第662話、浮遊島アリエス


 マルカス小隊は、無事、謎飛行物の防空攻撃圏を離脱した。


 キャスリング基地司令部で、彼らの機体から送られてきた映像記録を見ていた俺たちだが、相手の正体はディアマンテの照合で判明した。


 テラ・フィデリティア航空軍の軍事浮遊拠点『アリエス』。それが、我がトキトモ領へ接近して超巨大飛行物体の正体だった。

 中央の浮遊島と、それを囲む五つの小島からなる、航空浮遊基地である。


「アンバンサーではなくて安堵ですが……」


 ダスカ氏は腕を組んだ。


「テラ・フィデリティアの浮遊拠点ということは、我々の味方側ですよね?」

「ご先祖様、かもしれないな」


 俺はこの世界の人間ではないから、何の関係もないけど。


「カプコーン浮遊島が飛んだらあんな風になるんだね……」


 アーリィーは、モニター越しとはいえ、実際に島が浮いている光景に感銘を受けていた。


「子供の頃から、浮遊島の伝説はとても好きだったんだ」

「軍事施設じゃなければ、ロマンの塊だったんだけどね」


 現実は非情だな。そう言ったら、お姫様は苦笑していた。ベルさんが皮肉げに言うのである。


「で、どうする? 近づこうとしたら攻撃してくるんだろう? だけど、放っておいても、向こうがこっちへ来てしまうと」

「ただ通過するだけなら問題ないんだが、そうでなかったら面倒なんだよな」


 俺が眉間にしわをよせれば、通信機の向こうからディアマンテが発言した。


『現在、アリエス浮遊島軍港と連絡が取れません。通信装置が壊れているのか、敢えて回線を封鎖しているかはわかりませんが』


 行ってみないとわからない、か。しかし、行けば撃たれると。


「このキャスリング基地は、アンバンサーが拠点として使っていた場所に作られている。もしそこに攻撃の意思をもって接近していたとしたら……」

「可能性は低いけど、ゼロじゃないんだよな、それ」


 ベルさんが同意する。俺は、アグアマリナ筐体に手をついた。


「アリエスと交信はできない。これの意味するところは、システムがいかれているか……浮遊島がテラ・フィデリティア以外の何かによってコントロールされているか」


 他にも理由はあるかもしれないが、少なくとも話が通じる状態ではないのは確かだ。


「まあ、ウン万年とかそれ以前の代物だもんな。壊れてても無理はない」


 サキリスとアーリィーは頷いた。カプリコーン浮遊島軍港を見つけた時も、廃墟同然で、生きているシステムは少なかった。


 さて、あまり呑気に構えている余裕もない。


「アリエスの航行目的がわからない以上、最悪のケースは、地上への攻撃。ないという保証もないので、我々はアリエスに乗り込み、島のコントロールを手に入れなければならない。……喜べ、アーリィー、浮遊島の探索だぞ」

「わーい、うれしい」


 アーリィーが棒読みっぽく応え、ベルさんが笑った。


「しかし、ジンよ。何で行くんだ? こっちには戦闘機もふねもあるが、あちらさんは撃ってくるぞ?」

「そう、島に上陸するには、その防空圏を突破しなくてはならない。アグアマリナ。アリエスの武装データを出せるか?」

『承知しました』


 ホログラフの浮遊島、アリエスを取り囲む五つの小島のいたるところに赤い光点が表示された。


 同時に武装の一覧も端に並ぶ。8インチ(20.3センチ)、6インチ(15.2センチ)、5インチ(12.7センチ)各種プラズマ砲にミサイルランチャー群。

 それが分散配置されているが、まるでハリネズミのようだ。


「どこか一カ所から突っ込んでも……ヤバそう」


 いくら防御シールドがあるとはいえ、この無数の対空砲が設置された場所へ向かうのは自殺行為と言えそうだ。マルカスたちを引き上げさせてよかった。


「ディアマンテ、シミュレートできるか? ウィリディス軍の保有兵器で、アリエスへの上陸が可能かどうか?」

『計算します』


 ディアマンテは応え、さらにアグアマリナも加わって、さっそく双方の性能、装備、配置をデータに、シミュレーションを開始する。

 それを見守る俺たち。結果は――あまりよろしくなかった。


「戦闘機中隊は半数以上が撃破、喪失。侵入角度によっては全滅もあり」

「巡洋艦でも駄目ですね」


 ダスカ氏は肩をすくめた。


「近づくまでにシールドが消滅し、蜂の巣です。……いやはや鉄壁の要塞ですな」

「一万メートルより上からの高高度からの空挺降下も、降下地点にたどりつくまでに母機が撃墜される……」


 俺は髪をかいた。


「複数なら何とか抜けるんだから、そっち方面でいくしかないだろう」


 とはいえ、有人機で突っ込んで犠牲者を増やすのも面白くない。大帝国戦を前に揃えた戦闘機を無駄に失いたくないものだ。


「たとえば、巡洋艦を二隻、単縦陣で突っ込ませ、先頭の艦がある程度盾となって距離を稼いだところで、二隻目が前に出て、シールドが消滅する前に突っ込む」


 あるいは――


「シールド付きのポータルポッドを多数射出して、敵防空圏に突入。ポッドの大半は途中で撃墜されるだろうが、ひとつでも上陸に成功すれば、そこからポータル経由で上陸部隊を送れる」

「凄い! 二つも案がある!」


 アーリィーが目を輝かせる。さすがご主人様、とサキリスも頷いた。ダスカ氏が首を振った。


「どちらの案がいいでしょうか?」

「『ディアマンテ』やアンバル級は貴重な戦力だからな。万が一でも喪失したくない。ただでさえ、数が不足しているからな。ポッド作戦のほうが、被害は少なくて済むだろうが……」

「その二つ、同時にやりませんか? どちらかを囮と考えれば、敵の対空砲も分散させられると思います。そうなれば、より突入成功率を上げられます」

「……よし、それでいこう」


 そうとなれば、急がなくてならない。今こうしている間にも、浮遊拠点アリエスは、ゆっくりとはいえこちらに近づきあるのだから。


「おい、ジン」


 ベルさんが口を開いた。


「ポータルポッドを飛ばすってどうやるんだ? そもそも、あれは基本は落下するのみだから、アリエスの上にいかにゃならんのだろう? さっき空挺はできないって言ってなかったか?」


 ポイニクスなどで運べば、落とす前に迎撃されてしまう。先ほどのシミュレーションではそうなった。


「オペレーション・スティールの副産物がある」


 俺はしれっと答えた。


「航行中の敵艦へ乗り込む手段として作っていた強襲突撃ポッドがある。それを使う」

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