第700話、ノルト・ハーウェン
報奨金の話は決着がついた。改めて金額を確認し、仲間たちへのボーナス、今後の領運営、軍資金として活用させてもらおう。
「あー、ジン。せっかく来てくれたのだ。急な用事がなければ相談に乗ってはくれまいか?」
エマン王は、俺に酒と席を勧めた。相談、とは……?
「ノルト・ハーウェンは知っているか? 王国の北方――正確には北西部にある土地なのだが――」
聞いたような気がするし、そうでもない気もする。パッと心当たりが浮かばなかったので「いいえ」と答えておく。
ジャルジーが席につきながら言った。
「ノルテ海に面している、我が国でもあまり多くないが海に面している土地だな。ノルト・ハーウェンといえば、ヴェルガー伯爵の領地だったような」
「その通りだ」
王は頷いた。俺は首を傾げる。
「そのノルト・ハーウェンが、どうかしましたか?」
「ふむ、ジャルジーも言ったが、領主であるヴェルガー伯爵が、大帝国に対して、かなり危機感を抱いておってな。私に相談をしてきたのだ」
王の話によると、ヴェリラルド王国北西部はノルテ海があり、西に隣国リヴィエル王国、大河であるエール川を挟み、国境が形成されていた。このエール川は、大陸の南側、すなわち南海にまで伸びているのだという。
口ではわかりにくいので、俺は、シェイプシフターメイドに命じて、地図をもってこさせる。偵察飛行隊によって得た記録を元に制作された西方諸国地図が、机の上に広げられた。
「大帝国は、この大河を抑えるために、ノルテ海に面する我が国北西部と、リヴィエル王国を制圧すると思われる」
西方諸国地図――エマン王を指し示しているあたりを見ると、俺は自分の世界のヨーロッパの地図を連想した。ちょうどドイツのあたりがノルテ海。大陸に対して半円状に海が食い込んでいる。
その例えで言うなら、ヴェリラルド王国はオーストリア、リヴィエル王国はスイスあたりか。……まあ、南にイタリアはなくて地中海もないのだが。
「この沿岸と大河の入り口を制圧すれば、大帝国は、西方諸国のある大陸西側を迂回することなく、南の海へ進出する足掛かりを得ることになるのだ」
大陸西側を迂回しなくて済むようになる、というのは大陸制覇を目指す、ディグラートル大帝国にとって重要な意味を持つ。エール川を掌握すれば、大陸南側への進出もやりやすくなる。
「エール川は、大陸南部への貿易に古くから利用されておる。だが最近、ノルテ海の海賊が増加しており、どうも大帝国がその裏に絡んでいるようなのだ」
「奴らならやるでしょうね」
俺が頷けば、ベルさんも首肯した。
「本格的侵攻の前に、適当な騒ぎを起こすのは連中の常套手段だからな」
「海賊だけではなく、北のシェーヴィル王国……いまは帝国領だが、ノルテ海に面する港に、大帝国の軍船が新たに配備されたという情報も掴んだらしい」
大帝国海軍――空中艦隊にばかり目を引かれがちではあるが、連中は有力な水上艦隊を持っている。もっとも、この世界のレベルでは、という話だが。
シェイプシフター諜報部によって、大帝国軍の情報を集めている俺は、当然ながら敵海軍についても調べさせていた。
その主力となるのは帆船――俺の世界で言うなら、キャラックやガレオン船といったあたりに相当する。もっとも急激な近代化がなされており、蒸気機関を搭載した新型艦も順次、就役しつつあった。
火薬を用いた大砲もそうだが、異世界人の知識のなせる技なのは間違いない。目下、空中艦のほうが優先されているため、海軍の強化は抑えられているが、空中艦の技術を応用する計画が立てられている。
これが成功すれば、船の進化をすっ飛ばし、装甲艦レベルにまでチート進化させるだろう。……数年後が恐ろしいね、まったく。
ジャルジーは唸った。
「大帝国は、ノルテ海からヴェリラルド王国に侵攻を企てている、と?」
「いや、現状は旧シェーヴィル王国から、陸軍と空中艦が南下する案でくるよ」
俺のSS諜報部は、そう掴んでいる。大帝国はそのために冬の間、こつこつ準備を進めていたのだ。
「だが、西方諸国にも攻め入ろうとしている連中だ。比較的余裕のある海軍戦力を、こちらに回してくることはあり得る」
4の月の、ヴェリラルド王国北方からの大侵攻が失敗したら、大帝国は海からの上陸作戦を計画する可能性もなくはないだろうな。
エマン王が俺を見た。
「しかし今のところは、表立った侵攻はない?」
「はい。ただし、帝国海軍に動きがあるなら、急遽作戦が練られ、実行に移してくることもあるかもしれません」
空中艦が優先されている大帝国である。海軍としては、自軍強化や武勲のために、計画をねじ込んで、攻め立ててくる可能性もある。
どの道、ノルテ海の制圧を連中が進めるつもりなら、海軍の働きかけ次第では、侵攻が早まることもある。まあ、SS諜報部がその前に知らせてくるだろうが。
ぶっちゃけ、帆船や初期の装甲艦が相手なら、航空隊による攻撃や、アンバルなどの航空艦を一隻でも送れば、それで無双してくれるだろう。
「それで、ヴェルガー伯爵でしたか……? 伯爵は、お
王国防衛のための援軍? それとも対抗策のための援助要請か?
「大帝国が侵攻した時のための防衛力の強化――具体的には、戦闘機や戦車を、ノルト・ハーウェンに配備できないか、というものだ」
戦闘機や戦車!? 俺は耳を疑った。
「えっと……ヴェルガー伯爵が、そう要請したのですか?」
「ふむ。東部騒動――アンバンサーとの戦いで、ウィリディス軍の戦闘機や戦車の噂が流れたらしくてな。諸侯も何件か問い合わせてきおったが、ヴェルガー伯爵もどうやらその口のようだ」
やっぱり情報は広がっていたんだな……。まあ、近々、王都やケーニゲン領には、ヴェリラルド王国初のVF-1戦闘機、VT-1戦車が正式にお披露目になる予定ではある。そう……まだ、
「見たこともない割には、ずいぶんと新兵器を買っているようですね」
「新しいもの好きだと評判はある」
エマン王は、ヴェルガー伯爵をそう評した。
「彼の寄越した書状には、戦車や戦闘機用の施設をこちらで準備する用意があるので、許可を頂けるなら至急にも配備を願う、とあった」
「……」
「どうしたジン?」
ベルさんが俺の顔を覗き込む。いやね、何か妙な感じがしたんだよ。……えっと、『戦車や戦闘機用の施設をこちらで準備する用意がある』だって?
「ヴェルガー伯爵は、戦車や戦闘機の実物を見たことがある……?」
少なくとも、噂で聞いた以上に詳しくないと、施設の用意なんて言葉が出てくるだろうか? 戦車を鋼鉄の魔獣、なんて言ってるような者がいるこの世界で。
それに、どういう兵器か理解していないと、配備を要請するなんてあり得ないのではないか。戦闘機が空を飛ぶもの、や、戦車が大砲なる武器を積んで地上を走る、などというレベルで伝わっていたとするなら、それで海の上の船を撃退できる、なんて誰が想像できる?
戦闘機に爆弾を積んで爆撃する、戦車を沿岸に並べて上陸しようとする敵を迎え撃つ、など、使い方はある。だがそれは現代以降の異世界人の知識であり、この世界の人間の思考ではないはずだ。
……仮に、独自にその考えに行き着いていたなら、ヴェルガー伯爵は天才であろう。
もしくは、伯爵自身か、その周りに異世界人がいるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます