第676話、異形転移作戦

 

 とにかく、目標の化け物スライムが大き過ぎる。しかもスライムに見えるが、スライムとは違い、俺の魔法に対してもまったく効いた様子がない。


 とことん大魔法や砲爆撃の嵐を叩き込むか、はたまた光の掃射魔法をぶち当てるか。

 アリエス島から逃げた黒い異形と同じ奴なのか、その物理・魔法耐性の高さを計測したいところだが、そのために消費するだろう魔力や武器のことを考えると、あまり愉快な案とはいえなかった。


 そこで俺は考えた。大帝国が作った魔獣兵器の可能性が高いなら、その大帝国にこいつの面倒を見てもらおう、と。


 さて、直径200メートル級の超巨大な化け物を運ぶというのは、普通に考えて不可能だ。


 よしんば移動できたとして、そいつを大帝国まで誘導するなんて、これまたナンセンスである。国をいくつも横断なんて無事に済むわけがない。


 幸い、俺にはポータルという転移魔法があるので、この巨大な化け物を大帝国にまで転送させるという案は、割と実現できそうなプランである。


 問題点は二つ。ひとつ、この巨体が通過できるポータルを俺が形成できるか否か。何せ、このサイズは初めてだからな。

 二つ目、ラッヘン村に居座るスライムもどきを、どうやってポータルを通過させるか、である。そもそも、このスライム体、移動できるのか?


「巨大ポータルについては、いつか航空艦移動用に作ろうと思っていたから、その試験と思えばいい」


 前から考えていたから、ちょうどいいというものだ。あの化け物の大きさは、アンバル級巡洋艦よりやや大きい。それより大きなディアマンテ級巡洋戦艦を通すことを考えれば、大きさを見るのに打ってつけだ。


 問題その二については――


「ディーシー、目標の下をテリトリー化して空洞を構成するんだ。俺がそのサイズで寝かせた状態のポータルを形成したら、地面を抜いて、化け物を落としてポータルを通過させる」

「完璧だ」

「うむ、素晴らしい。さすが我があるじよ」


 ベルさんとディーシーが絶賛した。まだ実際にやってないから、机上の空論に終わるかもしれんよ……。


 ということで、俺は皆に化け物の監視を任せると、ウィリディス行きのポータルを作って、移動した。

 ポータル神殿に到着。そこからディグラートル大帝国に繋がるポータルへ入って、現地のシェイプシフター諜報部と合流。大帝国本国のどこに、巨大ポータルを設置するかを検討する。


『帝国の軍や民にポータルを目撃されるのも面倒ですから、都市や拠点から離れた場所がよいかと思います』


 諜報員隠れ家内の作戦室で、大帝国本国の地図を見ながら、候補地を絞っていく。ただ大きさ的に完全に隠すことは不可能かもしれない。


「煙幕を使って、擬装しよう」


 モクモク作戦だ。ということで、急遽、アーリィー、サキリス、ユナ、ダスカ氏を呼んで、巨大ポータル設置時の援護をお願いする。


「スモークの魔法を使うんだね、わかった」


 アーリィーが頷く。煙幕魔法を使う魔法使い組の護衛には、ヴィスタと、オリビア隊長率いる近衛隊が担当する。ついでに近衛の魔術師にも煙幕魔法を使わせる。


 ちなみに、ウィリディスに配備された近衛魔術師には、煙幕魔法は必須の魔法となっていたりする。習得していなかった者には覚えさせてある。


「では、大帝国中央、コルー平原へ向かう!」


 なお、行ったことがない場所なので、一番近いSS諜報部の隠れ家のポータルを経由して、浮遊バイクウルペースで単身、移動した。寂しい……。


 大陸でも北にある大帝国では、まだ雪が多く残っていて、その中を一人バイクにまたがって突き進む。風の障壁を張って前方からの風を防ぐ。それでも空気自体が冷たいので、寒い。


 さて、隠れ家からも離れ、主な交易ルートからも外れているため、人と遭遇することもなく、コルー平原に到達。俺はウルペースを止め、ポータルを生成。ウィリディスで待機していたアーリィーら魔法使い組を呼び寄せた。


 近衛隊の護衛のもと、四方に散った魔術師たちはスモークの魔法を展開して、周囲に霧を立ちこめさせるが如く、視界を煙で覆っていく。


「大ポータル!」


 俺は、超巨大ポータルを想像、それの具現化を行った。いままで作ったポータルで一番大きいのは、直径50メートルクラス。エルフの里への救援に、戦闘機隊が連続転移できるように空中で作ったそれだ。

 今回は、少なくともその四倍以上の大きさが必要だ。巨大な青い円が形成される。しかし――


『ジン君。そのポータル、少し小さいかもしれません』


 ダスカ氏が魔力念話で知らせてくれた。これでも最大規模のポータルなのだが、煙幕の展開ゾーンと比べても、やや小さめだったようだ。俺は魔力をさらに込め、ポータルを拡大。


 仲間たちが見守るなか、ようやく目的の大きさのポータルが形となる。その周りでは煙の壁がもうもうと立ちこめていて、外の視界を遮っている。


 しかし、ここまで大きな煙幕だから、かなり遠方からでも目立っているだろう。ポータルは隠せても、そこで何か起きていることは一目瞭然というやつだ。


 大帝国の連中が集まってくる前に、さっさと超巨大スライムを転移させてやろう。


 俺は、ポータルを新規生成して、ラッヘン村のポータルに繋ぐ。大帝国からヴェリラルド王国はフレッサー領へ。


 あっという間の移動だが、めまぐるしいな。と……うん?

 はて、ラッヘン村の見える丘に陣取っているのだが、その集落に、例の巨大スライムがいない……?


「あ、ジンさん!」


 橿原かしはらの声が左手から聞こえ、そちらに目をやれば、黒い超巨大スライムの姿も遠くに見えた。


「あれ、ひょっとして移動してる?」

「ええ、突然動き始めたんです!」

「あぁ、トキトモ閣下! よかった、お戻りになられたんですね!」


 飛行魔法で空に上がっていたらしいシャルールが降りてきた。


「あのスライム、先ほどから動き出して……。最初は崩れていくように見えたのですが、移動しているのがわかったのは、ついさっきで――」

「何かあったのか?」

「わかりません! 突然としか。……ただ、あのまま西進すると、領主町が化け物に襲われてしまいます!」


 それは断固阻止だな。しかし、他の面々はどこに――と、シズネ艇が化け物上空を旋回しながら砲を撃ちまくっている。橿原をポータルの見張りに残して、化け物の足止めをしようとしているのだろう。だが残念、効いていないようだ。


「落とし穴を掘ってという策は使えなくなったな」


 俺はエアブーツの浮遊、そして加速を発動させる。


「だが動いているなら好都合。奴の進路上に大ポータルを置いてやれば、勝手に自分から入るだろう」


 行ってくる、と、俺は、シャルールと橿原を残し、加速移動。超巨大スライムの後を追った。


 さあ、お家に返してあげるからねぇいい子だから、ポータルにお入りよ――


 人間が走る速度程度に加速しはじめた超巨大スライムを追い越し、俺は半円状に大ポータルを展開する。


 邪魔な進路上の障害物を飲み込み、あるいは踏み越えていく超巨大な化け物。目の前にある大ポータルに対し、ためらうことなくその巨体を突入させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る