第701話、急報
ウィリディス白亜屋敷にて、俺は、エマン王、ジャルジー、ベルさんとプライベートな空間で割と深刻な話をしていた。
ヴェリラルド王国北西部ノルテ海に面する、ノルト・ハーウェンを治めるヴェルガー伯爵からの支援要請。
「それで、お
「それだ。お前に相談したいのは」
エマン王は眉をひそめた。
「エール川を大帝国に押さえられるのは避けたい。仮に、ジンとジャルジーが、北方で大帝国を食い止めても、ノルテ海沿岸部を取られれば、北部の後背を脅かされることになる」
「それは何としても阻止しなくては、親父殿」
ジャルジーも同意した。王は続ける。
「ジン、ヴェルガー伯爵の元に、戦闘機と戦車を新たに配備することは可能か?」
「できるか、できないかと言われれば、できますよ」
ただ――俺は、顔をしかめる。
「機体を回せても、人員がいないのでは……。ノルト・ハーウェンに送ったとして、現地の兵がそれを使いこなせるでしょうか?」
「訓練期間か……!」
ジャルジーが天を仰いだ。4の月の敵の大侵攻に備えて、ケーニゲン領の戦車兵やパイロットたちは、トキトモ領で懸命の訓練に励んでいる。しかし何分、訓練時間が圧倒的に足りない。
「ヴェルガー伯爵には先見の明があるようですが、施設の準備も含めて、開戦前にはとても間に合わないのは明らかです」
「ふむ……」
エマン王は腕を組んだ。ベルさんが、話に夢中になって空になっている皆のグラスにワインのおかわりを注いだ。
「ウィリディス軍の小部隊を駐留されるというのは?」
「それがもっともらしくはある」
対大帝国については、俺が部隊を展開、独自に行動することをエマン王から許可を得ている。敵の侵攻を王国外周に留めるつもりだから、海から攻めてくるなら、そちらも対応しなくてはならない。
ウィリディス軍の戦力を振り向ければ、現在の大帝国海軍なら鎧袖一触である。兵器を送り、現地の兵を鍛えれば、後々の防衛力の強化に繋がるだろう。
「アンバル一隻で、帝国艦隊も壊滅させられるだろうな。……だが、ずっとノルテ海に常駐させておくわけにもいかないだろう」
戦場は、そこだけじゃない。ウィリディス航空艦隊の戦力であるアンバル級を遊ばせておく余裕もない。
「そうなると、だ……」
ベルさんは目を鋭くした。
「こちらから先制するか。攻めてくる前に港にいる間に叩くってのは?」
母港停泊中の艦隊を奇襲する。真珠湾攻撃か、タラント空襲か――俺のいた世界でも過去にあった戦法だ。なるほど、敵が仕掛けてくる前に動くのも手か。
「こちらから手を出して大帝国を刺激したくはないな」
エマン王が嘆息した。ベルさんが鼻をならす。
「戦争は不可避でもか?」
「攻められたのなら諦めもつくが、こちらから攻撃して大帝国を本気にさせてしまった、となると、貴族たちが非難してくるだろうと思ってな。下手に帝国を刺激するからだ、と後ろ指をさされかねん」
「面倒だな」
ベルさんは、つまらんとばかりに眉を寄せ、ワインを呷った。まあ、一致団結しなければならない状況で、身内批判を繰り返す者ほど鬱陶しいものはないからな。
「さっきベルさんが言ったとおり、現地に対応可能な部隊を常駐させて、ノルテ海に睨みを利かせるのが一番でしょう」
俺が言えば、ジャルジーは首を傾げた。
「ウィリディス軍から戦力を回すのか?」
「相手が海軍なら、それ専用の部隊を用意するべきだと思う」
水上艦とか、潜水艦とかね。実戦投入できれば、航空艦を差し向けずとも、かなりのことができるだろう。
エマン王は考え込む。
「それは間に合うのか?」
「それを含めて、要検討と言ったところですね。間に合わないようなら、当面、うちの戦力の中で支えるようにすればいいかと」
正直、現地戦力を当てにしないやり方を目指しているが、ジャルジーのケーニゲン軍は魔法甲冑、戦車、戦闘機で多少使いようもあるだろう。
だが他は、近代化している大帝国軍相手には蹴散らされる未来しか見えない。が、もしかしたら異世界人か、その知識を持っているかもしれないヴェルガー伯爵には、一度会ってみたいと思った。
戦闘機や戦車に積極的な人物が、もしこちらの眼鏡にかなうのなら、王国防衛のための戦力や技術の提供も視野にいれていいだろう。
ということで、エマン王に、俺がヴェルガー伯爵に会うための段取りをとってもらうよう頼んだ。
「ほぅ……。ヴェルガー伯爵に会うか」
「戦車や戦闘機を送って有効活用できるか、現地で確認したいというのもありますし、伯爵がどのような方か、これもまた重要ですから」
兵器を預けるに足る器か。もし、その資格なしと判断したなら、伯爵には悪いがノルト・ハーウェンの近くに秘密基地を作って、勝手に戦力を用意しなくてはならないだろう。
・ ・ ・
エマン王が直筆で、ヴェルガー伯爵に返事の手紙を書いた。その中には、防衛力の強化のために、俺ことトキトモ侯爵がノルト・ハーウェンを訪れるから相談せよ、と書かれた。
で、ここから書簡を持った伝令が王国北東部はノルテ海沿岸まで駆けるわけだが、その伝令役も、我がウィリディス軍が行うことになった。
キャスリング基地で完成したポイニクス高高度輸送偵察機の二号機を使い、ノルト・ハーウェンへ向かう。現地に携帯型ポータルをもったシェイプシフター兵を降下させて、そのポータルで伝令を送るのだ。
……4の月の開戦予定日まで、もう一カ月しかない。のこのこ地上を行ったり来たりしていたら、あっという間にひと月経ってしまう。
それでなくても、俺はやることが色々ある。……とか言ってたら、本当に急な用件が俺のもとに届いた。
ノルテ海で使う兵器案を考えていた俺のもとに、シェイプシフター諜報部を指揮するスフェラがやってきた。
「マスター、例の亜人狩り計画の目的が判明しましたので、ご報告いたします」
提出された書類に目を通す。魔法軍特殊開発団……。魔力に秀でた種族を用いた、魔力センサーの開発――
内容を読み進めるうちに、紙を握る手が小刻みに震えてきた。それを知覚した時には、激しい憤りに目元がぐらついた。
キメラウェポン・プロジェクトなんて考えた連中らしいわ!
「あいつら……亜人の脳を装置に組み込みやがった!」
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