第659話、トキトモ家の紋章


 紋章といえば、個人や組織を識別するものである。


 元の世界にも、そういうのはたくさんあった。紋章というよりエンブレムのほうで馴染み深かったりするのだが、スポーツチームや大手企業、軍隊の部隊章とか、そういうものである。


 王族や貴族にもそれぞれあって、獅子とか竜、王冠やら武器やら旗がゴテゴテしているイメージだ。……俺は詳しくはないが、たぶん、それぞれに呼び方があって、意味があるのだろう。

 貴族の紋章のルールなんて知らないので、専門家なり、知っている人間に助力を乞うわけだが――


 ミーティング解散後、執務室に残ったアーリィー、サキリス、ダスカ氏。まずは嫁であるアーリィーに聞いてみる。


「ヴェリラルド王家の紋章は――」


 彼女は、紋章談義になることを見越して、重厚な作りの本を一冊広げてみせた。……王国貴族の紋章一覧、というタイトルだった。


 靑地に白、獅子を中心モチーフにしたのが王族の紋章だった。……獅子は王冠を被っていて剣と盾を持っている。さらにそのモチーフの上にもう一つ王冠があるが。


「あぁ、その上の王冠は、身分だよ」


 アーリィーがページをめくる。ヴェリラルド王家の紋章と同じようなものが次のページにあって……おや、王冠の形が前のと少し違うね。


「これ、ボクの紋章」


 アーリィーは笑った。


「王冠の部分で、国王、王子で違うんだ。紋章に王冠が使われるのは貴族たちも一緒で――」


 何枚か見せてもらうと、確かにどの紋章にも王冠があった。聞けば、公爵、侯爵、伯爵までは王冠があって、その階級に応じて王冠の形が違うらしい。

 ……と、言うことは。


「トキトモ家の紋章にも、この侯爵の王冠がつく?」

「そうだね」


 おぅ……。王冠ってのは王族だけのものって印象だったから、貴族の紋章に王冠ってのも違和感あるな、個人的に。


「そういえば、そろそろ今年の新版が貴族たちに配布されるけど……」


 アーリィーが苦笑した。


「ボク、王子じゃなくなったから、紋章変わるんだろうなぁ……」


 もともとお姫様なのに、王子として育てられた彼女である。そのことでゴタついたが、今は万事解決して、本来の姫の形に落ち着いている。


「なくなると言えば、わたくしの家もなくなっているかと」


 サキリスが小さく手を挙げた。昨年、隕石落下でキャスリング領を治めているキャスリング家は、サキリス以外は全滅。周辺貴族の横やりで貴族資格を剥奪された彼女だから、王国貴族の一覧に、その名が載ることはないだろう。


 一応、貴族地位の復権も可能なのだが、サキリス本人がそれを拒んでいる。俺の下にいたいんだと。


「ちなみに、キャスリング家の紋章は?」


 俺が聞けば、アーリィーが紋章一覧の該当ページを開いた。

 靑地に黄色、城をバックに槍と騎兵の紋章だ。騎士、あるいは武闘派を思わせる。


「これ、どこかに使えないかな?」


 キャスリング領であるここに存在した証を残せないものか。


「ご主人様……」


 サキリスがどこか恥ずかしげに目線を下げた。アーリィーは顎に指を当てた。


「ノイ・アーベントの紋章にするとか。それかサキリス個人の紋章にすればいいんじゃないかな?」

「わたくしの、ですか?」

「うん。伯爵じゃないから、王冠クラウンははずさないといけないけどね」

「よしよし、ノイ・アーベントの町の紋章と、サキリスにキャスリング家の紋章を使ってもらおう」


 俺が言えば、サキリスは萎縮してしまう。


「そんな……。恐れ多いことです」

「サキリスに新しい盾を用意しよう。紋章入りでね」

「それはいい考えですね」


 やりとりを見守っていたダスカ氏が話に加わる。


「もともと紋章は盾から始まったといいますし」


 そんなこんなで、肝心のトキトモ家の紋章の図案を考えてみる。他の貴族さんたちのを参考に――うーん、動物モチーフが多いなぁ。獅子、竜、鷲など……。あ、鹿もあるな。エルフの里では鹿の紋章があったな……。この世界特有だと、角猪とかか。


 あとは武器だな。ダスカ氏が紋章は盾から、と言うとおり、どの紋章にも盾が中心にあって、その上にそれぞれのシンボルやら動物、武器などが使われている。武器で多いのは剣。次いで槍、そして斧。弓はないんだ……。


 俺は魔術師であるわけで、そうなると魔法の杖になるか。そういえば……ギリシア神話になかったっけ。杖モチーフの紋章。


 適当な紙を持ってきて、さらさらっとマジックペンを走らせてみる。アーリィーがそれを覗き込み、サキリスとダスカ氏も注意深く見守っている。


 斜めにクロス? それとも一本真っ直ぐ立てて、なにか他のモチーフとか飾りを加えるか。装飾のリースみたいなのもいいかもしれない。月桂樹のやつ、よくモチーフとして使われていたような。

 色々パーツを加えたり外したりを繰り返して、試行錯誤。


「動物モチーフは使わないの?」


 アーリィーが言った。でも獅子も竜もありきたりじゃない? 鷲とか猛禽――あー、グリフォンとかどうだろうか?


 グリフォンをモチーフに加えてみたけど……うーん。盾の両脇に置いてみたがしっくりこない。かといって中央に置くと、あまり鷲とかと代わり映えしないというか。シンプルな分、鷲のほうがよくないかな、これは……?


 ということで、さらに十数分。ようやく図案がまとまった。


 盾の中央に翼を広げたグリフォンに、魔法の杖が一本、月桂樹リースを杖の下に配置して、盾の外枠に、貴族シンボルの王冠と二本のクロスした槍。メインとなるカラーは緑。それに白と金。これでどうよ!?


「おおっ……!」

「相変わらず、絵が上手いですね」


 サキリスとダスカ氏が感嘆する。アーリィーは少し首を傾げている。


「……何か、おかしなところある?」

「いや、ちょっとシンプルかなって思うけど、カッコイイ」


 他の貴族さんたちのがゴテゴテし過ぎているんだよ。現代の、よく見るエンブレムや部隊章と比べたら、遜色はないぞ?


「個人的に言ってもいい?」

「どうぞ」

「色なんだけど、青を入れられない?」

「理由を聞いても?」


 緑を使ったのは、ウィリディスがもともと『緑』という意味だからだ。そこの領主だからこの色を使ったまでで、もし他に理由があるなら変えてもいい。


「ジンってさ、ボクと結婚するわけじゃん? ヴェリラルド王家と――あ、ボクが嫁ぐわけだから、別にいいのか」


 何か自己解決してしまったようなアーリィー。


「いやいや、何、気になる……」

「王家の青を使ったほうがいいと思ったんだけど、別に気にしなくてよかったなって気づいた」


 そうですか。いいならいいんだけどね。


 このあと、ウィリディス軍向けに、トキトモ家の紋章を簡略したものをデザイン。グリフォンを省いたら……なんか某機動戦士のネオなんちゃら軍のそれみたいに見えてきた……。 

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