第702話、研究所襲撃作戦


 大帝国の魔法兵器を開発する研究部署。そこが開発したのは、いわゆる魔力照射式のレーダーだった。


 魔術師には、魔力を飛ばしてその反射などから索敵を行う魔法を使う者がいる。俺も使うし、ベルさんも使う。


 人間の魔法使いだけでなく、エルフなど魔法に秀でた特性を持つ亜人種族も使っている。電波を飛ばして探るレーダーの魔法版。一般人には珍しいが、そこそこの能力のある魔術師にとっては、新鮮味にかける魔法と言える。


 だが、これを魔法が使えない、もしくは苦手な者たちでも使えるように、大帝国は機械という形で索敵魔法実行装置を作った。

 これを空中艦や戦車などに搭載することで、目視で見張るしかなかったそれまでの索敵を、より遠方から、かつ正確に発見できるようになる。


 敵対する俺としては、大帝国に優れたレーダーを持たれるのは、とてもよろしくないことなのだが、それ以上に看過できないことがあった。


 生体部品として、その装置には、ダークエルフなどの魔力に優れる種族の生きた脳を使用していることだ。


 大帝国は、他の種族を下等生物扱いしている人間至上主義が主であるが、人型種族を部品扱いするのは、さすがにやり過ぎである。反吐が出る所業。アンバンサーに匹敵する外道どもである。


 先日襲われたラスィアさんの同族のダークエルフたちも、その魔力レーダーの素材にされる予定だったと言う。ルカー氏も、ラスィアさんの姉妹も、その一族も生きたまま脳を摘出されて機械にされていたかもしれない……。


 これを許していいのか? いや、いいわけがない!


 大帝国は、亜人狩り作戦と称して、方々から亜人を連れ去っている。本格的な魔力レーダーの量産は、二、三日以内に実行されるとあっては、もはや悠長にしている場合ではなかった。


「この生産拠点というのは?」

「スール研究所。大帝国本国南部にあるフレーヴ山脈地帯にある秘密拠点です」


 スフェラは、現地の帝国軍作成の地図のコピーを机に広げた。SS諜報員が入手した地図に、研究所の見取り図などなど。


「険しい山々に囲まれ、地上から進むのは難しく、空中艦で主に研究所に行き来しているようです」

「……まずは、この拠点を潰そう」


 捕らわれている亜人たちも救出しなくてはならないだろう。こちらが使える兵力は……くそっ。大帝国本国だぞ。


「スフェラ、諜報部に命令。この魔力レーダーに関わる全ての人材をリストアップさせろ。同時にその開発資料なども全部処分できるように、所在も確認させるんだ」


 研究所は叩く。だがそれだけではこの脳を使った魔力レーダーをまたすぐに製作されてしまう。開発した人間、その研究資料も根こそぎ始末して、一からやり直しにさせてやる!



  ・  ・  ・



 作戦は単純だ。

 夜陰に紛れて、スール研究所に接近。シェイプシフター強襲兵部隊を、施設に潜入させ、素材として捕らわれている亜人たちを救出。その後、研究所を跡形もなく吹き飛ばす、以上。


 フレーヴ山脈地帯という、数百メートル級の山々が連なる辺鄙な場所にある研究所へは、徒歩で行けば時間もかかるので、空挺降下がいいだろう。帝国の警備兵を排除しつつ、建物に侵入するのだ。


 というわけで、ただち出撃の準備にかかる。


 シェイプシフター兵たちは招集をかければすぐに集まる。だが主なメンバーとなると少々事情が異なる。今は、サキリスとユナが、ラスィアさんらと共にダークエルフ集落の開拓に出ており、エリサとヴィスタは集落とノイ・アーベントを行き来し、割と忙しい。


「ずいぶんと急な作戦だな」


 早くも暗黒騎士姿で、やる気を漲らせているのはベルさん。


「今回は暴れられるのか? 大帝国相手なら、正直ウズウズしているんだが?」


 俺もそうだが、ベルさんも大帝国戦となると、普段以上に熱が入る。


「主力はシェイプシフター強襲兵だよ」


 俺はしかし意地の悪い笑みを返した。


「だが、相手は魔法軍特殊開発団の管轄下にある施設だからね。異形生物や魔術師がいるだろう。強襲兵だけでは荷が重いかもしれない」


 好きにやっていいよ。ただし、捕まっているだろう亜人たちを助け出した後でね。

 ふふん、と鼻で笑うベルさん。彼に負けず劣らず闘志を見せるは眼帯の魔獣戦士のリーレ。


「実験好きのクソ野郎どもを潰しに行くんだってな。あたしも行くぜ!」


 大帝国の魔法軍特殊開発団と聞いたら、喜んでぶちのめしに行きそうな彼女である。


「エリサとか、ダークエルフの連中に声をかけておかなくていいのか?」

「何故?」

「エリサは、キメラウェポンで連中に借りがある。ダークエルフも、里が襲われたのは、これから襲撃しにいく場所が関係しているんだろ? 雪辱の機会ってやつじゃねえか?」


 あのままだったら脳を取り出されていた、という施設に連れて行って、ダークエルフたちの人間に対する心証を悪くする必要があるだろうか?

 それとも、心の底ではくすぶっているだろう、仲間たちの敵討ちをさせてやるべきだろうか?


 正直、俺も腸が煮えくりかえっているが、今回は救出作戦であり、大帝国の戦争遂行能力に打撃を与える作戦だ。復讐戦ではない。


「……そうだな、考えておく」


 ダークエルフたちの力を借りなければならないほど、人手が足りないこともないしな。現地につくまでに確認しておこう。


 スール研究所の襲撃には、リーパー中隊のリアナと、そのSS特殊兵らも参加する。彼女らの場合は、意思確認をするまでもなく、俺が命令すれば「了解」と返す筋金入りの戦闘集団である。


 さて、今回は、大帝国本国での作戦である。


 前回の空中艦襲撃は、折よく天候が曇っていたので、地上から空中戦は見えなかった。今回は夜陰に乗じて攻撃をかけるが、研究所にいるだろう敵人員を一人残らず掃討できる自信がないので、計画していたシャドウ・フリートの兵器を主力として使おうと思っている。


 鹵獲したクルーザーⅡ型と輸送艦は、大まかな改装が済んだが、細かな補強や調整がまだなので使わない。


 高速クルーザー『キアルヴァル』、そして量産の開始されたTF-4『ゴースト』戦闘攻撃機を前衛に投入。帝国兵らの目をそちらに引き付けつつ、敵が目視できない高高度を強襲揚陸巡洋艦『ペガサス』で兵を輸送する。


 さらに――


「ディアマンテ」

「はい、閣下」


 ウィリディス軍佐官用軍服の美女型制御コアが気をつけの姿勢をとった。


「高高度から研究施設に対して艦砲射撃を頼みたい。もちろん、捕虜救出の後で」

「承知しました。では本艦『ディアマンテ』はただちに出撃準備にかかります!」


 賽は投げられた。

 シャドウ・フリートは、まだ十分な戦力を整える前に動き出すことになった。


 今回に限っていえば、捕虜となっている亜人たちの命に関わっているだけあって緊急性は高い。脳を摘出されてしまったら、こちらでは元に戻すなんてできないからな。

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