第649話、ノイ・アーベントとトキトモ領開拓


 トキトモ領の中心地となるノイ・アーベント村。いずれは町に発展させる予定である。


 今はまだ残留難民の住居を用意しただけであるが、彼らにも職に就いてもらい、自分たちの住む村を発展させていってもらう。

 ユナとサキリス、そして医療担当にエリサを中心に、村の整備をしてもらったわけだが……。


「住民のおよそ三割が農民。二割が職人系。同じく二割が商業、一割が狩人系、その他が二割。うち全体の一割が未成年となります」


 ユナが報告書を提出する。俺はそれに目を通して眉をひそめた。


「子供は皆、十四、五以上か。それ以下の子がいないな……」

「アンバンサーが、基準に満たない者を省いたようです。老人や幼い子供は捕虜とされなかったようです」


 ……その結果は、おそらく惨い話になるだろうな。俺はそれ以上、その件を問う気にはならなかった。口に出したところで、子供が増えるわけでもない。


「その他というのは?」

「元騎士や兵士、傭兵や冒険者。魔術師、学生、娼婦、あと無職――」

「無職」

「引退した者もいれば、定職もなく、色々な仕事の助手をしていた者。自称、家庭教師をしていたと名乗っている者もいますが……」


 ……極めて怪しい、と。


「傭兵や元兵士という者も、盗賊がそう名乗っているだけかもしれません」


 見た目とかで判断してないよね、ユナ君?

 まあ、住むとこ食べるとこが十分なら、元盗賊がいたとして盗むものもないだろう。村の中で、ウィリディスの装備などに手を出したら、シェイプシフター兵たちに捕まるだろうしな。


「まあ、何はともあれ、ノイ・アーベントに残った者たちだからな。ひととおり話を聞き、つきたい職業の希望を出して、それぞれやってもらうとしよう。初期費用や道具はこっちで手配して貸与だな」


 自分たちの着ているもの以外は、ほぼ何もない人たちだからな。農具や工具、それぞれの商売道具がなければ、仕事にならないし、それを用意するにも金がかかるのだ。


「王都商業ギルドのパルツイさんに、うちで用意できないもので必要なものを手配しよう。……と、その前に聞き取りだな。ユナ、ダスカ先生に頼んで、住民たちの進路希望を探り出してくれ」

「はい、お師匠」


 コクリとユナは頷いた。サキリスがその瞳を俺に向ける。


「ご主人様、希望の職業ですが、住民たちにそれぞれ選ばせるのですか?」

「農民に職人になれって難しいだろう?」

「そうですが、職業に偏りが出て、不足する分野も出てくる可能性が――」

「まあ、正当な理由がない限りは、みな働いてもらうつもりだが……どこか不足しているところがあるのか?」

「いえ、そこはわたくしにもはっきりはわかりませんが……」


 サキリスは少し言葉に詰まった。


「今までの職業を辞めたくて、別の職に就きたいと考えている者もいるのでは」

「ああ、なるほど」


 農奴は嫌だ、搾取されるのはもう嫌だ、とかそういうのもあるかもしれない。あと兵士とか冒険者になりたいとか、そういうのも。


「まあ、別に足りないところは、うちのシェイプシフターたちが埋めるから、いいんじゃないか。住民たちにはやりたい仕事をやらせてみても」

「……緩いですね」


 ぽつり、とユナ。


「一般的な領地では考えられない話かと」

「そうかもしれない」


 俺は肩をすくめた。


「正直、難民たちが働かなくても、シェイプシフターやゴーレムがあるからね」


 領民が一人もいなかったとしても、今の俺はまったく困らない。うちで引き取ることになったから保護はするし、面倒も見るけど。……あぁ、もちろん理由もなく働かない人はその対象じゃないけど。


「そんなわけで、せっかく広い土地があるので農業も進めていく。農業関係は、現状の人数では明らかに足りなくなるだろうが、先にも言ったようにシェイプシフターで補っていく。あとは移動手段と農業用機械の製作と導入――」


 広い土地ゆえ、徒歩だけで半日消費するようではナンセンス。ウルペースのような浮遊バイクとかを積極的に使ったり、農業機械を作って、作業の効率化を図りたい。

 あと、実際の農作業を見てみないことには何とも言えないところだが、土壌改造など、こちらからアプローチできることもあるだろう。……はうぁ、俺の仕事が増えるー。

 大帝国の問題を抱えてなければ! 大帝国めっ! 大帝国めっ! 


「お師匠……?」

「ご主人様?」

「……何でもない」


 完全に八つ当たりである。なに、俺一人で全部抱える必要はない。協力してくれる仲間たちにも頼ろう。


「君たちを頼りにしている」

「はいっ!! お任せくださいませ!」

「わかりました」


 うん、やる気を出してくれてありがとう。そのキラキラした顔をみて、俺もほっこり。この歳で過労死とかしたくないから、よろしく。

 それでも、やることいっぱいあるのよね。


「いただいた領は広い。アンバンサーの戦いで、人がいなくなったとはいえ、放置はしておけない。領境に監視所や駐屯所を置いて、盗賊や犯罪組織の連中がアジトを作らないように目を光らせる」

「魔獣領域の監視も必要です」


 サキリスが付け加えた。魔獣領域、またはアンノウン・リージョンとも呼ばれる場所のことだ。凶悪な魔獣が多くて、人間が手を加えるのを避けている地域や未開の土地である。この世界じゃ、割とそういう場所が結構ある。


「わたくしの家、かつてのキャスリング家は、この領内の魔獣領域の監視と対応もその任としておりました」


 その話は、今回キャスリング領を頂戴する際に、エマン王から聞かされている。地元出身であるサキリスは、当然それを知っているわけだ。

 案外、彼女の母が魔法騎士として武勲を立てたり、サキリスが魔法騎士を志した一端がこれに関係しているかもしれないな。


 魔獣領域か。時々、ダンジョンスタンピードに近い現象が見られるから、ダンジョンもあるんじゃないかな。とりあえず対策はするが、余裕が出てくれば徹底して調査もしたい。……余裕ある時なんて、あるのかな?


「軍備の増強が急務ですね」


 ユナが眉をひそめる。


「お師匠のシェイプシフター部隊は、スフェラに魔力を供給することで数が増やせるのが幸いですが」

「そうでなければ、深刻な人手不足だっただろうね」


 苦笑いしかないな。そもそも、領民も二桁だ。領境に魔獣領域に、ノイ・アーベント、そしてキャスリング基地。他にも農地や施設を増やせば、兵の増員も必要となる。……俺でなければ、もう投げ出したくなるほどの状況かもしれない。


「守りも大事だが、ノイ・アーベントも発展させないとな」


 俺は、サキリスとユナを見据えた。


「もう少し落ち着いたら、フレッサー領やクレニエール領の復興に人や物が集まるようになる。その道中、このトキトモ領、ノイ・アーベントを休憩地として利用する人々が増えるだろう」


 冬が終われば、行商なども活発にトキトモ領を通るだろう。いままともな集落がノイ・アーベントしかないから、より人が集中する可能性が高い。


 宿を複数。さらに旅に必要な道具や武具の整備、購入ができる場所。食料、生活必需品を売買する店、馬や馬車用の施設も必要か。娯楽施設なんかもあったほうがいいか。

 そして何より――


「街道が必要だな」


 北のフレッサー領、南西のクレニエール領と南東の旧トレーム領(現クレニエール領)、それぞれに抜ける街道が。

 建設作業用のコピーコアと、それを扱える人材を育成しないといかんなぁ。

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