第647話、ポータル・リング


 ウィリディスの地下屋敷の会議室。


 俺は、大陸の地図を眺めていた。アーリィーが隣の席に座り、ベルさんも人型でドーナツをつまんでいる。


 午後の日差しが降り注ぐ時間帯である。俺はエクリーンさんから贈られた紅茶をいただくのが最近の日課になりつつあった。


「大陸の東西を移動するのは、相当骨の折れる作業だ」


 俺が言えば、アーリィーも地図を見下ろした。


「場所にもよるが、徒歩でいけば軽く半年以上かかることも珍しくない。俺たちウィリディスは航空機を保有していて、その移動は数十時間、長くても数日で行ける」

「画期的な速度だよね!」


 アーリィーは小さく笑んだ。


「この世界の常識を軽く超えているよ」

「将来的には、これが常識になる」


 俺は眉をひそめる。


「大帝国との戦争がはじまり、連合国を利用しつつ勝利を得ようとすれば、この数十時間、数日程度の移動でさえ遅い」

「こっちは数が少ないからな」


 ベルさんが、さくっと揚げたてドーナツをかじる。


「この国と、連合国、その二つの戦線に別個に兵力を展開させるほど多くねえからな」

「大帝国もまた空中艦隊を持っている」


 その移動速度は、俺たちウィリディス軍に敵わないまでも、この世界の一般的な軍の常識を遙かに上回っているのだ。


「俺たちは大帝国の行軍速度を凌駕しながらも、速やかな移動、展開のためには、さらなる移動手段が必要となる」

「ポータル」


 アーリィーがティーポットをとって、俺のカップに紅茶のおかわりを注いだ。――ありがとう。


「色々な場所にポータルを置けば、移動速度については解決するんじゃないかな?」

「移動については解決するが、欠点もある。ポータルは直接現地に赴いて設置しないと転移できない」


 予め、俺が色んなところに行ってポータルを設置しておく必要がある。……実際、連合国で大帝国と戦っていた時にやったんだよな。


「北に敵あれば駆けつけ――」


 ベルさんが胸を張ると、歌うように言った。


「南に進撃の予兆があれば攻撃を仕掛け、東へ西へお呼びとあらば参上ってな。まあ、楽しい日々だったよ」

「皮肉をどうもありがとう」


 雨で試合が流れた日以外は全部先発で投げたプロ野球の投手ばりに、戦場を往復したよ。

 大帝国からすれば、どこを攻撃してもジン・アミウールが現れ、軍を踏み潰される結果となった。さぞ悪夢だったろうな。


「まあ、その分、置き場所にも気をつけないといけねえけどな」


 ベルさんが次のドーナツをとりながら、アーリィーを見た。


「こっちが移動できるってことは、向こうからもできるってことだ。王都とルーガナ領のポータルは覚えているな? 万一にも敵がポータルに押し寄せたら、一気に移動されちまう」

「ポータル神殿に仕掛けをしているのも、その対策なんだよな」


 俺は、紅茶で唇を湿らせる。


「……とはいえ、今回はやることが多いから、俺が現地に行ってる余裕はない」

「そこでポータルポッドを使うんだね?」


 アーリィーが指を自身の顎に当てる。


 大型偵察機ポイニクスが懸架し、地上に落とすポータルを仕込んだ降下ポッド。ポータルは乗り物や入れ物の中でも固定して設置が可能。展開済みのポータルなら、俺が行かなくても移動させることができる。

 これはポータル同士を繋いでおくことでできる技であり、片方の出入り口がない場合は機能しない。


「ただ、あのポッドは一度地上に落とすと回収や輸送が難しいからな。さっきベルさんも言ったけど、設置場所を間違えると厄介だ」


 そこで――


「小型ポータルを作ってみた」


 直径一メートルほどのリング。俺は遊んだことはないのだが、一見するとフラフープである。


「これなら、ややかさばるけど、一人で持ち運びができて、移動も簡単だ。ネックはポータルが小さいから、一度に一人が通るのがやっとということだけど、敵が使っても、一度に大勢が乗り込むことはできないから、出入り口をきちんと管理していれば各個に撃破できる」

「へぇ……」


 アーリィーが、ポータルリングを手にとる。ただ今はポータルを展開していないから、ただの輪だ。席を立って、リングを自分の身体をくぐらせてみて、「なるほど」と彼女は笑った。


「面白いね、これ」


 ヒスイ色の目を細めたアーリィーは、俺を見た。


「これをシェイプシフターの工作員たちに持たせて、連合国に送ったんだね。そうでしょ?」

「ああ。工作員たちが、ウィリディスへ報告を寄越したり、逆にこちらから命令を送る時はこの程度の大きさで十分だからね」


 俺は相好を崩した。


「もし部隊を展開させようっていうなら、最終的には俺が現地に行かなきゃだけど、俺の移動時間がほぼなくなるのはやっぱり大きい」


 ポータル設置場所まで乗り物などで行くより、現地にポータルリングがあれば、俺がくぐれば、即到着だからね。


「それって、とても革新的なことだよね!」


 アーリィーは楽しそうだった。


「これ、輸送の概念が変わるんじゃないかな」

「……」

「だって、ジンがわざわざ行かなくても、色んなところでポータルが繋がるよね? 例えば海でとれたばかりの新鮮な魚を、その場で受け渡したりできるわけで」


 平和だなぁ。でもその考えはわかる。商人たちに話を振ったら、たぶん同じような答えが返ってくるだろう。


「ポータルを介したネットワークの構築」

「え……?」


 俺は肩をすくめた。


「連合国にいた頃から、ポータルを使った輸送や連絡網は考えていた。たださっきベルさんが言った通り、敵対する者に利用された時のリスクもある。例えばポータルを使って、一気に国の首都に軍隊を送ったりね」

「それにどれだけ広げるかにもよるけどよ。どんだけジンがポータル作らなきゃいけないって、話になるよな」


 付き合いが長いだけあって、ベルさんは理解していた。アーリィーが難しい表情になるのを見やり、俺はそっと微笑んだ。


「考え方は悪くない。実際、これをウィリディスだけに留めるのか、王国に普及させるかは、おいおい考えていくべきだろうな」


 ただ、軍事利用が先にはなるけどね。笑みを浮かべる裏で俺はそんなことを考えている。


 敵国首都に軍隊を送る。戦略的にも戦術的にも悪くない話だ。

 今は個人で運べるポータルリングを作ったが、航空艦が通過できる巨大ポータルを用意できるのなら、SF戦争ものにありがちな、ワープで敵中枢へ艦隊ごと乗り込むなんて戦法も不可能ではないわけだ。


 もっとも、俺が先んじて乗り込むならともかく、俺がいなくても巨大ポータルを展開させておくリングが作れたなら、その隠し方も考えないといけないから、即採用とはいかないんだけどね。

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