第661話、雲の層を抜けた先は


 正体不明の飛行物体の報を受けて、俺とオリビア近衛隊長は、キャスリング地下基地の司令部に到着した。


 人工コア『アグアマリナ』を収めた筐体のほか、ホログラフ投影装置、各種操作機器、通信設備や基地管理パネルなどが置かれ、未来チックな室内。

 機械文明時代の生き残りであるディアマンテの記録からの再現であり、この世界でも最先端の技術の塊と言えよう。大昔に滅びた文明の技術が最先端というのも、アレだけど。


 司令部室内には、すでにアーリィーに、ベルさん、ディーシー、ダスカ氏、サキリスが集まっていた。


「状況は?」


 開口一番。俺の問いに、ディーシーが応じた。


「ドラゴンアイ三番機が、トキトモ領に接近する超大型飛行物体を捕捉した」


 アグアマリナ端末が、ホログラフ状にその状況を青白く浮かび上がらせる。アンノウンと表示される物体が、じりじりと動いている。


「魔力レーダーの観測によれば、浮遊する巨大な岩塊のようだ。これをウィリディスのディアマンテに確認したところ――機械文明時代の浮遊島と発覚した」

「マジか! ……ひょっとして、カプリコーン?」

「そう、あれが空を飛んでいると考えてくれ」


 モニターに、その予想されるデータが表示される。軽く数キロはあるんじゃないか。


「でけぇな」


 ベルさんが言った。

 まさしく超巨大な飛行物体の接近だ。アンバンサー母艦が小さく見える。アーリィーが口をあんぐりと開いた。


「カプリコーン浮遊島も、空を飛んだらこれくらいはあるってことだよね……」


 ウィリディス近くの旧浮遊島は今は飛ばないが、もし飛んだらそうなるだろうな。


「それが何故、今になって現れた……?」


 むろん、この問いに答えられる者はこの場にはいない。


「目視確認は?」

「ドラゴンアイ三番機に、目標へ近づけさせたのですが、交信が途絶えました。墜落時の非常用ビーコンが作動したので、撃墜された可能性があります」

「飛行する偵察機を撃墜するとは……」


 腕を組んだダスカ氏が唸る。ディーシーが口を開いた。


「何者かが乗って操作しているか、あるいは自動防衛システムが動いているのでは、とディアマンテは言っている」


 機械文明時代の浮遊島なら、ディアマンテの意見がまあ正解なんだろうけど。


「撃墜された、とは思いたくないな」


 だって面倒だもん。近づいたら攻撃されるなんてさ。


「だが墜落したのは間違いないんだろう?」


 ベルさんが鼻をならす。


「攻撃されたんじゃね?」

「それが問題だ。これがただ空を彷徨っているだけなのか、何者かが意図してここへやってきたのか」


 俺はディーシーへと視線を向けた。


「目標への接触に機体は出ているか?」

「哨戒飛行中のトロヴァオンを三機、急行させている。マルカスの小隊だな。間もなく、目標と接触する」


 一同の視線が、地域を表示するホロモニターへと向いた。



  ・  ・  ・



 うっすらかかる雲を尻目に、TF-3トロヴァオン戦闘攻撃機は飛ぶ。

 先頭を行く機体に搭乗するのはマルカスだった。今日は二名の部下を連れての哨戒任務だったが、緊急電を受け、北東方向に機首を向けていた。


「――バードネスト、こちらトロヴァオン3。現在、高度7500。魔力レーダーが、巨大な物体を感知。ただし」


 キャノピーごしに正面を見つめ、マルカスは眉をひそめた。


「雲が多く、目標の姿を視認できない」


 やたらと雲が多かった。もっとも、季節柄、それ自体は珍しくもないのだが、それでも今日は、とくにひどい。晴れて太陽の光はあるので、明るいのが幸いだが、ときどき雲の陰に機体が入るくらいには雲量が多かった。


『隊長』


 トロヴァオン8、ジェイスの声が聞こえた。


「正面の巨大雲……目標はあの中でしょうか?」


 まるで雲の塔だ――そんな呟きが漏れるくらい大きな雲。下から上まで数千メートルくらいあるのではないか?

 塔というより、壁のようにも感じられる。圧迫感が強い。


『トロヴァオン3、こちらバードネスト』


 鳥の巣航空基地からの魔力通信が入る。


『偵察機が撃墜された可能性を踏まえ、接近には細心の注意を払え。攻撃に備え、各機、シールドを展開せよ』

「了解、バードネスト」


 もう防御用の障壁装置は作動させている。しかしマルカスは念のため、シールドに送る魔力量を増やした。


『トロヴァオン3、こちらバードネスト。ソーサラーより追加指示あり。映像記録を行え。また、キャスリングベースとの通信回線を開いたままにせよ。以後、ソーサラーとの直接交信を行え』

「了解」


 ソーサラー――ジン・トキトモ閣下が聞いているということだ。それだけで、マルカスの中に浮かびつつあった、得体のしれないものへの不安感が薄れた。


「ナビ、映像記録、開始。……侯爵閣下たちにも、見ていただけるようにな」


 了解――トロヴァオン搭載の制御コア、通称『ナビ』が、パイロットの命令を実行に移す。

 コア・カメラが機首方向に向き、映像記録と転送を開始する。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか――マルカスは操縦桿を握り込んだ。


「トロヴァオン6、8。正面から行くぞ、続け」

『了解、トロヴァオン3』


 トロヴァオン三機は、正面に捉えている物体へと接近を試みる。雲ばかりだが、魔力レーダーがその中にあるものの位置を伝えているため、間違っても衝突するということはない。……もちろん、レーダーが反応していない物体でもあれば、話は別だが。


 近づくにつれて、最初は一つの雲の塊のように見えたそれが、次第にいくつもの雲が密集して重なっていたのがわかる。


 うっすらと雲をすり抜け、壁のように思えた層を抜ける。嵐かとも思ったがそんなこともなく、静かなのが不気味でもある。


 やがて、雲のあいだを抜けているうちに、正面に巨大なシルエットが浮かび上がってきた。

 逆三角形……いや、あれはまるで――


『島、か……?』


 トロヴァオン6の呟き。そうそれはあたかも島が空に浮いているように見えた。……まさか本当に伝説の浮遊島だったか――


 その瞬間だった。ナビが警報を発した。魔力やその他電波などの照射を報せる音。つまり――


「ロックオンされた!?」


 くそっ――マルカスは、とっさに叫んだ。


「各機、回避運動!」


 正面から光が瞬いた。青白い光が、正面の島らしきシルエットから発生すると、光の矢の雨が飛来したのだ。


 回避するトロヴァオン。空を引き裂く光線。数発が防御シールドに被弾し、展開魔力が減少したのを、ナビが表示する。


『トロヴァオン、報告しろ!』


 魔力通信機から、ジンの声がした。操縦桿を大きく倒し、機体を旋回させながらマルカスはうなった。


「攻撃です! 目標から攻撃を受けています!」


 まったく信じられない。アンバンサーの戦闘機群に突っ込んだとき並に、光弾攻撃を喰らうとは!


『ソーサラーより、トロヴァオン小隊、空域を離脱せよ。繰り返す、離脱せよ!』

「……了解! トロヴァオン6、8、聞いたな、逃げるぞ!」


 機体をかすめる敵弾。マルカスと僚機は、フルスロットルでその場から退却した。

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