第655話、初々しいふたり
滑空機に吊り下がり、空を滑空する――ハンググライダーは高いところから合成風力を得て、上昇気流に乗って飛行、滑空するスカイスポーツである。
山の斜面や崖から飛び降りて、風に乗る。だいたい三角形の翼を持ち、見ようによっては紙飛行機やブーメランのような形をしている。
という感じで、俺は、ジャルジーとエクリーンさんに説明した。
「ちょっとした娯楽だな。ただ滑空するとはいえ空を飛ぶという感覚を味わえる」
動力はついていないから、練習機を用意するよりはお手軽だ。もちろん、これを操れるから、戦闘機を操縦できるわけではないが、空未経験の者たちに高いところをから地上を見下ろす最初のステップにはなるだろう。……少なくとも高所恐怖症の者をあぶり出すことはできるだろうな。
「あとは、ジャルジー、君が遊んだラジコン」
「あ、あれなー」
すっと、公爵は目を逸らす。以前、ウィリディス屋敷の近くで、フィレイユ姫と飛ばしたラジコン飛行機。
傍らで黙って話を聞いていたエクリーンさんが口を開いた。
「らじこん、とはなんですの?」
「空を飛ぶ玩具ですよ。型は違いますが戦闘機のミニチュアサイズなんですけどね。ジャルジーが……」
「あ、兄貴――!」
「飛ばしまくって、まだ俺のもとに返ってきてないんですよ。……で、二号機はどうした?」
「クロディスにある」
ジャルジーが髪をかいた。
「その、たまに、城から飛ばして」
「遊んでいる、と」
……まあいい。フィレイユ姫も一号機を自分の玩具にしてしまったからな。俺は苦笑してみせる。
「ラジコンで飛行シミュレーション訓練も加えよう。あとは経験者指導のもと、実機に乗せたり――だな」
「春までに戦闘に耐えうるパイロットが揃うだろうか?」
「圧倒的に訓練時間が足りない」
もう二ヶ月もない。今から選抜しても、基本的な飛行知識や訓練。そして戦闘までこなすとなると、かなりのハードワークを強いられることになる。
「最悪、開戦時は、うちのパイロットを回すことになるかもしれない」
シェイプシフターパイロットは、畑から生えてくるが如く、増やすことができるからな。王国軍としては不本意だろうけど。
「だが、何も初戦で戦争が終わりじゃない。たとえ大帝国との戦争がなかったとしても、国を守る翼だ。遅かれ早かれ、必要になる」
「兄貴……!」
何だか知らないが、うれしそうな顔をするジャルジー。そんな感動的な目を向けられるようなことは言っていないぞ。
そうこうしているうちに、四機のTF-3トロヴァオン戦闘機が滑走路脇の駐機場に降り立つ。
「ウィリディスの戦闘機は機械文明の技術も多い。設計図を渡しても王国が独自開発するまでには、まだ時間が掛かるだろうけど、やれるところからやっていってもらいたい」
「ああ、職人たちはすでに確保してある」
ジャルジーは頷いた。
「ケーニゲン領で工場も建設中だ。個々の部品でも、こちらで作れるようになれば、いずれは戦闘機も作れるようになるだろう」
結構。千里の道も一歩から、だ。魔力生成オンリーで作ってるウィリディスの兵器類だが、それ以外の方法で作れる用意もしておくべきだ。
ウィリディスの工場で何かあったら、ということもあるが、独自に部品生産などをしてくれるなら、こちらも使う魔力を別に転用できるから助かる。
「しかし、兄貴。VT-1戦車の時に聞いたが、職人が手作りしている分、精度はウィリディス製品には劣る。故障しやすさとか、問題にならないだろうか……?」
「部品は極力シンプルなものにしている」
見た目は変わらないように見えるが、ウィリディス兵器はその構造が時期によって、段々パーツ点数が減って作りやすくなっていたりする。
まあ、王国で独自生産する時に備えて、コストを抑えようということもある。それでなくても高額だからね。
・ ・ ・
演習結果をパイロットの口から直接聞くべく、移動する俺たち。と、演習指揮官にして仮想敵役を引き受けたリアナのほうからやってきた。
「全機撃墜です」
わたし以外――と、人形みたく無表情なベテランパイロットは報告した。正直、俺も予想はついていたが、たまにはそれを覆すようなことが起きてもいいと思うんだ。
のちほどレポートを提出します、と告げ、リアナは格納庫を後にした。やりとりを見守っていたエクリーンさんは、ほぼ同年代の少女がパイロットであることを意外に思いつつ感心しているようだった。
さて、撃墜されたマルカス君はどうなったかな……と、うん?
俺は整備員たちが戦闘機にとりついているのを余所に、パイロットスーツ姿のマルカスが、黒髪のメイドとお喋りしている場面を目撃した。
あれは、クロハだな。元サキリス付きメイドで、今はウィリディスでメイド長を務めているが――
「――その、休みに、どこかへ出かけないか……?」
クロハから受け取ったのだろうタオルで顔の汗を拭きながら、マルカスが言った。そのクロハは目をぱちぱちと瞬せている。
「私と、ですか……?」
「嫌かな……?」
あのマルカスが恐る恐る聞いている。……胸を張れ。背中が縮こまっているぞ。
「私は一介のメイドに過ぎません。その、魔法騎士様に、お声をかけていただくなど……」
そう答えながらも、クロハの顔は真っ赤だった。……何となく察してはいるようだ。
「ちょっと散歩しようって話なんだ。その、で、デートとかそういうのではなくて……」
「え、ええっ!? あ、はい、散歩! 散歩でございますね!」
かなーり声が裏返っているクロハ。それにしてもマルカスよ、何だその誘い方は。ヘタレよってからに。デートではない? 嘘つけ!
「わ、私でよろしければ、お、お供いたします!」
「ほ、本当か! じゃ、えっと次の――」
……何だこれ。俺は振り返ると、ジャルジーとエクリーンさんが何かしら言いたげな顔でお互い見つめ合っている。
マルカスとクロハの初々しいやりとりに触発されたのだろうか。これは触らないほうがよさそうだな。
俺が視線を戻した時、足下から声がした。
「マルカス坊やも若いなぁ……」
「ベルさん! いつの間に」
黒猫が口もとをニヤつかせた。
「いや、あんまりにまどろっこしいから、クロハのケツ叩いて、マルカス坊やに差し入れをもってこさせた。オレ様はその付き添いだな」
「あまり人の恋路にちょっかいを出すものじゃないぞ?」
「だって、あいつら見ていると、滅茶苦茶まどろっこしいんだもんよー」
だって、じゃないよ、まったく。
場の空気に耐えられなくなり、俺も格納庫から立ち去ることにした。各々、自由にやりたまえよ、俺は知らん。
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