第660話、近衛隊の訓練
オリビア・スタッバーンは、元アーリィー直属の近衛隊の隊長であり、今はウィリディス要人を警護する任務についている。
俺には必要ないのだが、一応、俺を守ることも彼女の任務のうちに含まれている。
だが最近では、ただ警護するだけでなく、エリート戦闘部隊的に前線に駆り出されている。
というのも、俺やアーリィーが前線に出るからであるが……。となれば、前線に出て守りにつくことも近衛の任務のうちになるのだ。
現在、近衛隊は、主に三つに分けられている。
ひとつ、警護隊。俺やアーリィーの行くところに付き従い護衛をする。俺なんかちょくちょく色んな場所へ行くのだが、随伴できる範囲で、何かあれば援護できる位置にいるよう努力している。なお、うちの優秀なシェイプシフター工作員もその任務についているけどね。
ふたつ、近衛騎兵隊。騎兵隊と名乗っているが、実際は、浮遊バイクやパワードスーツを扱う戦闘部隊である。この隊は、オリビア隊長が指揮官を勤め、先のアンバンサー戦役でも敵拠点の殴り込みに参加した。近衛仕様のヴィジランティがその主力だ。
みっつ、航空部隊。トルネード航空団の機体を操縦できるよう訓練された空中近衛騎士であり、これもやはり俺やアーリィーがパイロットとして出撃する際、近衛が護衛につけないのはマズイということで、編成された。
もっとも、パイロット適性のある者自体、さほど多くないため、他の隊に比べて人数がいない。アンバンサー戦役にも新人パイロットとして近衛騎士が参戦したが、戦死者を出している。
そんな近衛隊だが、欠員が出たことで新たな隊員が、王都から派遣された。アーリィーが学校を卒業した際の再編成で、別部署に異動となっていた者が何人か帰ってきたが、他の王族の近衛隊からもウィリディス組に配属された者たちもいた。……何人かはこちらへ強く志願してきたと言う。
「訓練、訓練の毎日です」
そう赤毛の近衛騎士隊長は笑うのである。
「我々はリアナ教官に徹底的にしごかれましたから。補充兵たちと今の我々ではレベルが違いすぎて」
「それは大変だな」
「はい。部隊のレベルの均等化は、必要不可欠です」
戦闘で欠員が出た部隊には、当然ながら補充兵がやってくる。だがその実力については、保証はなにもなく、実力者なのか素人同然なのかは、送られてこないとわからない。
現代式、いや近未来式かな。その軍事訓練を受けたうちの近衛隊の実力は、この世界の最精鋭エリート部隊と遜色ないレベルにまで引き上げられていた。……で、その最精鋭エリート部隊ってのは、どこの奴らなんだ……?
「補充兵には、基礎訓練からみっちりやらせてあります」
キャスリング基地は地下にあるが、地上の旧クレーター周りをランニングトラックに見立て、よく走らせているという。
今も近衛隊の訓練組は、フル装備で走っている。……鎧や装備をつけたままで!
「戦場で戦う時と同じ条件で動かなければ、意味がありませんからね」
けろっ、とオリビアは言うのだ。この体力ありあまっている女騎士も、もちろん部隊訓練のランニングでは、フル装備で走る。命令だけして見ているのではなく、部下を率先して引っ張るタイプである。
「体力、持久力ですね。飛び抜けて速いとか、そういうのを求めているわけではないので」
ふむ……。俺は同意する。
それにしても、初めて会った頃のオリビアを思い出すと、おかしなものだ。初めは近衛の副隊長で、俺やベルさんにも警戒感を抱いていたが、あれこれ過ごしていくうちに、随分と丸くなった。
今では自然に俺の部下のように振る舞うのだ。懐かしいな……。
「――それで、近衛隊のパイロット候補は?」
「補充兵では六人です。今、トロヴァオン中隊に二名いますから、合わせて八人。もっとも、実機を飛ばしていないので、中には適性で弾かれる者もいるかもしれません」
私みたいにね、とオリビアは苦笑いを浮かべた。戦闘機操縦を学んだものの、あまりの下手さに、残念ながらパイロットコースからは外された彼女である。
やる気はあるのだが、機体搭載のコピーコアのサポートなしで飛ばすのは自殺行為であるし、無理して飛ばしていたら、おそらくアンバンサー戦役で撃墜されていただろう。
「……よろしいですか?」
「何だ?」
改まってオリビアは俺を見た。
「侯爵閣下のお耳にいれるべきか迷ったのですが……補充兵の中に、諜報畑とおぼしき者がいましたので」
それは、どこぞのスパイか? 俺は「確かか?」と近衛隊隊長を見やる。
「王国の暗殺者が使う影の剣術の型を使うのを一瞬だけ。もっとも、私が見たのはそれだけなので、暗殺者や諜報員が任務を帯びてやってきた、という証拠はないのですが……」
つまり、元諜報員とか、暗殺者の剣術を学んだ経験のある者、というだけかもしれないと?
「ただ……その者が、王陛下直属隊からの転属だったので」
「なるほど」
理解した。
エマン王の直属の近衛隊から、こちらへ移ってきた者。王が俺の行動を監視するつもりかもしれない、という危惧だろう。
まあ、エマン王の知らないところで、俺も色々やって、あの人を驚かせているからな。こちらの行動を逐一知りたい、というのもわからないでもない。
要するに、こちらの首に鈴をつけておくための、スパイを送り込んできた可能性があるということだ。
「もちろん証拠はありません。王陛下にその意思はなく、単にその者が我が隊への転属希望を出しただけかもしれない……」
「わかった。留意しておく。知らせてくれてありがとう」
俺が礼を言えば、オリビアは笑みを浮かべた。
「いえ……。そういえば、話は変わりますが、新型の魔法甲冑を作っているそうですね」
「TPS-6か?」
火属性魔法金属を用いた機体。風、水、大地属性に続き、四大属性の特徴を持ったパワードスーツが揃ったことになる。
「新型に乗りたいか?」
「警備を担う近衛隊としては、興味はありますね」
オリビアは素直だった。ふむ、彼女はパワードスーツ運用に関しては優良評価だから、新型のテストパイロットをさせてもいいかもしれないな。
俺がそんなことを考えていると、通信機が呼び出し音を発した。……はて、いったい何だ?
「俺だ」
『侯爵閣下』
聞き慣れたSS兵の声。
『鳥の巣基地管制より緊急電。正体不明の大型飛行物体が、トキトモ領に接近しつつあり。索敵中のドラゴンアイ三番機が目標に接近したものの、交信、途絶しました』
聞き間違いかな、と思った。
正体不明の大型飛行物体が、こちらに向かっている? そして偵察機が通信途絶とは……。
いったい何が起こっているというのか。
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