第686話、たまには冒険者ギルドにでも――
人がいない。そう口にしたとて、いきなり優秀な人材が増えるわけではない。
そこで管理や運営に携わる組織を参考にしようと思い立ち、手近なところで王都の冒険者ギルドを覗いてみることにした。
俺が出かけると言ったら、ベルさんとアーリィーがついてきた。
「何だかずいぶんと久しぶりだなぁ」
黒猫姿のベルさんが言えば、それもそうだなと俺は同意した。
「懐かしさすら感じるね」
アンバンサー戦役以来、ご無沙汰だったからなぁ。ヴォード氏をはじめ、ラスィアさん、受付嬢の皆様や、馴染みの冒険者たちは元気だろうか。一応、お土産としてウィリディス製のお菓子の詰め合わせを持参した。
元Aランク冒険者のシャッハの反乱で破壊された入り口周りやロビーは、すっかり修繕されていて、そのせいか少し新しさを感じた。
例によって、多くの冒険者たちが依頼を求め、受付フロアにいた。
さて、ギルマスに挨拶しようと、周りをきょろきょろ。うん? 冒険者たちがこちらを見て、何事か囁いたりしている。
「ジンさん!」
ラスィアさんのお声。うわ、久しぶり、と思っていたら、カウンターのほうからダークエルフの美女職員が足早に駆けてきた。
「どうも、ラスィアさん。ご無沙汰です」
手をあげて、笑顔でご挨拶。そんな慌てなくてもいいのに、と思う俺をよそに、ラスィアさんは俺たちの前で立ち止まると目を丸くした。
「ご無沙汰です、じゃありません! ジンさん、いえ、トキトモ侯爵閣下!」
「あー……」
ただの冒険者としてきたつもりだったんだけど……、そうなっちゃうよねぇ。笑顔も苦笑いに変わる。
ラスィアさんは、アーリィーに向き直った。
「ようこそお越しくださいました、アーリィー王女殿下」
「いやぁ、ボクは、一冒険者としてきたんだよ」
アーリィーはフード付きのマントを被り、格好も冒険者登録をした時の偽名――ヤーデを名乗っていた時のそれだ。彼女の言い分に、ラスィアさんはポンと自身の手を叩いた。
「失礼しました、ヤーデさん。……そしてベルさんもおかわりないようで」
「おう」
黒猫が、ひょいとアーリィーの肩口まで登って応じた。じゃあ、俺にも――
「貴方は別ですよ、侯爵様。冒険者たちの間でも、噂の的なんですからね」
「……」
それとなく、周囲に再度目をやる。確かに、冒険者たちの視線が痛いほど集中している。……別に悪いことはしてないんだけどな。
「ということで、お急ぎの用件がなければ、奥でお話を。ギルマスにも声をかけます」
「あー、はい。よろしくです」
元々、依頼を受けにきたわけじゃないから、いいんだ。
「あ、これお土産です。皆さんでどうぞ」
「いただきます」
ラスィアが丁重に俺から土産入りバスケットを受け取った。カウンターへ視線をやれば、職員たちが仕事中ながら一瞬笑顔になるのを見逃さなかった。
・ ・ ・
「よう、ジン。もう来ないかも、と思っていたよ」
ギルドマスターの執務室には、Sランク冒険者にして巨漢のドラゴンスレイヤー、ヴォード氏がいた。
四十代半ば。屈強な彼だが、はて、少し見ないあいだに少し老けたか? ベルさんが早速からかう。
「まだ年寄りって歳でもあるまいに。ずいぶんと落ち着いてきたんじゃねえか?」
「色々あったからな。まあ、退屈はしなかったよ。ベルさんは相変わらずだな」
にこやかに応じるヴォード氏。
「侯爵になったってな、ジン。おめでとう、と言っておく。……まあ、お前自身、それをめでたく思っているかはしらないが」
「中々、面倒ではありますよ」
応接用のソファーを勧められ、俺は腰掛ける。アーリィーは俺の隣に座り、ベルさんもそれに倣った。
「でも、色々やらせてもらってます」
「東部に領地を得たってな。ウィリディス領に加えて、キャスリング領――」
ヴォード氏は、希少なワインボトルを手に俺の向かいに座った。カップをラスィアさんが用意すると、それぞれに注いでいく。赤か……。
黒猫だったベルさんが人型になったが、誰も驚かなかった。
「得体の知れない化け物が現れたって話だ。お前はまたもご活躍だったそうだな。……オレもその場にいたかったよ」
「ギルドも忙しかったんでしょう? 新人育成に注力していたとか」
「まあな。この一年ほど、王都やその周りは災厄続きで、上級冒険者の数も減ったからな。……あー、そうそう、それでな。オレは、ギルマスを辞める」
「はい……?」
ヴォード氏は、さりげなく言ったが、俺には不意打ちのパンチを食らったも同然の衝撃だった。
「辞める? ギルマスを?」
俺の中では、王都の冒険者ギルドのマスターはヴォード氏であり、それ以外はまったく考えられなかった。
「任期が切れるんだが、周りは続投で決定しようとしたからな。そろそろ後進に譲るべきだと思う」
任期とかあるんだな、意外。一定期間でギルドのマスターが交代するシステムなのか。
へぇ、と、ベルさんがカップのワインを飲みながら言った。
「それでヴォードさんよ。お前さんは冒険者も引退するのか?」
「冒険者はまだしばらくは辞めんよ。ただギルマスでなくなるだけだ」
ヴォード氏もワインを呷った。
「娘のルティのところでもよかったが、ジンたちが貴族でなければ、そっちに厄介になろうかなとも思っていた」
「俺たちと一緒に冒険したがってましたもんね」
それほど前ではないのに懐かしく思う。アーリィーが口を開いた。
「ヴォードさんの次のギルマスはどなたですか?」
「Aランク冒険者のクローガがオレの後任だ」
クローガ――要所要所で、何かしら接点がある人物だ。古代竜討伐の時など、共闘も少なくない。確かに、いまの王都の冒険者ギルドでは、数少ない歴戦のAランク冒険者である。
決してイケメンではないが、爽やかで、話しやすい物腰。周りとの協調にも抜かりなしで、人選としては悪くない。
ただ、前任者ということになるヴォード氏と比べてしまうと……。
「大丈夫かな?」
ベルさんが率直に言ってしまった。ヴォード氏は苦笑する。
「まあ、ベルさんたちは知らないだろうが、つい先日、彼とそのパーティーが風の悪霊とそれにとり憑かれた魔獣を退治してな。王都の有力者たちは、オレの後継として彼を認めたよ」
それはそれは。俺が王国東部に関わっている間にも、王都周りでも時間が流れていたんだなぁ。
ふと、視界の端に立っているラスィアさんに注意が向く。
「ヴォードさんがギルマスを辞めるなら、ラスィアさんは?」
「私は、しばらくは次のサブマスへの引き継ぎと教育ですね」
ダークエルフの美女魔術師は微笑んだ。
「その後は……どうしましょうか。ジンさんのところにいるユナやダスカ先生の元を訪れて、今後の身の振り方でも考えましょうか」
「魔術師としての登用なら、うちは受け付けていますよ」
魔法使いは大歓迎。ラスィアさんのような美人なら文句なし。
俺のそんな言い様に、「おいおい」とヴォード氏。
「ドラゴンスレイヤーの募集はしていないのか?」
「え、うちへの就職希望ですか?」
俺は意地悪く笑みを浮かべる。
「こき使いますけど、大丈夫です?」
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