第667話、武器も魔法も効かないなら――
二体の異形がこちらに来る。それを聞いて、アーリィーは表情を引き締めた。近衛騎士のひとりが、「隊長……」と青い顔でオリビアを見る。
「狼狽えるな!」
赤毛の女騎士は部下の不安を叱る。護衛対象であるアーリィーの目の前で騎士が動揺して何とする、と言ったところか。
リアナはマークスマンライフルの弾倉を交換しながら言った。
「ダメージは与えていると思う。だけどすぐに再生されてしまう」
「武器で殴っても駄目、魔法も効かないってんだ。どうしろってんだ?」
リーレが首を振りながら、不満げだ。ヴィスタが口を開く。
「何か弱点などあればいいのだが……」
「見た感じなさそうだったがな。いっそ、空から地上に叩き落としたら、くたばるかね……? ……って、ユナ? 何やってんだ?」
「溶けた」
銀髪の巨乳魔術師がしゃがみこんだ先には、例の異形の頭だったもの。何だか潰れた粘土みたいになっている。
「分離したほうは、しばらくすると動かなくなるみたい……」
「ほう、じゃあ、奴が来たら細切れにしてやればいいってことかね」
リーレは、グローダイトソードを構えたが、すぐに肩の力を抜いた。
「いや、無理。それ、二体相手にしながら、やるって難しいぞ」
「なあ、ジン」
暗黒騎士姿のベルさんが俺に言った。
「オレ様はヤツを仕留める方法をひとつ思いついた。お前は?」
「奇遇だな。俺もひとつ黙らせる方法がある」
俺たちのやりとりに、「え?」と周りが驚いた顔をした。ベルさんは、敵が来る方向がわかるのか、そちらに大剣を構える。
「ようし、相棒。一体は任せた。もう一体はオレ様に任せろ」
「頼むぜ、相棒」
ディーシー? と俺が声をかければ、ダンジョンコアの擬人化少女はニヤリとした。
「我も一体を倒す算段があるぞ。やってみせようか?」
「いや、俺たちのどちらかがヘマをした時は任せる。で、敵はどこから来る? こっちでいいのか?」
「……ふむ、そうだ。そっちだ」
ディーシーが投げやりに答えた。自分が活躍するところを見せたかったのかもしれない。
「来るぞ! まずはベルさんの方!」
その瞬間、壁が不自然に歪み、漆黒の異形が飛び出した。さっきのとまったく同じ姿。のっぺりしか顔に、しかしすでに牙の如く尖った歯をきらめかせている。
「てめぇは、どんな味がするのかなァっと……! グラトニィィー!」
暗黒騎士が左手を突き出す。それは異様な膨らみを見せ、形を漆黒の竜、その頭へと変貌する。突進してきた異形を、竜の
いや、恐るべき速さで食いちぎられたのだ。そしてベルさんは返す腕で、残りもあっさりと平らげてしまう。
……出たよ、暴食王。俺は、久々のベルさんの『グラトニー』に思わず苦笑い。大悪魔にして魔王の一人。その本性は暴食を司る。
まあ、魔王様がちょっと力出したら、こんなもんだよなぁ。さすが魔王、チートだ。
周りの者たちは、呆気にとられて言葉もない。そういえば、俺以外にベルさんの暴食は初めてだっけな。
「凄い、魔法ですね、ベルさん……」
ようやくユナが、そうコメントした。表情に乏しい彼女ですらこれだ。
「主、そちらにも来る!」
ディーシーの警告。それじゃ俺もひとつ、消失マジックをお見せしよう。
床から、もう一体の黒き異形が飛び出した。すでに腕を振り上げ、切り込む体勢。こっちの待ち伏せを察知していたのかな?
直撃したら、やられるんだろうなあれ。
ボンヤリと思う。すでに俺は、異形を視界に捉え、さらに向かってくるそれがスローモーションのようにゆっくりと見えている。
収納魔法庫……何番だっけ? まあ、いい。異空間通路、開口! 俺の正面の空間に切れ目が現れる。それは異質な闇を覗かせ、広がる。
「……はい、ご苦労さん」
飛び込んできた異形が、闇へとそのまま自ら落ちる。俺は素早く、異空間への出入り口を閉じる。ちょちょいと袋の口を縛り上げて、鼠を捕らえるが如く。
きれいさっぱり敵が、この次元より消失し、俺は一息。振り返ると、ベルさんとリアナ以外は、空いた口が塞がらないような顔をしていた。
「ね、ねえ、ジン? 今なにをしたの?」
アーリィーが聞いてくる。サキリスもユナも興味津々とばかりに頷く。だが俺が答える前に、何か察したリーレが口を開いた。
「異空間の魔法を使いやがったな? ……ほら、ストレージとかそういうやつ」
収納魔法と同じくこことは違う異空間を使う。俺がいつも使っている時間経過のおかしいストレージとは違う、純粋な異空間魔法だけどね。
「で、あいつを捕まえたのか? あいつも収納しちまったんだろう?」
「別口作って、隔離したけどね。まあ、口は塞いだから、そのうち死ぬんじゃないかな?」
時間経過は通常の異空間だ。あの異形が何か喰うのかは知らないが、俺が出入り口を作らない以上、何もない空間で寂しくくたばるだろう。……しょうがないじゃん、斬っても突いても、魔法でも死なないんだから。
「なんだ、オレ様はてっきり、研究材料としてお持ち帰りするのかと思ったぜ」
ベルさんがそんなことを言った。……まあ、そういう使い方もできるが、言われるまでまったく考えてなかった。
「うん、まあ気が向いたらな。さて、ディーシー?」
「逃げた化け物は我のテリトリー外へ逃げた。目的地には、まだ大帝国とやらの手の者がいる。しきりにこちらに魔力サーチをかけている」
索敵担当のディーシーが答えた。
「逃げた奴も気になるが、まずは制御室を落として、アリエスを掌握するのが先だ」
島の外では、ダスカ氏の『アンバル』や、マルカスら戦闘機部隊が防空圏外で待機している。あまり待たせるのもよくない。
負傷者と数名の護衛を残し、俺たちは拠点上層にある制御室を目指した。
・ ・ ・
「ほう、あの『スカー』を二体倒したのか……」
アリエス艦橋塔の制御室にいたその女は、紫の唇を小さく笑みの形に変えた。
真っ白いローブを着込んだ人物だった。
フードを被っているが、豊かな紫色の髪がこぼれている。病的に白い肌。大帝国軍において『将軍』の立場にあるその女の名は、アマタスと言う。
紫の魔女の異名を持つ彼女は、恍惚とした笑みを浮かべる。
「あぁ、何ということ! マトウ様のスカーをこうも容易く退けてしまう者たちがいるなんて……!」
大帝国語で『影』を意味する異形生物。強靱にして無敵と思われた化け物を、よもや倒してしまう者が大帝国以外にいたのは、彼女にとって驚きであった。
「そういえば、ここってあのヴェリラルド王国よね……?」
思い出したように呟く。浮遊島に上陸して約一日。漂うこの島がどこに向かっているのか正直わからないのだが――
「この国とは因縁があるわねぇ……」
昨年の大帝国西方方面軍の侵攻。その第二軍団を率いていたのは、誰あろうアマタスであった。――あの時は、アミウールの亡霊に21万もの蟻人ちゃんたちが消されちゃったのだけれど。
「せっかくの宝の山だけれど、ヤバそうだから、お
「はっ、アマタス様!」
控えていた部下の魔術師たちが、撤退準備にかかる。
――例の制御コアは手に入れたし、スカーの戦闘記録もとれたからよしとするか。
紫の魔女は制御室を後にしようとして、ふと振り返った。
「でも、この宝の山を黙って差し出すのも面白くないのよねぇ……」
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