第668話、急変する事態


 制御室から敵は離脱した。遭遇も警戒しながら進んでいた俺たちだったが、テリトリー化したディーシーの目により、敵の動きは筒抜けだった。


「制御室を手放したか?」

「大方、こちらの戦力に敵わないと判断したのだろうな」


 さも当然と言わんばかりのディーシー。俺は首を捻った。


「なるほどね。ひょっとして照明が落ちたのもそのせいか……?」


 入ってきた時にはついていた室内灯が、いまは全部落ちていて真っ暗だ。照明の魔法を展開して、今は明かりを確保している。


「ディーシー、奴らを妨害できるか?」


 一人くらい捕虜が欲しい。俺の言葉に、しかし彼女は難しい顔をした。


「……試みたが、失敗した。奴ら、塔の壁を突き破って突破した。浮遊魔法で飛び出した!」


 ここからでは見えないが、大帝国兵の逃走の妨害を実行している最中のようだ。


「うぬぅ、何とか二人ほど捕縛を試みたが、死んでしまった……。我のテリトリー外へ逃げる――」

「仕方ない。むしろよくやってくれた」


 俺はディーシーを労うと、通信機に手を伸ばした。


「ブラック1、こちらソーサラー。大帝国の分隊が施設外へ逃走、これを追跡しろ」


 待機しているシェイプシフター第一小隊に追撃を命じる。俺たちは階段を駆け上がり、制御室へ――


「ジン、オレ様が連中を追いかけようか? どうせ制御室とやらは、もう敵はいないんだろ?」


 ベルさんが提案する。制圧は急務だが、ベルさんの言うとおり、俺たち全員で行くのは戦力過剰とも言える。


「わかった。ベルさん、リーレ、サキリス、ヴィスタは敵の追撃にまわってくれ。残りは俺についてこい!」


 指名された四人は、階段を逆走――することなく、近くの壁を破壊してむりやり出口を作ると飛び出していった。まるで解き放たれた猟犬みたい。


 後ろで近衛騎士が息をきらしつつあるが、俺たちはそのまま艦橋塔の階段を進む。エレベーターは一応あったんだけどな。敵地でエレベーターって悪い予感しかしないからね。


 やがて、目的地に到着した。


 制御室――アリエスの司令塔だ。照明の魔法が室内を照らし出す。

 どこかディアマンテ級の艦橋を連想させるデザインは、テラ・フィデリティアの意匠を感じさせる内装だ。だが巡洋艦の艦橋よりもさらに広く、機械や端末、そして制御スタッフ用の席も多い。……もちろん無人なのだが。


 埃っぽさが漂う。無人になってどれほどの年月が流れたのだろう。こうして形となって残っているだけでも凄いことではあるのだが。


 ユナがさっそく近くのコンソールに歩み寄る。アーリィーが続き、近衛騎士たちは警戒しながら室内に広がる。


 俺は指揮官席に見当をつけると、そちらへと歩み寄る。外観はすでに朽ちているように見えるが、それは長年の汚れと電源が入っていないせいだろうか。アリエス浮遊島へ近づくまで、対空設備は稼働していたから、ここも見た目と違って電源さえ入れば動くのではないか?


「……」


 一部埃が払われている。誰かがいた形跡がある。誰か? 大帝国の連中だろう。

 先ほどまでは電源が入っていた。それは間違いない。


 指揮官席の前に、球体が収まるだろう穴が開いている。……これまでのパターンだと、ダンジョンコアとかシップコアが収まる場所だろう。だが肝心のコアは見当たらない。


「大帝国の奴らが持ち出したか?」


 アリエスの制御コアだとしたら、それはそれで面倒だ。


『ソーサラー、こちらライダー1』


 浮遊島を捜索中のバイカースカウト部隊からの魔力通信が入る。


『D島の端にて、大帝国のものと思われるクルーザーを発見!』


 連中がどうやって島に来たか、その答えが出たな。やはり空中艦で上陸したのだ。


 俺は、防空圏の外にいる『ディアマンテ』以下、待機部隊を呼び出そうとして、ふと考える。まず確認するのは、防空圏の有無だ。


「ソーサラーより、『ディアマンテ』。ディアマンテ、聞こえるか?」

『はい、閣下』


 巡洋戦艦『ディアマンテ』の旗艦コアが、素早く返事をよこした。


「こちらはアリエスの制御室にいる。室内は電源が落ち、制御コアも見当たらない。この状態で、アリエスの防空システムはどうなる? 味方を引き入れても大丈夫か?」

『アリエス・コアがない場合、構造上、全システムは停止状態です。防空設備も沈黙します』

「わかった、ありがとう。ディアマンテとトロヴァオン中隊はアリエスへ急行! 大帝国のクルーザーが逃走すると思われる。これを撃沈せよ!」

『了解しました』

『こちらトロヴァオン中隊、ただちに急行します!』


 航空隊を呼び寄せ、さらに上陸して待機している『アンバル』にも対艦戦闘準備を命じる。

 アーリィーがやってきた。


「帝国艦を撃沈するの?」

「俺たちと遭遇しているからな。大帝国にこっちの情報を持ち帰らせるわけにもいかない」


 せっかくクルーザーが単艦行動中だから鹵獲ろかくしたかったがね。準備も足りないし、こちらの航空艦やその他情報を知られているのは見過ごせない。


 さて、制御室を制圧したのに、制御システムが稼働していないのではしょうがない。一瞬、人工コアに代理が務められないか考えたが、手元ににないんだよな。ポータル経由で取りにいってもいいが、そこまでしなければならない必要はない――


『ソーサラー、こちらブラック1』


 敵の追撃を命じたシェイプシフター歩兵中隊、第一小隊からの通信が入る。


『敵性魔獣の大集団が出現! 追撃困難!』

『こちらライダー、D島より多数の蜘蛛型魔獣が出現。なお数増大中!』


 浮遊バイクの偵察隊員からも報告。魔獣の大集団とか意味がわからない。ここは浮遊島だぞ!


「大帝国の仕業?」

「……かもしれない」


 アーリィーの推測は、おそらく当たりだろうな。そう考えるのが妥当だ。

 大帝国のクルーザーが、どれだけの魔獣を載せてきたかにもよるが。……この魔獣集団は時間稼ぎか。


「ソーサラーより、アリエス上陸の全ユニットへ。施設付近に集結、防衛線を構築する」

『ジン、帝国野郎どもは見逃すのか?』


 ベルさんの魔力通信。とんでもない――


「そっちは『ディアマンテ』と航空隊に任せるさ」


 俺は、オリビア隊長に、数名を制御室の守りにつかせるよう命じると、魔獣集団を迎え撃つべく、仲間たちと部屋を後にした。

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