第688話、ジンさん、動く


 ダークエルフの里を、ディグラートル大帝国が襲撃した。それを報せたダークエルフの少女ズァラは、真っ直ぐな目でラスィアさんを見つめた。


「助けに戻る。ラスィア、アミラを預ける」

「待ちなさい! 私も里に戻るわ!」


 ラスィアさんがズァラの両肩をがしりと掴んだ。


「私にも両親や妹を助けたいという気持ちは――」


 言いかけたその時、すさまじい腹の音が鳴った。突然のことに、皆目が点になる。ズァラは自らの髪をかいた。


「その前に、何か食べるものはないか、ラスィア? さすがにこのままでは里に着く前に力尽きてしまう……」


 何ともしまらない話だが、実にもっともな話である。腹が減っては戦はできぬ。

 ラスィアさんは嘆息した。


「食堂に行って何か食べましょう。その間に、私も支度するから――ヴォード」


 ダークエルフの副ギルド長が、現ギルマスに向き直った。


「故郷の危機です。お暇をいただきます!」

「おれも行くぞ!」


 ヴォード氏は力強く自身の胸を叩いた。


「おれとお前の仲だ。仲間の家族や故郷が危ないと聞けば、駆けつけなくてどうするというのか!」


 何とも頼もしいお言葉である。


「クローガ、そんなわけだから、おれたちの不在のあいだ、ギルドは任せるぞ!」

「了解です。……本当は、俺も手伝いたいところなんですけどね」

「ギルドのほうを手伝ってくれ」

「ですよねー」


 クローガは肩をすくめた。

 さてさて、では俺たちも動くか。


「盛り上がっているところにお邪魔しますが、その件、こちらも介入させてもらいますよ」

「ジン?」

「ジンさん……?」


 ヴォード氏とラスィアさんが揃って首を傾げる。アーリィーは頷き、ベルさんも『仕方ないな』という顔になった。


「ダークエルフの里を襲撃した大帝国の動きに心当たりがあります。こちらとしても連中に好き勝手やられたくないので、力を貸させていただく」


 おぉ、とヴォード氏。


「そうか、ジンなら空を飛ぶ乗り物があるからな! 地上を行くより里に速くつける!」


 この人、一度ワスプヘリに乗っているからな。ま、使う乗り物は違うが、それはここで話すことではない。


「ズァラ、そしてアミラと言ったね? 俺はジン・トキトモ。里の救援に力を貸そう。ついては詳しい話を聞きたいから、我がウィリディス領に来てくれ。ついでに、美味しい物をご馳走しよう」

「ラスィア」


 ズァラは何か言いたげにラスィアさんを見た。


「大丈夫、この方は信頼できる」


 そう言うと、ラスィアさんは俺に向き直って、頭を下げた。


「ジンさん、いえ、トキトモ侯爵閣下、感謝いたします」


 いいえ、と応じる俺に、ベルさんは苦笑する。


「まあ、何だかんだこうなるんだよな……」

「ジンらしいよね、こういうとこ」


 アーリィーがどこか嬉しそうに言うのだった。


  ・  ・  ・



 話がまとまったので、冒険者ギルドにあるポータルからウィリディスへ移動。初めてのポータルに緊張を隠せないダークエルフたち。そこから小綺麗な通路を通って、白亜屋敷そばのウィリディス食堂へ。


 場違い感に戦々恐々のズァラとアミラだったが、ウィリディス食堂の料理を振る舞ったら、よほどお腹が空いていたのかモリモリ食べた。


 空腹過ぎる時にいきなりたくさん食べても体が受け付けないぞ! ……やれやれ。


 ヴォード氏とラスィアさんがそれぞれ装備を整えている間、俺はシェイプシフター諜報部に命じて、大帝国の亜人集落襲撃作戦とその行動の情報をまとめさせた。


 エルフの女王からの情報から、そちら方面の情報収集は以前よりも強化されている。おそらく、ラスィアさんの故郷を襲った敵のことも掴めるだろう。


「この肉、なんだ? 凄く柔らかいな!」


 ズァラがさくさくのヒレカツサンドを貪るように食べれば、アミラもごくごくと卵スープを飲んでいる。若いダークエルフの少女たちが美味しそうにいただいている様に、俺も、同じく見守っていたアーリィーもにっこりである。

 そんな楽しい時間に無粋な質問をしなければいけないのが辛いところよ……。


 俺は、大帝国の兵器の写真資料をズァラに見せた。


「この中で、君たちの里を襲ったやつはあるかい……?」

「……こいつ」


 ズァラが指し示したのは、巡洋艦と輸送艦だった。黒猫姿になっているベルさんが写真を覗き込む。


「……何か魚みてぇだな」

「新型のⅡ型クルーザーだな」


 巡洋艦のほうは改良型で、元となったⅠ型に比べて艦体がほっそりしている。全長は165メートル。ベルさんの言うように、横から見ると、どこか魚めいたフォルムである。 


 輸送艦のほうは、クルーザーやコルベットの改良型ではなく、簡素な設計の艦で武装がなく、物資輸送に特化している。全長120メートル。艦体中央部に貨物区画を持つ。


 空からは二隻で襲来。炎の玉――おそらくクルーザーの主砲だろう。それを放ちながら里を攻撃してきたという。


 次に地上を荒らしたという金属の魔獣だが。俺は大帝国の戦車と、人型兵器の写真を見せる。ズァラは戦車を見たというが、人型は見ていないと答えた。代わりに岩のゴーレムがいたと証言した。……魔術師込みの編成ね。


 そうこうしている間に、ラスィアさんとヴォード氏がやってきた。女ダークエルフは魔術師スタイル、歴戦のSランク冒険者は赤い魔法鎧に重剣とバックラーの装備だ。

 あらかた食べ終わったズァラが席を立った。


「揃ったか。では里に戻ろう」

「いや、少し待て」


 俺が止めると、ダークエルフの少女戦士は眉をひそめて「何故だ?」と問うた。


「徒歩で行くより断然早く行ける乗り物がある。まずは里の場所を教えてくれ。……ラスィアさん」


 待機していたシェイプシフターメイドに、大陸の地図を持ってこさせる。机の上を片付け、地図を広げると、案の定、ヴォード氏とラスィアさんは驚いた。


「こ、これは……地図ですか?」

「こんな精緻なものは初めて見る。……本当、毎度驚かされるな」

「ダークエルフの里の場所を」


 教えてくれと頼むのだが、これがすぐに、とはいかなかった。何せこれまで地図といえば正確な測量もなく適当に作られたものばかりだったから、いま目の前にある地図に面食らってしまったのだ。

 ラスィアさんは、知っている地名や地形を見比べながら、里の位置を探っていく。ズァラやヴォード氏も、それを助けるべく横から口出しする。


 その様子を見守る俺のもとへ、シェイプシフター諜報員がやってきた。


『閣下、大帝国の亜人狩り計画の情報を探りましたら、ダークエルフ関連で幾つかヒットしました』


 小声で話しながら、諜報員は俺に紙の資料を提出した。


『現在、独立第六巡洋戦隊のクルーザーが、輸送艦を伴い、本国へと移動中。事前の行動計画から、おそらくこれがダークエルフの里を襲撃したものと思われます』

「……ダークエルフ住民の拉致と移送。なるほど、こいつの航路は――」

『二枚目に』

「手回しがいいな」


 ベルさんも書類に目を通す。


「ふむ。……タイムスケジュール通りなら明日には本国に到着か」

「よし、その前に襲撃して、捕らわれているダークエルフたちを救出しよう」

「問題は、どこで、どう襲撃するか、だな」


 俺とベルさんが考えていると、「ジンさん」とラスィアさんが呼んだ。ダークエルフの里の位置がわかったのだろう。


 ヴェリラルド王国より東北東方向、ルーバパル国近くの大森林地帯――ニゲルの森というらしい。そこにラスィアさんたちの故郷があるという。


「今から里へ向かおうと思うのですが」


 ……さて、今から戻ったところで、大帝国の行動からすると、そこにはもうダークエルフの住民たちはいない。


 とはいえ、彼女たちに、入手した情報を明かしたとして、果たして信用してもらえるだろうか。例え事実だとしても、まずは里を――と言うのでないか。

 ベルさんが俺を見上げた。


「まあ、いいんじゃね。こっちにはポータルがあるし」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る