第673話、消えた異形


 ウィリディス地下屋敷の地下執務室。

 俺は、シェイプシフターのボスであるスフェラと、シェイプシフター諜報員の指揮官を呼んだ。他にアーリィーとベルさん、そしてディーシーがいた。


「――諜報部の増員ですか……?」

「理由をあげれば、先日のアリエス島の一件だ」


 怪訝そうなスフェラに、俺は説明した。

 大帝国の巡洋艦が浮遊島に上陸し、あまつさえヴェリラルド王国領空に侵入したこと。これを、事前に察知できなかった。俺はそれを重く見ている。


「新型クルーザーに、未知の魔獣兵器。これらが突然、湧いてくるはずがない。必ず、どこかで作られ、訓練され、配備されたはずだ」

『諜報部でも再度、情報の検証を行っております』


 諜報員リーダーは事務的に答えた。


『特に魔獣兵器関連の施設は秘匿性が高く、本国では数件掴んでおりますが、帝国外にある施設に関しては、まだ調査段階であります』

「大帝国の主要な兵器とその製造施設は、こちらに筒抜けだと思っていたが、それは単なる思い上がりだった」


 四の月に実施される大帝国の侵攻。その主要な動きや兵力はほぼわかっている。それを踏まえて、攻撃計画を立てていたのだが……。


「こうしてSS諜報部が掴んでいない敵がいるなら、それも把握しなくてはいけない」


 この見逃した、発見できなかった連中が奇襲してきたら、こちらの防衛計画も無意味なものになりかねない。


「例えば、ケーニゲン領へ大帝国の西方方面軍が侵攻するというのが敵の計画だが、これとは別に北方を迂回した空中艦隊が王都を急襲! ――なんて事態もありえなくはない」


 アーリィーが青い顔になった。ベルさんは頷いた。


「可能性はあるな。だが連中、自分たち以外の国や人種を見下しているところがある。そんな陽動じみた策をとるだろうか?」

「あくまで例え話さ。ただほら、ヴェリラルド王国には戦車も戦闘機もあるからな。大帝国にはダミー情報を送ってはいるが……送ったよな?」


 諜報員リーダーに確認すれば、シェイプシフターは首を縦に振った。


「はい、大帝国陸軍司令部に、間違いなく。西方方面軍司令部のヘーム将軍は、鼻で笑っておりましたが、本国のケアルト大将軍は西方方面軍に追加の戦車大隊を派遣するつもりのようです」

「鼻で笑われたんだ……」


 アーリィーが肩をすくめた。ディーシーが皮肉げに口元を歪めた。


「実際、馬鹿にしたのだろうな。大帝国人によくある話だよ。……主に騙されているとも知らずに。くくく、こちらを侮っているのだ」

「大帝国人の悪い癖だな」


 ベルさんが歯を剥き出した。


「あいつら、自分たちがこの世で一番優れていると思い上がっているのさ」


 ……それ、悪魔で、人間を見下しているところがあるベルさんが言っちゃう? まあ、ベルさんだからこそ、かな。何せ魔王様だ。

 俺は一言添えた。


「敵が過小評価しているなら、それでいいんだ」

「こちらは徹底的に殴り返す、だもんな」


 ベルさんもニヤリと笑った。だが俺の顔を見て、真顔になる。


「ジンよ、何が気になってるんだ?」

「……実を言うと、この偽装策が無駄になってしまう可能性が出てきた」

「なんだって?」


 ベルさんをはじめ、ディーシー以外の者が息を呑んだ。


「アリエスでの一件、俺たちは三体の黒い異形と遭遇した」


 攻撃が効かなかった化け物ども。うちの超攻撃型なベルさんやリーレですら、まともに戦って仕留めきれなかった不気味なやつ。

 諜報員リーダーは発言した。


「それについては、諜報部で探りを入れておりますが、まだ正体ははっきりしておりません」

「出所を突き止めてくれ。……俺が気にしているのは、二体は倒したが、逃げた一体がとうとう発見できなかったことだ」

「あー、あれ、結局、見つからなかったんだな」


 リーレたちと追撃したベルさんがぼやくように言った。


「ディアマンテにも島中をスキャンしてもらったが、それでも発見できなかった」

「つまり……あの島に、あの化け物はいないってこと?」


 アーリィーは眉をひそめた。俺は頭をかく。


「あの四足魔獣の群れにやられた、とは思えない。とすると島から飛び降りた、という可能性もある」

「でも、地上から数千メートルの高さだよね。飛び降りたら……」

「普通は助からない。だがあれは普通ではなかった。もしあの高さから無事でいられる能力があったら……。そして帰還する術を持っていたとしたら――こちらの情報が、大帝国に伝わる」


 俺が言うと、ベルさんは唸った。


「いやジン、あの化け物、人語を話すというのか?」

「とてもそうは見えない、か? 俺もそう思うけど、少なくとも大帝国の連中はアレに命令して、こちらを襲わせたんだ。意思疎通の手段がないと言い切れない」


 口はあったしな、と冗談めかしたが、目はマジである。


「だとしたら、やべー話じゃねえか?」

「うん、やばい」


 さっきからそう言ってるよね? 俺は、諜報員リーダーを見据えた。


「そんなわけだから、大帝国にこちらの情報が出る可能性を踏まえ、その流れを探れ。あの異形関連の情報は、諜報部からの報告になかった。運用部隊や製造所などの情報も手に入れろ。可及的速やかに」

『はっ、ただちに!』


 浮遊島を確保して、浮かれている暇はないというか。事と次第によっては、これまでの苦労が水泡に帰する可能性もあるんだよな……。


 まだ胃は痛くないけど、そのうち胃痛に悩まされるようになるかもしれん。笑えないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る