第650話、パルツィ氏からの申し出
ノイ・アーベント村の拡張作業が行われる。
サキリスとダスカ氏は、住民の職業相談を開始。俺も領主なので、顔を出す。
挨拶は済ませているが、俺の顔を見るなり村人たちは、頭を下げて、住居と食事をありがとうございます、とお礼を言った。
元騎士や兵士、冒険者らが何人かが、職業相談を待たず、俺のもとに来た。ウィリディス軍に登用して欲しい、とか村の自警団を作るならぜひやりたい、などなど。
まあ、シェイプシフター部隊が警備していて、その軍備とか見ているだろうし、興味もあれば、こちらが供給する美味しい食事に惹かれたのかもしれない。やる気があるのはいいことだ。
食事時になると、皆が広場に集合して食堂のランチを順番に受け取っている光景を眺めた。全員に行き渡る量があるのがわかっているからか、ちゃんと列を守っている。そして皆が「美味しい」と顔をほころばせながら食べているのが印象的だった。うんうん。
俺も広場の端でダスカ氏、サキリス、そしてやってきたアーリィーとメイドさんたちと、村人たちと同じランチを食べた。外はまだ寒いが、よく晴れていた。
一方、住民たちの住居が集中している村の、まだ仮の防壁しか置かれていない部分の建設作業も進める。
町の南北に街道を通す予定だから、その周りに旅人向けの施設を立てようと思う。
俺は一度、ポータルを使って王都に行った。
商業ギルドで馴染みのパルツィ氏に会うためである。
「トキトモ侯爵閣下、ようこそおいでくださいました」
「……」
誰が俺の身分を話したんだろうか。こちらの用事を話す前に個室へ通された。そして彼は俺に頭を下げた。
「いくつか私めの希望がありますが、まずは侯爵閣下のご用件を拝聴いたします。しかるのち、私めの話に時間を割いていただけますでしょうか?」
嫌な予感しかしない。俺が侯爵になったことも存じているとなると、はてさてどのような要望が来るか。正直、聞きたくないが、こちらもお願いに来ているので、
俺からの提案。まず貴族になったということで所領ができたこと。その村の発展のため、職人用の道具や工具、その他必要な品の購入が近いうちに行われること。そして村に宿や店を建てる予定だが、その見取り図的なものを買いたいと告げた。
「工具や道具については了解いたしました」
パルツィ氏は眼鏡に指をかけた。
「注文があれば、すぐに手配いたします。それで建物の見取り図ですが――」
商業ギルドでは、所属する商人たちが自分用の店を作る際の参考に、いくつかのサンプル図を持っていた。親から店を引き継ぐ場合が多いらしいが、新築したり、新たな商売を始める人もいるのだ。
「キャスリング領……いえ、トキトモ領ですか。縁がありますね、侯爵閣下」
「まあね」
「しかしフレッサー領にクレニエール領……復興が必要なほど、大きな被害が出たんですね」
「非常に厄介な災害だったよ」
世間では大規模ダンジョンスタンピードがあった、と今回のアンバンサー戦役は説明された。
といっても、情報通の間では、というレベルであり、テレビやラジオがないこの世界では、一般人の多くがそんな騒動があったのを噂程度しか知らない。
「いまでも物資を必要としているし、現地では色々仕事も発生すると思うよ」
「そうですな。……しかし、それはトキトモ領も同じでは?」
「うちはそうでもないよ。そもそも人がいないからね。ぼちぼち開拓はしていくが、早急に立て直しが必要な集落が少ない分マシだよ」
「なるほど。……ノイ・アーベントですか。こちらにいくつか店や宿を建てるとか」
「街道も引いて、人や物が通れるようにね。拠点が少ない分、きちんと補給や休養が取れる土地は、旅人には不可欠だ」
「まさに。行商たちも、きっとノイ・アーベントに立ち寄るでしょう」
ただ――とパルツィ氏は小首をかしげる。
「必要なのは見取り図だけでよろしいのですか? それなりの規模ですから、建築業者や建材業者の手配のほうは――」
「ああ、それは現地で手配済みだ。心配ありがとう。むしろ業者はクレニエールやフレッサー領で必要になるだろうね」
ダンジョンコアの機能限定型コピーコアさんが、建築も建材調達もやってくる。もちろん、それを口外しないけどね。
さて、こちらの用件を済ませたところで、気が進まないもののパルツィ氏の話を聞くターン。
「まず細かなことを言えば、マジックペン、カメラ、それに伴う魔力紙を購入したく――」
出所は冒険者ギルドだな。マジックペンは副ギルド長のラスィアさんにプレゼントしたものを含めて、職員用に渡したし、カメラや魔力紙もそちらで使っている。
「他にも上げたらキリがないのですが――」
魔法車――それに用いられるガラスや照明、スライムタイヤやショックアブソーバー、魔石エンジンなどなど。
「そして一番気になっているのは、侯爵閣下は転移魔法が使える」
「……」
そいつは機密事項だぞ。顔には出さないものの、話の出所について考える。
冒険者ギルド、アンバンサー戦役に従軍した兵士、はたまた傭兵などなど。……まあ、口外しないようにといくら王が言っても、所詮こんなものだ。
最近は巻き込まざるを得なかったとはいえ、ポータルを人前で使っていたから、こんな日がくるのはわかっていた。……だから嫌な予感がしていたんだけどね。
「それで、あなたの望みは? パルツィさん」
「私を利用していただきたい」
「……うん?」
「侯爵閣下のウィリディスで使われているモノの多くは、この国をはじめ、多くの国々の技術を超越しております」
「大帝国も、工業化を進めて戦車や空中船を作っているよ」
「噂には聞いております。しかし、手近なところにいらっしゃる閣下のお力と才能にすがらない理由にはならないと思います」
「……つまりは、ウィリディス製品の一般への開放。販売したいわけだ」
「ご賢察の通りです。閣下は賢者様であらせられますから、その卓越した知識より生み出された品々は人々の生活を豊かにします」
魔石などを結構使うから、一般流通には値が張るものが多いけどね。
しかし、褒めまくって、こちらをいい気分にさせるのが上手いなパルツィ氏は。さすがは商人。悪い気はしない。
「そして、それを扱うあなた方、商人の売り上げも莫大なものになる、と」
「あなたもです、トキトモ閣下」
パルツィ氏の目が光った。
「開発や仕入れ、その他を差し引いて、たとえ我ら商人が受け取るものが、おこぼれ程度の報酬だったとしても、十分過ぎる額となりましょう。何より、トキトモ閣下は、領地を復興、開拓しなくてはいけませんから、お金はいくらあっても困らないと愚考いたします」
よく回る口だ。俺は感心してしまう。
お金については、魔法甲冑や魔人機の王国軍配備や、それに類するウィリディス製パーツの供給でかなりの額が懐にあるが、パルツィ氏の言うとおり、いくらあっても困るものでもない。
パルツィ氏は再度、頭を下げた。
「ぜひ、我ら商人をご利用ください。もし、王都ギルドを躊躇うのであれば……私個人をお雇いくださいませ」
うん……?
「トキトモ閣下の下で働かせいただければ、閣下の領地経営をお助けできると確信しております」
いま所属する商業ギルドを抜けてでも、俺のところで働きたい、と? それはまた随分高く買われたものだ。この人、王都商業ギルドでも高い位だから、それを捨てても俺に価値があると認めているのだ。
まあ、俺は商人ではない。ウィリディスを見渡しても、専門家に心当たりがない。パルツィ氏が言ったとおり、領地経営には彼のような人材も必要だろう。
「悪くない話だ、パルツィさん」
俺は向かいに座る彼を真正面から見据えた。
「ただ、うちは人手が不足しているのでね。なかなかハードな職場だよ」
それでもいいと言うのなら――
「あなたの提案を受ける用意がある」
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