第654話、ドッグファイト
魔力ジェットエンジンが唸る。マルカスは操縦桿を握り、それを保持しながら右へ倒していた。機体は先ほどから急旋回を続けていて、なにやら嫌な軋みを立てている。
空中戦だ。
蒼空を飛行するは、ウィリディス軍の主力戦闘攻撃機TF-3トロヴァオン。二基の魔力ジェットエンジンを搭載し、スピードとパワーに優れた汎用機だ。そんな戦闘機のコクピットにマルカスはいた。
身体が重い。遠心力がかかってシートに強く押しつけられる。加速補正器がなければ、こうもしんどいのか――!
このトロヴァオン戦闘攻撃機に乗り、空中戦を経験しているマルカスだが、リアナ・フォスターに言わせれば、飛行時間は素人に毛が生えた程度に過ぎないと言われた。
ウィリディス軍の軍事顧問であり、パイロットであり、兵士でもある彼女がそう言うのであればそうなのだろう、とマルカスは思う。これまで訓練や演習において、彼女に勝てたことがないので反論の余地もない。
そして現に、加速補正器なしで、戦闘機動をやってみたら、このざまである。
身体にかかるG。ダルい、キツさが全然違う。臓物がひっくり返るような感覚。息が苦しい。意識が途絶え――
「っ――だぁっ――!!」
マルカスは旋回を解いた。我慢に我慢を重ねたが、ついに負けてしまった!
背後に殺気を感じて振り返れば、先ほどまでお互いの背後をつくべくグルグルと旋回を続けていたうちの片割れ――敵役であるTF-3トロヴァオンが、マルカス機の後方に占位していた。
回避行動――は時すでに遅し。
『撃墜。マルカス、貴殿は戦死した』
通信機から聞こえたのは、無慈悲な死亡宣告。マルカスは肩で息をしながら、機体の速度を巡航にまで落とした。
「負けました、フォスター少尉殿」
潔く負けを認めるマルカス。模擬空戦。その相手を務めたリアナは、マルカスと歳もほとんど変わらないはずなのに、こと戦いの場ではまったく勝てる気がしない女性である。先日、軍曹から少尉に昇級した。
『わたしに格闘戦を挑んだ時点で、あなたの撃墜は確定していた』
リアナはそっけない。
そもそも身体の作りが違う。マルカスは理解できなかったが、リアナは元の世界にいたころは戦闘用に身体を強化改造された兵士であり、高いGにさらされる高速戦闘において高い耐性をもっている。
高Gによって臓器が潰れるような激しい機動さえ耐える身体なのだから、常人が勝てるはずがないのである。
『アグレッサー1より、「鳥の巣」へ。演習終了、RTB』
『こちら「鳥の巣」了解』
リアナと、航空基地『鳥の巣』との魔力交信が、マルカスの耳朶を打つ。
RTBとは、基地への帰投を報告するという旨の略語らしい。リターン・トゥ・ベース。
『アグレッサー1より各機。鳥の巣へ帰投する』
「了解、アグレッサー1」
マルカスは答え、同じく演習に参加したパイロットたちからも了解の返事がくる。
今回参加したのは、リアナとマルカスの他、二名の近衛のパイロットだ。ふたりとも先のアンバンサー戦役で空中戦を経験し生き残った。
『やられましたね、マルカス隊長』
アンバンサー戦ではトロヴァオン8番機に乗っていたジェイス飛行士が言った。マルカスは一瞬口がへの字に曲がった。
「お前もな……」
もれなく撃墜判定をもらった仲だ。
加速補正器なしで飛ぶという条件は、マルカスもジェイスたちも変わらない。ただそれなりに実戦を潜り抜けてきた差が出たか、マルカスは他の二人よりは善戦してみせた。……先輩パイロットとしての面目は保てたと思う。
『アグレッサー1より各機へ』
リアナ少尉からの魔力通信。
『まもなく、鳥の巣に到着する。トキトモ侯と、ジャルジー公が視察に見えられる。無様な着陸は見せないように』
ジン――侯爵閣下が来ている!
マルカスは自然と身が引き締まる思いだった。確かに、無様な真似はできない。
とはいえ、浮遊離着陸装置を持つトロヴァオンなら、よほどの間抜けでなければ着陸に失敗はしない。ただ、スマートに降りられるかどうかは、多少腕の差が出る。
未来の国王であるジャルジー公爵も見ている。彼が配備される戦闘機を非常に楽しみにしているのを知っているだけに、失敗はできない。
ややして、キャスリング地下基地にほど近い平原の一角、鳥の巣航空基地が見えてきた。
もっとも、滑走路と駐機場、航空機格納庫と管制塔しかない簡素なものではあるが……。
いずれは、規模も大きくなるのだろう。今は新型のVF-1やその他航空機の試験場に過ぎないのだから。
・ ・ ・
航空基地なんて言うと、近代的な建物に施設を連想するが、実際のところそうでもなかったりする。
だだっ広い平原を少々舗装し、滑走路に沿って魔石灯を設置。飛行機を駐めておけるスペースがあって、木造の格納庫と倉庫、管制塔があるのみだ。SS兵とゴーレムが駐留しているだけで、人間用の宿舎は、これから作るというありさまだ。
キャスリング基地から、鳥の巣航空基地へポータルで移動した俺とジャルジー、エクリーンさんは、降りてくるTF-3戦闘攻撃機を見上げた。
「――春までには、二個飛行隊はケーニゲン領分に揃えられると思う。キャスリング基地の工場で、戦車や野砲も生産しているが、そちらは大丈夫だ。だが問題はパイロットのほうだ」
俺はジャルジーに視線をやった。
「候補は集まったのか?」
「うむ、目がよくて健康で、身体能力の高い者、だったな。……普通に騎士でも合致するだろうが――」
「あまり重すぎる、大きすぎるのも気をつけろ。コクピットに入れないはなしだぞ」
「もちろん、そのつもりだ。しかし、空を飛ぶというのはほとんどの者にとって未知だからな」
悩ましげな表情を浮かべる公爵。俺は提案した。
「ハンググライダーに乗せて、空に対する意識を見るというのも手だな」
「……ハンググライダー?」
ジャルジーはきょとんとした。まあ、そういう反応になるよな。
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