第648話、新しい村



 旧キャスリング領は、トキトモ領に正式に名称が変更となった。これは王国内の全貴族に通達される。

 普通は先祖の土地を一族が引き継ぐことが大半のため、位の高い貴族の場合は領の名前がコロコロ変わることは滅多にない。ルーガナ領は名前が変わらなかったんだけどねぇ……。


 隕石落下によって領内はほぼ荒廃。火事場泥棒としてやってきたフレッサー、トレームが再開発を進めたものの、アンバンサー戦役によって再び壊滅。結局のところ、集落は失われ、俺はこのトキトモ領を一から開発していかなくてはいけない。


 領民が、先のアンバンサー戦役での難民だけという状態ゆえ、とりあえずキャンプを村へと発展させる。


 人数に対して与えられた土地が広すぎて、適当な土地に好きなものを建て放題ではあるが、おいおい農業や産業などに割り振っていこう。今は、ほぼ軍事方面。


 大帝国の脅威が迫っている現状、エマン王からは税金を納めるより、軍備方面で貢献すればよしとされているのも、それに拍車をかける。

 唯一無二の存在になるというのは、そういうことだ。


 さて、難民キャンプからやがて町へと発展するだろうそこは、ノイ・アーベントと名付けられた。


 ちなみに、アーベントというのは、旧キャスリング領の領主町の名前であり、サキリスの生まれ育った町の名前でもある。ノイは『新しい』を意味していて、直訳すれば『新しいアーベント』となる。

 前のキャスリング領を忘れず、しかし再出発していこう、という意味も込められている。


 そして隕石落下地点の地下を改装した秘密拠点は『キャスリング基地』と命名した。

 もちろん、これにはサキリスに確認の上で、皆で話し合った末に決まった。本人は顔を赤らめて、恥ずかしそうにしていたけどな。


 トキトモ領の中心地となるノイ・アーベントに、領主の館を立てた。

 つまりは俺の家だ。いくつか注文して、ユナとサキリスに建築用コピーコアをもたせたわけだけど……。


 そこそこでかい屋敷は、どこか城のようにも見えた。石造りの頑強な壁がそれを連想させるんだろうな。西洋のお屋敷っぽくもあり、洋画やドラマで見るような学校のようにも見える。


「ご主人様は、侯爵であらせられますから」


 サキリスは、さも当然のように言えば、ユナも同意した。

 庭付きで、車を走らせられるほど広々としている。後世まで無事残るようなら、ホテルとかに利用されそうでもある。


「侯爵の館らしくはあるかな?」

「もちろんです、ご主人様」


 サキリスは恭しく頭を下げた。


 この屋敷は、ノイ・アーベントにいる時の家であると同時に、俺が侯爵として他の貴族やゲストらと交渉したり交流するための仕事場でもある。またノイ・アーベントを管理、運営していくための拠点となる。


 さて、そのノイ・アーベントだが、俺の屋敷のすぐ近くに広場があり、そこからさらに北西方向に道が伸びている。その先に大広場があり、それをぐるりと取り囲むように豆腐じみた四角い建物が立ち並ぶ。


 石材ブロックを綺麗に積み重ね、しっかり補強されたそれは、そのまま城壁になりそうなほど頑丈そうである。

 うん、実にシンプルだ。説明してくれるかね、ユナ君?


「建築用コピーコアの素材の中から、簡易なものを選びました」


 受け入れた難民たち全員に、雨風しのぐ家を早急に揃えなければならなかったこと、コピーコアを用いた生成・建築は魔力を対価とするので、それを踏まえた結果だという。


「細部にこだわったり、高すぎる品質にすると、とても短期間に数を建てることはできませんから」


 うん、知っている。ルーガナ領の再建でやったよ。いくらサキリスが魔力回復に優れた泉スキルを持っていても、それ以上に消費すれば疲れもするし倒れる。ユナもそれは同じ。おおざっぱな型とはいえ、わずか二日で四〇戸近くの住民用の建物を用意しただけでも十分な速さと言える。


 もっとも、さすがに彼女ら二人だけでは負担も大きいので、アーリィーや近衛の魔術師もヘルパーとして手伝ったと言う。


 なお、簡素な設計の建物をコピーしたものの、二階などを増設しやすいように土台として機能できるような作りとなっている。壁も厚く、町を守る外壁としても利用できるらしい。

 難点は内装がシンプル過ぎることだが、そこは住人たちの創意工夫で何とかしてもらう部分だろう。


「住むところは用意したが、まだそれだけなんだよな」


 俺の呟きに、ユナは口を開いた。


「食料はウィリディスからポータルを経由して運び込んでいます。大広場に仮設の食堂を作り、現在は無償で提供しています」

「いまは八〇人しかしませんから」


 サキリスが付け加えた。


「ウィリディスでの魔力生成の分で充分足りており、餓死者はゼロで冬を越せると思われます。エリサ先生が現地で救護所を開設していて、今のところ深刻な病気を抱えている者もなし。伝染病の類いも心配ありません」

「結構。衣食住が揃っていれば、ひとまずは、と言ったところか。……ストレスのほうはどうだ? 情緒不安定な者は?」

「悪夢を見る者たちはいます。夜中に泣いている者も何人か……」


 サキリスは俯いた。難民たちは全員、アンバンサーの捕虜となった。あのドクロ頭やツギハギ兵は見た目だけでもホラーなのに、集落を破壊し、友人や家族を殺した。それを受けてトラウマを抱える者がいてもおかしくない。


「ただ、それらも減少傾向にあります」


 ユナが淡々と報告した。


「村の周囲は、ウィリディス軍の歩兵中隊と戦車小隊が固めています。武器を持っている彼らが四六時中守りについているので、その姿をみて安心してきているのでしょう。あと食事が美味しく、量も多いと好評です」

「食事」


 それは意外……でもないか。ウィリディスの魔力生成食品に豊富な調味料。この国の一般的な料理より味が豊かなのは、これまで他の面々をみてきたからわかる。


「量を多く出しているのか?」

「ウィリディス基準では少なめです」


 サキリスは首を横に振った。


「ただ、冬ですから、普通なら備蓄量と相談しながら味気ない保存食を少しずつ食べているところです。それと比べれば、天と地ほどの開きがあると思います」

「あとは、彼らに仕事を与えられればいいかと」


 ユナは言った。


「さすがに、与えるばかりで、穀潰しになっても困ります。お師匠の保護を受ける見返りに、税を納めさせなければなりません」

「……ユナ?」

「はい?」


 俺は、この銀髪巨乳の魔術師を意外に思った。


「お前、魔法以外のこともちゃんと考えているんだな」

「……」


 うん、一応、褒めたつもりなんだよ、俺はね。

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