第703話、スール研究所
アリエス浮遊島から、改装高速クルーザー『キアルヴァル』、アンバル級軽巡『アンバル』、強襲揚陸巡洋艦『ペガサス』、そしてディアマンテ級巡洋戦艦『ディアマンテ』の四隻が出航した。
全艦が高度1万5000メートルにまで上昇。大帝国本国へ向けて航行する。作戦時間を深夜としているため、ポータルは使わなかった。現地まで約8時間ほどのフライトを予定。沈みゆく太陽を受け、四隻の航空艦はエンジン光を引きながら進む。
その間に、俺はポータルを使って、トキトモ領アミナの森のダークエルフ集落へと飛んだ。
針葉樹の森は、すっかり夜の帳に包まれていた。肌寒い。森の中の開けた一角を仮集落としているダークエルフたちは、ウィリディスから貸し出された天幕を立てて、家としている。だが、すでに木を切り倒して、小屋のようなものが建ちはじめていた。
「お師匠」
ユナがやってきた俺に気づいた。
「ダークエルフたちの魔法を教わっていました」
「……ぶれないな、お前は」
「代わりに、私もお師匠から教わった魔法を教えました」
「それで?」
「先生と呼ばれています」
「……今度はここで魔法科の教官を勤めるのか?」
アクティス魔法騎士学校をクビ……いや退職したユナである。おっと世間話している場合ではなかったな。
「ルカー氏はいるか?」
「あちらのテントに」
ありがとう。俺は、ダークエルフの族長を訪ねる。警備にダークエルフの戦士がついていて、俺が面会を申し込めば、すぐに取り次いでくれた。
天幕の中は、一族の相談所も兼ねているのだろう。床には何枚も厚手の絨毯が敷かれていて、簡素な机と椅子があった。こちらで支給した魔力灯の明かりが室内を照らしているが、その光度はロウソクの光程度に落としてあった。
「ようこそ、トキトモ侯爵殿」
ルカー氏はにこやかな笑みを浮かべて、歩み寄ると自然な仕草で右手を出した。
「こんばんは、ルカー族長。急な来訪をお許しいただきたい」
俺も腕を出して、握手に応える。……義手は、きちんとルカー氏の腕として馴染んでいるようだった。
「それで、今日は何用でこられた?」
「……あなた方にとっては、あまり愉快な話ではないのですが――」
一言、前置きをして、俺は現在進行中の作戦のあらましを説明する。
魔力感知に優れた亜人を生体部品にして作られる索敵装置。大帝国本国にて研究所兼工場があり、今からそれを破壊しに行くこと。
「なるほど。大帝国が我らが里を侵略してきた理由は、それか」
すべてを聞き終わったルカー氏は、表情こそ変わらないが、全身から怒りの感情を漲らせていた。……たぶん、そうなるだろうとは思っていた。
「人間どものくだらない道具として、我が同胞を殺したのか……!」
「ええ。正直、同じ人間とは思いたくないですが、道具に生きている者を組み込むような行為は断固阻止するつもりです」
魔器もそうだが、連中は人間だろうと兵器の部品にしてしまう。大帝国と話し合ってどうこうしようという気持ちが湧かないのは、それが原因かもしれない。
「侯爵殿の行動、我らも加担しよう!」
とくに頼んではいないが、ルカー氏は興奮気味に立ち上がった。
「連中のくだらない行いによって犠牲になった同胞たちの仇でもある。この落とし前はつけねばならん!」
「……戦いとなれば、犠牲は出ます」
俺は、やんわりと指摘する。
「いまは一族の集落の再建を図っている最中。もちろん、思慮深きあなたは無謀なことはなされないでしょうが……よろしいのですか?」
「うむ。気遣いには感謝する。しかし、我らとて無念は晴らさねばならん。新たな道を踏み出すためにも」
気持ちの問題なのだ。復讐は何も生み出さないというが、先に進むために片付けておきたい宿題という見方をするなら、そうなのだろう。
「わかりました。では、我がウィリディスの強襲兵部隊と共に行動してもらいます」
作戦開始の時間は迫っているので、あまりゆっくりしていられない。すぐに戦闘の準備をしてもらう。
・ ・ ・
切り立った山々が無数に広がる大山岳地帯。むき出しの岩肌は、吹き荒れる風によって長年に渡って削られ、形作られたもの。
フレーヴ山脈地帯という、数百メートル級の山々が連なる辺鄙な場所に、大帝国の魔法軍特殊開発団管轄の拠点、スール研究所がある。
その一角、頂上が緩やかな斜面となっている山のひとつを整地して作られた研究所は、陸の孤島であった。
緩やかだったのは天辺のみ。それ以外は周囲が崖となっているため、空からでなければとてもではないが上り下りができない。一種のテーブルマウンテン。
そんな場所に研究所を建てた理由といえば、ここにかつて魔法使いが作った地下ダンジョンの跡があったからだ。秘密の研究をする拠点としては悪くない。
魔法軍特殊開発団は、空中艦を使うことで研究所への行き来を可能とした。ただの洞窟同然である地下ダンジョン跡を改修。地上にはゴーレムを労働させて作った研究所と工場、空中艦用の係留所、そして防壁を建造した。
今は実用化された魔力照射型索敵装置――魔力レーダーを量産すべく、本格稼働のための準備にかかっていた。
装置の肝といえる生体部品となる亜人は地下収容所に収監されていたが、空中艦経由で他の部品が運び込まれたことで、いよいよ生産活動が行われる。
研究所所長であるガンダーフトは、魔法軍特殊開発団に所属する高位魔術師である。
五十代、細目で冷徹な印象を与えるこの男は、偉大な大帝国のための新兵器が、この研究所で作られ、大陸から忌まわしき亜人種族が一掃される未来に歓喜していた。
彼は、人間至上主義者であり、亜人を人間になりそこなった獣と見ていた。
深夜帯となり、さすがに朝の作業に差し支えるので、自室に戻っていたガンダーフトだったが、部下からの報告が、休養を妨げることになる。
「……なに? もう一度言え」
鋭い視線にさらされ、伝令は硬直したように真っ直ぐと背筋を伸ばす。
「ハッ、第二監視所より報告であります! 予定になかった空中艦が警戒ラインを通過し――」
「そこではない。何が来たって?」
「……魔法軍特殊開発団所属の新鋭高速クルーザー、『キアルヴァル』が、当研究所に接近しつつあります!」
「キアルヴァル……」
ガンダーフトは顎に手を当て、考える。
高速クルーザー『キアルヴァル』といえば、魔法軍特殊開発団を統括するアマタス将軍の専用艦だったはず――そうか、あのイカれた御仁が戻られたのか。
「来訪予定はなかった……」
「は、はい! こちらの呼びかけにも、艦名を返すのみで……」
「すぐに準備せねば――」
「はい……?」
要領を得なかった伝令兵。ガンダーフトは礼服にさっさと着替えながら声を荒げた。
「馬鹿者! アマタス将軍が見えられたのだ。ただちに迎えの兵を、発着場に整列させろ!」
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