第658話、拡充するウィリディス軍


 ノイ・アーベントの領主の館。執務室でのミーティング中。

 指名を受けたダスカ氏は、眼鏡をかけながら手元の資料に視線を落とした。


「まずは航空艦隊から。アンバル級軽巡の二隻目の再生処理が終了、戦列に加わります。同巡洋艦改造の強襲揚陸艦も、間もなく就役する見込みです」


 艦名は、人工ダンジョンコアである『グラナテ』となる予定である。アンバル級にしろ、命名が宝石名なので、流れ的にも違和感はない。

 俺は頷いた。


「アンバル級は常時動けるようにしたい。大帝国の空中艦隊と戦う時の中軸だからね」


 数では圧倒的に負けてはいるのだが、スペックは逆にこちらが圧倒している。古代機械文明時代の兵器様々。


「揚陸艦のほうは、戦闘よりも、輸送任務などが中心になるかな。魔人機とか、戦闘ヘリとか、戦車などを前線に運ぶ」


 先導や護衛役が必要だろうけど。だがこの運用は、アンバンサーとの戦いで、すでに試験済み。

 ダスカ氏が眼鏡ごしに、俺をじっと見た。


「……それと、例の新兵装、アンバル級への搭載が完了しました」

「できれば使わずに済ませたいところではあるが……まあ、たぶん、無理だろうな」


 自然と自分の表情が曇るのを俺は感じた。


 アンバンサー戦役において、あったらいいな武器の提案があり、いざという時のための切り札として、俺は製造を許可した。


 俺の設計に従い、ダスカ氏とシェイプシフター整備員たちが、アンバル級二隻ほか、ウィリディスの戦闘艦にその兵装を積んだのだった。


 まあ、俺だっていざという時は使うし、あまり否定的なことは言えん。やっておいて今さら、とか、お前が言うか、の類いだからな。


「――地上戦力、トルネード航空団の機体の定数は回復しました。あとは新戦力の配備とそれに伴う編成ですね」


 ダスカ氏が書類を置いてお茶に手を出すと、俺の視線はドワーフ技師のノークへと向いた。


「キャスリング基地での生産の見通しは?」

「王国軍への納入か、ウィリディス軍配備か、どちらから話やしょうか?」


 あご髭を撫でつつ、ドワーフ職人が問うので、王国軍のほうから聞くことにする。


「VT-1戦車、ならびにTF-2ドラケン戦闘機を生産中です。戦車は三〇両、戦闘機のほうも同数を来月中旬までには用意できます。……あー、VT-1戦車のほうのうち半数は、例のダミー砲を搭載したやつです」

「ダミー砲?」


 アーリィーが首を傾げたので、俺が説明する。


「短砲身37ミリ砲を搭載したタイプだ。ケーニゲン領や王都に一番最初に配備する」


 本当は長75ミリ砲を積めるのだが、王国初の戦車お披露目には、敢えて弱い武器を載せたタイプを使う。

 戦車を知らない連中から見れば、鉄の塊が動くだけで大騒動だろうが、実際に戦車を運用している大帝国からしたら、鼻で笑えるように見せるのである。


「開戦したら、連中は慌てふためくだろうな。格下と侮っていた王国戦車が75ミリ砲を持っていたら」


 意地の悪い笑みが浮かぶ。先端が開かれるのは四の月半ばで、もう二か月ほどしかないが、王国に75ミリ砲があると知らなければ、大帝国も対策しようがない。

 リアナが挙手した。


「王国軍に戦車と戦闘機、それと野砲の扱い方をこちらで指導するという話でしたが」

「ジャルジーのところで、操縦士の選定が進んでいる」

「早期の戦力化を目指すなら、すぐにでも始めないといけません。ただでさえ練成時間が短すぎる」

「開戦には間に合わないかもしれない――それはジャルジーにも話をつけている。その時はこちらのSS兵に使わせるが……まあ、王国軍なしで大帝国軍の侵攻軍を撃破する作戦を考えるよ」


 初めからいないものと思えば、間に合わなかったとしてもダメージは少ない。あれば便利ではあるが、なくても何とかするのが腕の見せ所。

 ノークが口を開いた。


「開戦まで粘るなら、戦車も戦闘機も倍の数を用意できやすが、三〇ずつでいいので?」

「扱う側の教育が追いついていないからな」


 リアナに頷いてみせ、俺は言った。


「操縦士だけじゃない。動かす以外に整備する人や、部隊の運用においても王国軍は遅れている。魔法甲冑を扱うようになって、魔人機に関しては何とか追いついているが、それ以外がな……。まったくの手探りではないとはいえ、せっかく作っても彼らが維持できないのでは意味がない」


 ただ兵器の数を揃えればいいというものではないのだ。


 そもそも、王国軍は戦闘機用の航空基地なども作らなくてはいけない。航空関連のルールや、周囲への通知など問題も多い。


「一応、王国側も、ウィリディス以外で戦車、戦闘機の製造工場作りを行っている」


 大半の部品は、ウィリディスからしか手に入らないが、それらの供給もアンバンサー戦役での報酬分配のうちに入れてある。それ以外の部品を王国側で自力生産してくれるなら、こちらも生成に使う魔力も節約できるというものだ。


「それに、こちらも作らなければいけないものも多いからね……」


 俺はドワーフ職人に先を促した。


「えー、シズネ艇二隻と、ポイニクス型偵察機二機を追加生産。ポイニクスは純粋に追加ですが、シズネ艇はジン様の考案された『ガンシップ』型への改造型となります」


 アンバンサー戦役で、地上戦力を攻撃したシズネ艇。その戦闘で、ふと元の世界にあった輸送機に、砲や機関銃を積んで地上目標を一方的に攻撃しまくるガンシップを思い出した。対空能力に乏しい地上軍を相手にするには、これほどうってつけの存在もない。貴重な戦訓だったねあれは。


「それと、例の新型……TF-4戦闘機の試作モデルが完成しやした。テストの結果が良好なら、早々に量産を開始します」

「TF-4は、大帝国戦の重要戦力だ」


 俺は、資料を何枚かめくり、新型戦闘機案の紙をとった。


「ウィリディス軍が存在していることが大々的に世に出てしまった。……王国の外で活動する際、まったく別の機体を使わないといけなくなった」


 連合国に頑張ってもらい、こちらは敵戦力を削るアシストに徹する方針のためにも、ヴェリラルド王国が目立っても困るのだ。


 その後、休憩を挟み、関係各所との調整や要望の確認をやって、ミーティングはつつがなく終了――しなかった。


「ジン、ひとつ重要な案件を忘れてる」


 アーリィーが指摘した。結構喋ったから喉を潤していた俺は眉を吊り上げた。


「なんだっけ?」

「トキトモ領の紋章。あと、ウィリディスの紋章も!」


 あー、そういえば。


 俺は、アンバンサー戦役の後のエマン王との会談を思い出した。唐突に侯爵にされて、軍を率いて王国軍に加わったわけだが、部隊章というか家の紋章がなかった。


 それまで貴族らしいけどはっきりしていなかった故、準備もなにもなかった。だがエマン王からは、国中の貴族にわからせるためにも、早く紋章を作れと言われていたのだ。


「ないと困るのは、ジンだけじゃなくて、ボクたち皆が困るんだからね!」


 割と強い調子でアーリィーに言われてしまった。リアナを除く、ほぼ全員が同意するように頷いた。

 紋章……紋章ねぇ……。

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