第675話、ラッヘン村


 フレッサー領ラッヘン。元より人口五十人に満たない小集落で、周囲を大小の丘や山に囲まれている。先のアンバンサー戦役において、住民らは近くの山へと避難していたことで、難を逃れていた。


 アンバンサーも、どうやらたまたま見かけたこの集落に、住民がいないのを確認したあと去っていったらしい。


 敵は去り、住民らが集落に戻り、厳しい冬を何とか乗り越えられると思われた時、災厄がやってきた。

 謎異形の襲撃。かくて、俺たちノイ・アーベントからシズネ艇に乗って、異形の討伐にやってきたのだが――


「……集落だったんだよな?」


 俺は確認のために、シャルールに問うた。

 ラッヘンを見渡せる近くの丘に立つ俺たち。クレニエール領の一等魔術師殿は呆然としていた。


「そのはずです……しかし、これは――」


 彼が絶句するのも無理はなかった。


 十数軒程度の建物しかない小さな集落は、いまや真っ黒な巨大スライムのようなものに完全に取り込まれていた。

 ガキの頃、宇宙からやってきたスライムに町が飲み込まれる云々って映画を見たことがあるが……。

 直径はおよそ200メートルくらいはありそうだ。


「あの異形の化け物はどこにいった?」


 俺の呟きに、暗黒騎士姿のベルさんが鼻をならす。


「ふん、そいつが、この化け物になったんじゃねぇの?」

「でか過ぎだろ……」


 せいぜいパワードスーツ程度の大きさだった奴が、ドーム球場みたいに大きくなったら、そりゃ驚かないほうがどうかしている!


 どうしてこうなったっ!


「て言うか、同一の存在なのか?」


 リーレが呆れ顔で、超巨大スライムのような化け物を見やる。


「身体が黒いって以外、同じところはねえぞ?」

「……突然変異か……? いやしかし……まあ、一発ぶちかましてやればわかるだろう」


 俺は腕を上げ、魔力を収束。炎の弾を具現化させる。


「スライムなら燃えるだろうし、例の化け物ならたぶん効かない!」


 フレイムブラスト! 放たれた炎弾は超巨大スライムへと飛ぶ。距離があって、少々威力は下がったが的が大き過ぎるで外す心配はなかった。

 ぺちん、と音がしたわけではないが、炎弾は命中、しかし効かなかった。……うん。


「対象に対して、小さ過ぎたかな?」

「いっそバニシングレイで吹き飛ばすか?」


 ベルさんが提案した。これだけ大きいと、確かに大魔法で一掃したくなる。


「あれ効くのかな……? 効くなら一発なんだけどなぁ」


 もし通用しなかった時は、俺は戦力外になるからな。無駄撃ちは御免だぞ。


「ベルさんがグラトニーで食うってのはどう?」

「食いきれるかな……」


 まんざらでもなさそうなベルさん。俺は、エリサと橿原を見た。


「君たち、何かいいアイデアある?」

「……」


 二人は顔を見合わせ、やがて小さく首を横に振った。そうだよなぁ、ここまで巨大なやつは想定外だろうし。

 リーレが眼帯をとって黄金眼で、巨大スライム型の化け物を睨む。


「魔法的な作用で大きくなってるわけでもない、か。……物理で殴るってのは駄目そうかね?」

「スライム系は物理耐性が高いからなぁ。あの異形がこれになったとしても、元から物理も魔法もほとんど効いてなかったし」


 首を捻る俺。ベルさんは唸るように言った。


「そもそもあの巨体だ。物理でちまちま殴って倒せるもんかね?」

「無理っぽいな、どう考えても」


 そうなると、いやでもな――俺が逡巡していると、リーレが言った。


「トルネード航空団や、航空艦で集中攻撃すっか? 撃ち続けてたら、そのうち効いてくるかも」

「それだと弾薬の消費も馬鹿にならないな。それで効果がなかったら、それこそもったいない」


 それならまだ、ダメもとで光の掃射魔法を使うほうがいいか……? 俺が疲れるだけで、実質の消費はないし。

 ディーシーがこちらを向いた。


「大きな穴を作って、地中に埋めるというのはどうだ?」

「落とした後、埋め立てるとか? 土葬かよ」


 リーレが苦笑した。この巨体を沈めるほどの穴って、軽く二百メートル超えなんだよなぁ。

 ただ、これはアンバンサー戦役の時に一度使っている。ダンジョンコアのディーシーなら、テリトリー化すれば、できなくはない話だ。


「悪くない案だが……」

「いや、これは通用しないぞ、ジン」


 ベルさんが首を横に振った。


「覚えてるか? アリエス島で遭遇した奴は床や壁を突き抜けてきたんだ。このスライムもどきが、そいつなら、地面に埋めても這い出てくると思うぞ」

「そんなもの、やってみないとわからんぞ、ベルさん!」


 ディーシーが反論した。


「金属の床を抜けられるのは確かだが、土も同じように抜けられるとは限らない」

「それを言ったら、他の案も、試してみないとわからないということになるぞ?」

「なら、試してみればよいではないか?」


 などと、ベルさんとディーシーの間で、何やら言い争いじみたやりとりが交わされる。珍しく熱くなってない? 何かあった?

 剣呑な空気を察したか、二人のあいだに橿原が割り込んでなだめにかかっている。

 エリサが俺の横に並んだ。


「ディーシーの言うとおり、出てきた案を一通り試す?」

「……」

「気が進まないって顔をしているわね。肩、揉んであげましょうか?」

「理不尽だ」

「うん?」


 ぽかんとする魔女エリサ。俺は心底うんざりした気分になっていた。


「そもそも気にいらない。何故、大帝国のバケモノを俺たちが退治しないといけないんだ? いや倒すのは構わないよ。だがそのためにこちらが払うことになる、魔力やら武器やら、最悪人員の犠牲とかさ、討伐してもこっちが疲弊するだけで、大帝国の連中は痛くも痒くもないんだ」


 理不尽だろう? 口に出して、俺が何に苛立っているか自覚した。


 普段なら掃射魔法を試しに、という気にもなるのだが、今回渋ったのは、効かないかもしれない率が高いからだ。無駄打ちになる、それがたまらなく嫌なのだ。


 同時に、一つの解決策を思いつく。


「ここは作った者に責任をとってもらうのが筋だろう」


 自分のケツくらい自分で拭いてもらう。


「そういえば、前々からひとつ試そうとしてまだやっていないことがあった」

「それは……?」


 エリサが先を促す。俺は皮肉げに頬を緩めた。


「ポータルってのは、どこまで大きなものが作れるのか、ってやつさ。ひとつ、最大サイズの更新といこうじゃないか」

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