第687話、小さな来訪者


 王都冒険者ギルドのギルドマスターの執務室。俺、ベルさん、アーリィーがヴォード氏とラスィアさんと談笑していると、部屋の戸が叩かれた。


「おう」


 と、ヴォード氏が応じると、入ってきたのは次のギルマスであるクローガだった。相変わらずの好青年を絵に描いたような人物が、俺に向かって片手をあげた。


「やあ、ジン君」

「ご無沙汰しています、クローガ。ギルマス就任、おめでとうございます」

「他に適任がいないと言われただけだよ」


 クローガは謙遜した。ベルさんが「出世したな」と声をかけると、おかげさまで、と彼は返した。


「正直に言うと、Sランクであるジン君のほうが適任だと思うんだけどね。……ああ、侯爵になったんだってね。おめでとう」

「ありがとう。……気がついたら貴族になってました」

「Sランク冒険者なら珍しくないことだよ。知っているかい? ヴォードさんも普段はああだけど、実は男爵――貴族だ」

「そうだったんですか?」


 ぜんぜん貴族らしくなくて、俺は驚いてヴォード氏を見た。


「まあ、一応、屋敷もあるし、広くもないが土地も持ってる」


 ヒュー、とベルさんが口笛を吹いた。


「知らなかった、そんなの……」


『知ってた?』『いいや』と俺とベルさんは魔力念話で問答。そこからアーリィーを見れば、なぜか彼女はすっと目線を逸らした。……アーリィーは知っていたな、ヴォード氏が貴族だってこと。


「それで、ジン君」


 クローガが話題を変える。


「東部に領地をもらったと聞いた。ポータルの件とその部屋の秘密は、ヴォードさんから引き継いだ。もちろん今後も秘密にしていくつもりだ」

「よろしくお願いします」


 クローガは、ギルドのポータルの出所について正しく知ったようだ。ちゃんと扱いを心得ているなら、それ以上言うことは俺にはない。


「で、君も領主になって忙しいと思うけど、こっちにはちょくちょく顔を出せそうかい?」

「どうですかね……」


 急な用事や面倒が発生することもしばしば。最近は本当に顔も出せなかったくらいだし。


「そうか。なら、今のうちに、ラスィアさんの後継となるサブマスターを紹介しておくのもいいかもしれない。たぶんジン君は会ったことがないと思うから」


 クローガが気を利かせてくれた。ではお言葉に甘えて……と思っていたら、またも執務室のドアが叩かれた。ヴォード氏が「いるぞ」と答えれば、やってきたのは受付嬢の一人、トゥルペだった。


「失礼します。ラスィアさんに――あ、ジンさん、ご無沙汰しております」

「久しぶり。元気そうだね。今度お茶でもどう?」

「恐れ多いですが、いずれそのうちに」


 あー、かわされた、うん……。隣でベルさんが愉快そうに肩を震わせた。


「懲りねえな、お前も。……どう思う、嬢ちゃん?」

「うん、ボクの前で中々いい度胸だと思う」


 アーリィーが俺にジト目を向けてくる。

 お茶に誘っただけだよ。俺が肩をすくめていると、ダークエルフのサブマスがコホンと咳払いした。


「トゥルペさん、私に何か?」

「そうでした! ラスィアさん、里の方が見えられています。何やら急用らしく、すぐに会いたいと……」


 里という単語と聞いて、ラスィアさんの表情が瞬時に曇った。そういえば、結婚させられるのが嫌で里を飛び出したとか聞いたような……。


「ちなみに、来たのは誰です? 名乗りましたか?」

「一人はズァラと名乗っていました。あと、小さな子供が一人いるのですが、だいぶ弱っているようで……」

「ズァラ? そして子供って!?」


 ラスィアさんの顔にさっきまでと違った緊張が走った。どこか緊急事態を告げるような切迫感。


「弱っているというのは?」


 俺は口を挟んでいた。


「病気とか?」

「いえ、どちらかというと戦闘を潜り抜けてきたような感じです。とくに怪我しているようには見えなかったのですが」


 戦闘――あまりよろしくない様子だ。ヴォード氏が席を立った。


「その二人をここに通してやれ。事情を聞こう」



  ・  ・  ・



 執務室にきた二人のダークエルフ。名はズァラとアミラ。


 ズァラは褐色肌に銀色の髪をポニーテールに束ねた少女。外見上は十代後半と若いダークエルフだと思う。マントを身につけていて、その下には黒い革鎧、腰に二刀のダガーを下げている。


 一方のアミラは見た目十歳程度と、まさに少女。ショートカットの黒髪に赤い瞳。マントを羽織っているが、ワンピースタイプの服をまとい、もしかしたら魔法使いかも、と思える以外は普通だった。


 ちなみにズァラは、ラスィアさんの親友の娘であり、アミラは、ラスィアさんの妹の娘だという。


 妹に娘が!? ――などとラスィアさんは驚きながら供述しており、故郷とは十数年程度、音信不通だった模様。しかしそうなると、この娘たちはよくラスィアさんを見つけたものだ。


 さて、二人とも戦災の中を抜けてきたように薄汚れていて、とくにアミラは元気がなくソファーに腰掛けるやぐったりしていた。たまらず、アーリィーが「大丈夫?」と心配そうに声をかける。


 かわいそうに……。いったいこの娘たちに何があったんだろう。

 俺たちが同じように思う中、ラスィアさんが話ができそうなズァラに説明を求めた。


「大帝国、里に攻めてきた」


 ズァラは無感動に、淡々と告げた。


「父様と母様が、子供を連れて逃げろと言った。アタイはゼェラの娘を守り、ラスィアのもとへ運んだ」


 ……何となく言葉遣いが拙く感じるのは、人間の言語に慣れていないせいか。まあ、聞きとれる程度だから、問題はないが。


「ゼェラは? あと、ズァラ、貴女の両親、そして里の皆は?」


 ラスィアさんが問う。たぶんラスィアさんの妹の名前だろうな、ゼェラとは。ズァラは俯いた。


「わからない。里は巨大な空飛ぶ金属の化け物に覆われた。同じく金属の魔獣が地上を踏み荒らし、炎の玉を吹いた。弓も魔法も中々効かなくて……里は」


 唇を噛み締めるズァラ。アーリィーと向き合っていたアミラが目から涙をこぼした。

 ベルさんが俺を見た。


「ジン」

「空の化け物は大帝国の空中艦だろう。地上の魔獣というのはおそらく戦車だな」


 執務室にいた冒険者たちの視線が俺たちに集まる。

 先日、ノイ・アーベントを訪れたエルフのカレン女王も言っていた。ダークエルフ――ここではラスィアさんたち褐色肌エルフではなく、青肌エルフのほうだが、その集落が大帝国によって襲われたという話。


 ……まさか、こっちでもあるとはね。

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