裏方ポジに落ち着いて、のんびり生活を目指すつもりだぞ。
ベルさんは笑った。
「あの狸親爺、やることえげつねぇな。フレッサー領を手に入れるだけに飽き足らず、ジンと強いパイプを得ようと躍起だってことだな」
「そうなのか?」
「お前さんは、エマン王とジャルジーとも親しいからな。さらに王国にはない新しいものを作ってるわけだ。うまく取り入って、利を得ようとしているんだよ、あの親爺はな。お前さんも見習ったほうがいい」
ベルさんの言葉に、アルトゥル君は苦笑いである。父でもあり、侯爵でもあるクレニエール候のことを明け透けにいう黒猫に言葉を返せないようだった。
「あの親爺は敵に回さないほうがいいぞ、ジン。向こうはお前さんを利用しようとするだろうから、お前さんもあの親爺を利用してやれ」
「……忠告に感謝する、ベルさん」
魔王様は、臣下や貴族の扱いも慣れていらっしゃる。経験者の意見は尊重するものだ。
まあ、こちらもあの有力な上級貴族であるクレニエール候の威を多いに利用してやればいいだろう。
少なくとも、あの人を後ろ盾にできれば、周りの貴族諸氏も迂闊な行動には出られなくなるはずだ。……アルトゥル君を教育してやるのも、ひとつの貸しとしてもいいだろう。
「了解した。アルトゥル君、君の身柄はこちらで預かろう。ただし、俺も多忙だ。君にも存分に働いてもらうからそのつもりで」
「承知しました、ジン様。いえ、トキトモ侯爵閣下」
アルトゥル君はソファーから立ち上がると頭を下げた。
「感謝します。これから、よろしくお願いいたします」
「うん。……ちなみに、貴族の子だからと特別扱いはしない。了承できるか?」
「はい。閣下の仰せのままに」
アルトゥル君は素直に応じた。まあ、ここでは俺が一番爵位が上だからな。
俺を見て教われって言われたらしいが、はてさてどうしたものか。俺も忙しいが……あぁ、まずはこっちの生活に慣れてもらう必要があるな。
「ガーネット、アルトゥル君にこの屋敷の部屋をひとつ与えてくれ。それでしばらくはノイ・アーベントの状況や生活に必要なことを教えてあげろ」
「承知しました、閣下」
この部屋で待機していた人工コアのガーネットが、アルトゥル君を執務室の外へと連れ出した。彼が俺たちに一礼して退室したのを見届け、俺はベルさんへ視線を移した。
「やれやれ、どうしたものか」
「……まあ、監視はつけとけばいいだろう。問題はどこまで見せるか、だがね」
「ポータルまではいいんだっけか?」
「もうクレニエール親爺も知っているからな」
ふむ、それもそうだな。それで言ったら、クレニエール候は戦闘機も戦車も航空艦もアンバンサー戦役で見てるんだよな。
「まさか息子を送ってくるとはね……」
「他の貴族の家に見習いに出すってのは、割とある話だ」
ベルさんが呑気な声を出した。
「ま、あの狸親爺にそこそこ信用されてるってことだな」
「わーい。……喜んでいいんだよな、いまの」
「だな。信用ってので思ったけどよ、マルカス坊やのところのガキ……えーと、誰だっけ。この前助けた坊主」
「リヒト君か? ラッセ・ヴァリエーレの子供の」
マルカスの兄、ラッセ氏。フィーエブルとかいう盗賊団と戦った時も、少しながら親交がある。
「あいつも、ひょっとしたらこっちに見習いでくるなんてこともあるかもしれんぜ?」
「……まさか」
まんざらないとも思えなく感じてきた。まだ五歳くらいじゃなかったか? だからといって、将来ないとも言えないが。
「今は、とりあえず目先のことに対応しよう」
取らぬ狸の皮算用ともいうし、あるかわからないことに頭を使うのは時間の無駄だ。……ああ、くそ。時間といえば。
「そろそろ、ノルト・ハーウェンに行かないとな」
ヴェルガー伯爵と会談をする段取りをつけているんだった。
「ベルさんも来るかい?」
「新しいところ行くんだろ? 話のネタについていってやるよ」
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