第674話、フレッサー領からの使者


 クレニエール侯爵の配下である魔術師シャルールが、ノイ・アーベントを訪れた。

 文字通り空を飛んで。


 飛行魔法を扱える彼は、優秀な魔術師だが、時々こうして重要案件を届ける伝令役を命じられることがあるようだ。


「すまない、待たせたね」


 ノイ・アーベントの俺の屋敷にある会議室。キャスリング基地での兵器研究などで外出していた俺である。

 入室すると、ソファーに腰掛けていたシャルールが立ち上がり、頭を下げた。


「お久しぶりです、トキトモ閣下。突然押しかけ、申し訳ございません」

「伝令とは、そういうものだよ」


 俺は向かいのソファーに腰を下ろし、シャルールにも座るよう促した。シェイプシフターメイドのアマレロが、俺と客人にお茶を用意する。

 シャルールは、アンバンサー戦役で同じ戦場にいた仲である。初対面ではないので、俺も気楽に声をかける。


「それで、一等魔術師殿が直接来たということは、クレニエール侯爵からかな?」

「いえ、私は今、フレッサー領のほうに出向しておりまして、アルトゥル様の遣いであります」

「アルトゥル」


 ……確か、クレニエール侯爵のところの男子で、魔法騎士学校の同級生であるエクリーンさんの弟の名前ではなかったか。フレッサー伯爵家唯一の生き残りであるメリナ嬢と、婚約話がどうこう言っていたと記憶しているが。


「今は、フレッサー領か」


 トキトモ領北部に面しているお隣さんである。


「アルトゥル様は、メリナ・フレッサー伯爵をよくお支えになり、目下、領の復興を進めております」


 アンバンサー戦役の傷跡は深い。フレッサー、トレーム、そして旧キャスリング領であるこのトキトモ領は、その住人の大半を失い、集落、都市のほとんどを破壊された。


 ノイ・アーベントの復興を進めている俺たちだが、フレッサー領、そしてトレーム領を吸収したクレニエール領では、戦災から立ち直ろうとしているのだ。……シャルールがここに来たのは、復興支援を俺に頼みにきたのかな?


「それにしても、ノイ・アーベントの復興速度は目覚ましいものがありますね。ここがアンバンサーなる化け物との決戦の地の近くにあるとは到底思えません。ここには何もなかったはずなのに……!」

「まあ復興といっても、ここしかないからね」


 住民もここだけだし。


「民家は揃い、商店も立ち、集落を囲む防壁もできているが、あくまで見た目だけだ。中身はこれからだよ。今日の来訪は、視察かね?」

「失礼しました、閣下。……実は、ご相談がございまして――」


 知ってた。嫌な予感しかしないのは、いつものことである。


「実は、フレッサー領のとある集落が、謎の魔獣に襲撃されました」

「謎の魔獣……?」

「まったく見たことがない未知の魔獣です」


 シャルールは真剣な面持ち。唐突に荷物バッグに手を伸ばす。


「目撃者の証言を元に描かせたものなのですが――」


 彼は、一枚の羊皮紙を取り出すと、恭しく俺に差し出した。

 人……ずいぶんと筋肉が発達しているな。ムキムキな印象。まるで巨人族のようなスタイルだが、こいつの顔には口があるが、目や鼻は見当たらなかった。


「……」

「トキトモ閣下は、Sランク冒険者として名を馳せていらっしゃいますが……このような化け物に心当たりはありますでしょうか……?」

「……一度、これに似たような化け物と遭遇したことがある」


 浮遊島アリエスで。武器も魔法も効かず、ベルさんのグラトニー、俺の異空間収納魔法で撃退した黒い異形。


 逃げたうちの一体の所在が不明だったのだが、もしフレッサー領で目撃された奴が同一なら、浮遊島から飛び降りてなお生きていたことになる。


「それで、シャルール君。この化け物はフレッサー領で何をした? 集落を襲ったって?」

「は、住民が何人か喰われたそうで。村は近くの冒険者ギルドに討伐依頼を出したのですが、その冒険者たちも返り討ちにあったようです……」


 あの化け物だとしたら、まあそうなるだろうな。攻撃が効かないんだから。


「アルトゥル様は、場合によって軍で討伐すべきと考えておられます。しかしフレッサー領は騎士のほとんどがクレニエール領からの借り物の上、兵力不足のため、討伐部隊を編成することすらままなりません」

「それで、俺のウィリディス軍に討伐依頼を?」

「はい。アンバンサーすら撃退された侯爵閣下ならば、この化け物にも対抗できるのではないか、と……」

「それはいいが、メリナ伯爵は何か言ってるかね?」


 何せ伯爵領である。他領の部隊が越境するのは、領主の許可が必要だ。それをやらないと侵略行為と見なされても文句が言えない。


「……内諾は得ております。というより、あまり大きなことは言えませんが、メリナ伯爵には領の統治は難しく、いまアルトゥル様が主導されている有様でして」


 おや、さっそく乗っ取られてしまったのかい。……もちろん、そんなことを口に出すほど愚かではない。メリナ伯爵は突然領主になったが、まだ十四歳の少女だからな。


「用件はわかった。その化け物を退治すればよいのだろう?」

「はっ、お願いできますでしょうか?」

「借りは返してくれよ」


 俺も忙しいんだからね。


「はっ、承知しております。報酬もご用意いたします」

「軍は派遣しない。どうせその化け物には通用しないだろ」

「は……? え、あ、しかし」

「俺が、少人数を連れて、その化け物を討伐する」

「侯爵閣下自ら……!?」


 驚くシャルールに、俺は意地の悪い笑みを返した。


「君が言ったんだぞ。俺はSランクの冒険者だからね」



  ・  ・  ・



 ということで、フレッサー領までピクニックに行きましょ?


 フレッサー領からの魔獣討伐を受けて、久々に冒険者らしいことをすることになった。

 相手が不死身の化け物ということで、メンバーは、俺とベルさん、ディーシー、リーレ、橿原かしはらトモミ、エリサという構成だ。


 俺、ベルさん、ディーシーは、例の異形への対抗策があるからだ。

 リーレはリベンジを兼ねて、撃破方法を探りたいと志願した。エリサは、大帝国のキメラウェポンプロジェクトの犠牲者であり、異形について何かヒントが得られるかもしれないと思って連れていくことにした。


 意外だったのは、橿原である。ウィリディスで裏方をこなし、ノイ・アーベントの開拓でもサキリスやユナのサポートに回っていた彼女だが――


「お話を聞いて、わたしの世界にいた『異形』と何らかの共通点があるんじゃないかなって思いまして」


 黒髪の女子高生にして、この世界で冒険者になった橿原は言うのである。俺と同じく日本出身であるというが、俺の世界にはそんな化け物いなかったはずなんだけどなぁ……。


「異世界人の関わっている可能性のある異形なら、わたしも何らかのお役に立てるかもしれません。何故ならわたしは――」


 異形狩りですから、と彼女は言った。猪俣流攻魔格闘術とは、すなわち異形と戦う戦闘術である。


 というわけで、俺も多忙なことだし、シズネ艇に乗って、さっさとフレッサー領へひとっ飛び。

 シズネ艇の操縦を担当したのはリーレだ。彼女は暇な時は、高速艇の操縦を練習していたそうで、その姿も随分と板についていた。


 シャルールの案内で、現地に到着した俺たちだったが、そこではまったく予想外の事態が発生していた。

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