第656話、朝の街道作り
ポツーン……。
見渡す限りの平原が広がっていた。遠くに目をやれば、焼けた森だったものが点々と存在していた。
どんよりと曇った朝空の下、真っさらなトキトモ領を俺は見つめる。二月も半ば、また最近雪が降った。積雪自体は大したことないのだが、まだまだ春は遠い。
地元民のサキリスに言わせれば、少し暖かくなったと思った次の日には急激に冷え込むことも珍しくないらしい。日本のように、割と四季がはっきりしているということもなく、暦ではなく、まわりの景色を見て、季節を判断するという。
さて、俺は
傍らには人工ダンジョンコア『グラナテ』が専用台に設置されている。ここ最近の朝の日課になっている作業をしよう。
「グラナテ、テリトリー侵食開始。範囲は昨日までと同じ」
『了解しました』
人工コアは、幅一〇メートル、深さ二・五メートルほど、長さ三キロほどの範囲のテリトリー化を開始する。
俺は地図を広げ、テリトリー化が終わるのを待つ。偵察航空隊が測定し、作ったその地図には、ノイ・アーベントから西方向へ線が引かれている。……今の作業が終われば、その線もまた延びることになるが。
『マスター、指定範囲のテリトリー化、完了いたしました』
「おう、じゃあ、昨日と同様、範囲に沿って土砂を撤去だ」
『了解しました』
俺は地図をたたみ、デゼルトのフロントガラス越しに外を見る。幅一〇メートルほどの大きな溝が平原に走る。ここからすべては見えないが、前方三キロにわたる溝が、ほぼ一瞬で完成した。
「溝の土砂の補強」
指示を出せば、たちまちテリトリー内の工事が実行される。そのたびに、俺は魔力を消費しているのがわかる。
「補強が完了したら、まず
『
グラナテが先回りして答えた。ここ数日同じ手順なので、わざわざ言うまでもないのだろう。俺は頷き、人工コアに任せた。
ここ数日の朝の日課――それはトキトモ領の街道作りである。ダンジョンコア工法を用いれば、魔力を使うことで、人手も素材もかからず、素早く建築、製造ができるのだ。
ちなみに先ほどから専門用語が出ているが、この道路作りの知識は、軍事顧問のリアナと、大魔術師ダスカ氏にいただいたものだ。
特殊部隊って道作りの知識があるのか、と、リアナに対してはどう反応していいかわからなかった。一方のダスカ氏は、数百年前に西で栄えたとある王国の、街道作りの歴史資料を以前目にしていたという。
おかげで街道作りの手本とさせてもらったのだ。
土を固め、路床と呼ばれる砂の層。路盤は砕いた石を混ぜた層。下のほうが大きめで上にいくほどサイズが小さくなっていく。最後は砂利や粘土を混ぜたものになる。
最後は表層だが――
「お、やっておりますなー」
デゼルトの後ろ席から、男の声がした。ノイ・アーベントから繋いであるポータルを通ってやってきたのは、パルツィ氏だった。
「ああ、来たの……」
「これまたご挨拶ですね。おはようございます、ジン様」
王都商業ギルドのサブマスターは苦笑した。俺があまり歓迎していないのを察したのだろう。
「おはよう。今日は早いね」
「そりゃあもう。ここ数日、ノイ・アーベントに通わせてもらいましたが、もう立派な街道ができているじゃないですか! これは見ておかないと、と思いましてね」
……ノイ・アーベントで街道を見た。なるほど、言わなくてもわかってしまうわけだ。
一応、春までに街道を作る、と彼の前で言った俺である。ダンジョンコア工法を、あまり大っぴらにしたくないから、黙っていたんだけど。
パルツィ氏は助手席に座ると、歓声をあげた。
「おおっ、凄い! あっという間に街道ができあがっていく!」
初日にアーリィーとユナが、同じように驚いていた。まあ、そりゃそうなるよな。目の前で起きたことは、まさしく『魔法』である。
「これを普通に人の手にやったら、どれだけの人数と時間、お金が必要なことか!」
現代日本だと数十億事業じゃなかろうか。場所や長さにもよるんだろうけど。この世界だと……どれくらいだろうか。
多数の人を集め、素材だけでなく、寝床とか食事とか色々手配して、大金が消費されるのは想像に難くない。
「お、まもなく完成ですね!」
声を弾ませるパルツィ氏。
街道表面には整形した玄武岩ブロックを敷き詰める。
アスファルトとかコンクリートも、人工コアのダンジョン構築セットにあったのだが、ダスカ氏の言う西の王国で使われた素材を採用した。見た目もそれっぽいから、悪目立ちはしないだろう。
……本当は、ディアマンテに頼って、テラ・フィデリティア風なんかあれば、と思ったんだけど、彼女、艦隊コアだから、道路工事は専門外なんだってさ。
「ほんと、すぐに街道ができてしまいましたね……」
パルツィ氏は俺を見た。
「魔術師の力とは凄いんですね。しかし、こんなに便利なのに、こういう方面の魔法の使い方はあまり聞かないですよね」
「ここまで大きな工事を魔法で、というのは本当なら一人でどうこうできるわけではないからね」
「それをやり遂げてしまう。さすがは賢者様」
……ダンジョンコアあってのこの速度と規模だ。いくら俺でもコアの力なしでは、この数倍の時間と手間、魔力を使うだろう。
「魔法ってのは、攻撃魔法とか回復魔法とか、そっちに目がいきがちだからね。補助魔法が得意でも、なかなか評価されないものさ」
「確かに。しかし、建築や土木の分野に可能性があるのに、もったいない話です」
「騎士に大工をやれって言ってるようなものだからな」
「ああ、なるほど。それは確かに」
パルツィ氏は納得したように頷いた。
要はプライドの問題だ。あと、戦う分野以外の魔術師が少ないのも関係しているだろう。そちら方面は学者系へと流れていくから。
さて、街道も敷き終わったし、今朝はこのあたりにして帰ろう。俺は、デゼルトのハンドルを握り、アクセルペダルを踏み込んだ。できたばかりの街道を、魔法装甲車が走る。
「おおっ、これは……!」
助手席のパルツィ氏が目を丸くする。
「凄く静かで、揺れがほとんどありませんね。……こんなにしっかりした街道とは……」
「ふだんの道はガタガタ過ぎるもんな」
苦笑する俺である。馬車に乗っていても、尻が痛くなるなんてことは珍しくないのがこの世界だ。きちんと舗装された道が少ないというのもあるが。
「商人や旅人たちも、きっとこの街道を気にいるでしょう。国中に欲しいですね」
「いずれはそうなるだろうな。ただ、魔法での道作りは、まだしばらく先になるだろうがね」
「今はジンさんしかできないから、ですか?」
「俺がやったほうが早いってのもある。だがこれでも結構疲れるんだ。俺が一日に全部やらずに、朝に少しだけやるのもそれが理由」
もっとも、近いうちに、他の人間でもできるように街道制作用の魔法具を作るつもりでいる。コピーコアとの組み合わせで、俺がダンジョンコアを使ってやるよりはスローペースになるだろうが、普通に道を作るよりは断然早く仕上がるだろう。
「それは素晴らしい魔法具になりそうですね!」
パルツィ氏は絶賛した。そりゃ大金積んで買おうとする奴が多そうな魔法具だからね。正直、積極的に売り出していいものかどうかについては、要検討なんだが。
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