第669話、魔獣、湧く


 管制塔の外に出ると、一面の舗装された地面と滑走路が広がっている。


 外を見張っていたルプス主力戦車が、長76ミリ砲を発砲する音が響いた。どうやらD島から出現した敵魔獣がもう本島に乗り込んできたらしい。


 俺は遠距離視野の魔法で視覚を拡大した。敵……なるほど蜘蛛型ね。銀色に輝く外殻は、まるで機械のようだ。

 足は四本、これは厳密には蜘蛛ではないな。それぞれの足はまるで騎兵の槍のようであり、あれで刺されたら人なら鎧ごと胴体に穴を開けられそうだ。

 高さは一メートル半といったところか。足の先で地面を穿ちながら、猛スピードで向かってくる。だが一番気になるのは――


「なんて数だ……」


 まるで波が押し寄せるように、四足魔獣が大挙する。ルプス戦車の砲は、敵個体を簡単に吹き飛ばしているが、あまりに数が多く、せっかく開いた穴もすぐ後続に埋められてしまう。


 エクウス歩兵戦闘車がマギアカノーネと二〇ミリ機関砲を連続して放つ。

 シェイプシフター兵たちも、12.7ミリ機関銃を設置して地面に腹這いになって射撃を開始。


 パワードスーツのヴィジランティ、ノームも携帯火器で迎撃。飛行型のシルフィードが上空からの射撃を敵集団に浴びせる。


 しかし、四足魔獣は銃弾に身を引き裂かれながら、仲間の屍を越えて直進してきた。


「明らかに火力不足だね……!」


 アーリィーが魔法銃、リアナはマークスマンライフルで射撃に加わる。範囲攻撃できるヴィスタは、こちらに残しておくべきだったか……。


 焼け石に水だ。たぶん、もう数分もしないうちに敵がここまで押し寄せ、押しつぶされる。割と全滅もあり得る状況だ。


 と、視界の端に、ベルさん、リーレ、サキリス、ヴィスタとシェイプシフター兵の小隊が、こちらへ待避してくるのが見えた。……よしよし、位置がわかるならこっちのもんだ。


「ディーシー、アレを使う。手を貸せ」

「アレだな? 了解した」


 するとダンジョンコアの少女は、その姿を杖へと変え、俺の手に飛んできた。DCロッド――この姿も久しぶり。


「やっぱり、この状態じゃないと、落ち着かないな」

『ふふ、光栄だ、我が主よ』


 魔力を変換。といっても今回は全力全開をする必要はない。だが、量産品ではない元祖の技ってやつを見せてやる!


 俺は戦車や味方たちの前に出る。俺の周りの兵たちは、射撃を中止する。


「それじゃ行くぞ……!」


 バニシング・レイ!


 DCロッドの先端のコアから、青白い光が弾けた。光の掃射魔法、現世に具現化した光の大河が、四足魔獣の大群を飲み込み、消失させる。

 腕を右から左へ、なぎ払うように光は動き、雪崩の如く押し寄せた敵を文字通り一掃した。きれいさっぱり、跡形もなく。


「ふぅ……」

「お疲れ様」


 アーリィーが俺のそばに来た。


「また掃射魔法に助けられたね。……大丈夫?」

「あぁ、今回は加減して撃ったからな。魔力は欠乏していない」


 疲れはしたがね。気持ち悪くなるほどの消耗ではない。


 その時、頭上を戦闘機――トロヴァオンが次々にかすめた。俺の髪がゆれ、アーリィーもなびいた金髪を手で押さえる。


 待機していた航空隊の到着だ。さらに巡洋戦艦『ディアマンテ』、重巡洋艦『シュテルケ』も本島を通過し、D島方向へと飛んでいく。


「あとは、大帝国の巡洋艦クルーザーを仕留めれば終わりだな」


 そう思っていたのだが、このあとすぐ飛び込んできた報告が、事態をややこしくした。


『トロヴァオン・リーダーより、ソーサラー。D島にて、魔獣の集団が出現。……虫型のようだが、その数がどんどん増えている!』


 マルカスからの通信である。さっきまでの四足魔獣のおかわりとか、マジか? 大帝国の巡洋艦はどれだけ魔獣を積んできたんだ?


 いや、もうこれは積んできた量を遙かに超えてないか? まさか、敵もポータルのような転移魔法陣を使ってるとか……?


「なあ、ジン、こいつはひょっとして――」


 戻ってきたベルさんが言った。


「例の魔獣生成器じゃね? ほら、ケーニゲン領に押し寄せた蟻亜人の軍団を生み出していたダンジョンコアもどき」

「あぁ、あれか」


 二十一万の蟻亜人の侵攻。光の掃射魔法で片付けた翌日、戦場跡で見つけたダンジョンコアのような球体を回収した。あの襲撃は、大帝国の仕業だとわかったが――


「なるほど、今回のそれも、それなら説明がつくな」

「だろう?」


 それなら巡洋艦の収容数を大幅に超えるだろう魔獣が出現した理由も納得できる。

 となるとだ、元を絶たねば意味がない。


「ソーサラーより、トロヴァオン。魔獣が発生している地点を特定、そこを攻撃しろ。それで元は絶てるはずだ」

『了解、ソーサラー』



  ・  ・  ・



 マルカスはトロヴァオンのコクピットから、本島を囲む浮遊島のひとつ、D島を見下ろしていた。


 滑走路がある北側と、森がある南側。四足の魔獣はその双方から発生しているようだった。湧き水のようにぞわぞわと虫のような魔獣が出てくるさまは、見ていて気持ち悪かった。


 尋常ならざる光景と言える。魔獣がどんどん吐き出されるなどというのは。


「トロヴァオン各機、対地攻撃を行う。あの魔獣が湧いている場所が目標だ。第一小隊は北、第二小隊は南だ。第三小隊は……敵クルーザーを攻撃しろ!」


 そっちも忘れてはならない攻撃目標だ。


 操縦桿を傾け、マルカスのトロヴァオン戦闘攻撃機は左旋回。後続の三機も続く。滑走路の真ん中にて、魔獣を吐き出し続けているそれ。


 コピーコアナビによるロックオン。マルカスは操縦桿のボタンを押し込む。

 AGM-Ⅰ対地誘導噴進弾ミサイルが、胴体下のウェポンベイより二発、発射された。煙を引いて目標へと飛ぶ対装甲物用のミサイル。


 狙いどおり、出現した四足魔獣の一体を貫き、その供給源にAGM-Ⅰは吸い込まれ、次の瞬間、紅蓮の火球を生み出した。

 四肢をちぎられた魔獣の死骸が飛び、魔獣生成器を爆砕した。


 直後、あれだけ湧いていた魔獣の新たな出現がパタリとやんだ。……さすが侯爵閣下、的確な指示だ。

 あとは、すでに湧いてしまった奴らを掃除していくだけか。


『トロヴァオン・リーダー、こちら5。目標を撃破! 新たな魔獣の出現なし』


 第二小隊も、生成器を破壊したようだ。新米近衛パイロットたちも中々どうしてやるじゃないか、とマルカスは相好を崩した。


『こちら9――』


 第三小隊小隊長機からの声。


『おそらく敵艦を発見しました!』

「9、おそらくとは何だ? 大帝国艦だろう?」

『そうなのですが……大帝国の識別表に該当なし。ひょっとして、新型……?』

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