第653話、工場視察とVT-1
マッドとのやりとりから一週間後、キャスリング基地の地下工場、その試験場に俺はいた。
今日はジャルジーとエクリーンさんの前で、大帝国から入手した戦車と魔人機を披露する。
まず、魔人機を見た感想から。
「大きいですわね……」
エクリーンさんは、その細い指を顎に当て、小首を傾げる。
「あの黒いのは、ずいぶんと頑丈そう。こちらの騎士のようなのは、鋭角的で勇ましくもありますわ」
黒いの、とは量産型魔人機のカリッグであり、騎士のような機体は、最近分捕ったばかりのリダラⅡだ。他にドリトールが1機。
ジャルジーがニヤリとした。
「ふん、兄貴が用意したウィリディス製の機体のほうが、圧倒的に強い」
実際に戦ったところは見たことないのに、よく言うよ。まあ、ジャルジーが他国の兵器に対抗心を見せるのも無理らしからぬことだ。……案外、子供っぽいところもあるもんだ。
カリッグは上半身ががっちりしていて、全体的に短足に見える。見た目どおり装甲が厚く、おそらく初陣だろう帝都防衛戦で、連合国軍を文字通り蹴散らしていた。
一方のリダラⅡは、甲冑をまとう騎士のようなイメージを与える。カリッグと同じく上半身がいかついが、下半身まわりのバランスが修正されたためか、スマートである。
これとは別に、ドゥエルタイプという中量級陸戦型があるのだが、それよりも軽量化がされているため、鈍重なカリッグなどと比べても動きはかなりよい。
さらに言えば、空戦対応型――つまり、航空機ほどではないが飛行能力を持っている。
大帝国では、魔術適性の高い搭乗員に与えられている機体である。
なお、Ⅱという名前どおり、リダラのⅠ型も存在しているが、こちらは発掘品かつ、搭乗者に高い適性が必要らしく、そこそこレベルの者でも扱えるⅡ型が作られたという裏話がある。
さて、残るはドリドールだが……。
「面相はよろしくありませんわね」
「同感だ。かっこ悪い」
次期国王とその未来の妃様の意見が一致した。
他の魔人機に比べれば、案山子みたいだもんな。細身で、不格好。こうして機体を並べたら、十人中十人が、この機体が一番弱いと思うだろう。……実際弱い。パイロットに魔力適性がなくとも扱えるレベルにするとこうなる。
その分、量産性は高く、一般歩兵相手ならその巨体で充分脅威だし、作業用としても使える汎用性の高さが売りではある。
「正直、距離をとって戦えるなら、むしろこちらの戦車のほうがいい」
俺は、大帝国製のⅡ型砲戦車を指し示した。
短砲身の57ミリ砲は、装甲貫通力にはやや乏しいものの、野戦が多いこの世界の戦いにおいて、強力な歩兵支援火力を有している。
そもそも、大帝国の敵に、近代的戦車や装甲車両は存在しないため、貫通力は重要視されていなかった。
魔人機や大型ゴーレムで前線を押し上げ、その後ろから戦車が砲撃する。野戦において、盤石かつ確実な戦術である。
多少、迂回する騎兵に手を焼いているようだが。連中が本格的な機関銃を配備しはじめたら、それも終わりがくるだろうけどな。
ジャルジーは唸った。
「聞けば聞くほど、恐ろしい戦術だ。兄貴のウィリディス軍の航空機と戦車を活用しなくてはとても太刀打ちできんぞ」
欲しそうな表情が顔に出てるぞ、ジャルジー。気持ちはわかるがね。
「それで、ジンさん」
エクリーンさんが俺を見た。
「これに対抗する戦車は目処がつきまして?」
「対抗するだけなら、戦車でなくてもできる」
俺が合図すると、SS整備員がカバーをかけて置いてあったものを披露した。
鼻の長い砲に、左右に二つの車輪がついた、古き大砲のイメージが残る代物。
「本当なら、戦車よりこっちのほうが先なんだけどね。まずは大砲があって、それを移動できるように車輪をつけて、やがて戦車にって流れなんだが……」
発砲の反動を砲身を後退させることで軽減する『駐退複座機』を取り付けた時点で、時代の流れなんて無視しているけど。
「馬などで牽引できるように作られた野砲だ。75ミリ砲。大帝国の戦車の射程を上回り、侵攻してくる敵を待ち構えて砲撃する兵器だ」
「馬で引ける兵器か!」
ジャルジーが目を丸くした。そりゃそうだ。馬で牽けるのなら、戦車がなくても戦場に大砲を持ち込むことができるのだから。
「大砲だけでも、これからの戦いを大きく変えるというのに、それを野戦に投入できるとなると……」
公爵様が目を輝かせている。エクリーンさんは、75ミリ野砲を眺め、眉をひそめる。
「火力はあるようですけれど、やはり戦車の迫力からすると、どうにも負けていますわね……。馬で牽けると言っても、そのまま独立して動ける戦車のほうが強いのでは?」
「確かに」
「まあ、そうなんだけどね」
俺は、さらに格納庫脇に待機しているSS整備員に合図した。カバーがかけられているが、ジャルジーもエクリーンさんも気づいた。
「戦車か!」
「お見せしましょう。まだ試作だが、VT-1と付けさせてもらった」
ヴェリラルド王国戦車、そのタイプ1。
パッと見、大帝国のⅡ型砲戦車によく似ていた。砲塔に車体、そして左右にある履帯。戦車といえば、誰もが思い浮かべるその姿。
だが違いもある。Ⅱ型が横幅が広く、ドッシリした感があるのに対し、VT-1はやや背が高く、また砲身が長かった。
それもそのはず、VT-1の主砲は、先に見せた長砲身75ミリ野砲を転用したものだ。大帝国のⅡ型は歩兵支援用を主目的としているが、こちらのVT-1は対戦車戦を考慮して作られている。
短砲身57ミリ砲よりも長射程、そして大威力。もともと装甲が薄いⅡ型砲戦車はもちろん、大帝国が前線啓開用に使用する突撃戦車の正面装甲すらアウトレンジから貫通する。
……まあ、はっきり言ってしまおう。まだウェントゥス傭兵軍時代の一番最初に作られた戦車「リンクス」の改修型だ。
「おおっ、こいつは素晴らしい!」
ジャルジーが声を弾ませた。キュラキュラと履帯を動かし、VT-1戦車がゆっくりと前進、Ⅱ型砲戦車の隣に並ぶ。またこの音もうるさい。見た目だけでも、こちらのほうがスマートで強そうだ。
「見た目はもちろんだが、中身のデキも相当違う。例えば砲塔の旋回速度――」
俺の言葉が聞こえていたかのように、二両の戦車は砲塔を右方向へ回転させる。俺のいた世界で使われた電動式を使うⅡ型。対するVT-1は魔力で動かす魔力旋回式。
すでにウィリディスのリンクス戦車で実績も経験も充分。滑らかな旋回で、VT-1の砲塔は一回転。Ⅱ型砲戦車の2倍の旋回速度差を見せつけた。
まあ、これはⅡ型砲戦車の使っている電動モーターの性能の低さも影響しているんだけどね。
「大帝国は工業化を進めて、独自に機械部品を製作するにいたった。精巧な作りに、その構造。だが形だけ整えても、その部品の精度、品質にはバラつきがあって、機械の故障率を高めている」
大量生産をオートメーションではなく、人海戦術で補っている。当然、未熟な工員の作る粗悪品は防げず、せっかくの機械の性能を引き下げてしまっている。……大帝国で戦車開発を担当するノイマン博士も、そのあたり苛立っているのではないかな?
「その点、ウィリディスの魔力生成は、均一な製品を作り出す。一度優れたパーツを作れば、あとは同じものを同じ精度で生産する」
その分、魔力をドカ食いするけどね。ただ、そのおかげで故障率はすこぶる低く、性能にバラつきがない。中身が違うとはそういうことだよ。
ウィリディスから、王国に提供された機械兵器群。大帝国に備え、王国側でも本格的な近代化が加速するのだ。
後は、それを扱える設備と技能、そして人員だろうなぁ……。
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