第646話、オペレーション・スティール


 その日、大帝国本国、工業都市ドゥールで二つ事件が起きた。


 大変、霧が濃い早朝の出来事だった。


 一件目、工場近辺の労働者収容所で脱走騒動が発生。魔人機生産工場に忍び込んだ脱走者により、納品前の魔人機『ドゥエル』、『リダラⅡ』が破壊された。


 二件目、ドゥール近郊で基礎訓練中のⅡ型砲戦車が一両、濃霧の中を移動中、行方不明になった。その後の捜索で、爆発四散している同車両が発見され、搭乗員三名は死亡。都市守備隊によって残骸は回収され、原因調査のため工場へと送られることになる。


 同日に起きたまったく別の事件。


 しかし、この裏に、ウィリディス軍SS諜報部の工作があったことを、大帝国側の人間で気づいた者はいなかった。


 ドゥール兵器製造工場群、その敷地にある倉庫のひとつに俺はいた。

 大帝国の軍服、軍帽を身につけ、一見すれば大帝国陸軍の士官に見えるはずだ。産業革命以後の貴族服に近い制服である。俺が連合国で戦っていた頃の帝国の制服はこうではなかったのだが、しばらく見ないうちに制服も進んでいるようだ。……まあ、俺からしたら、レトロチックだけど。


「ガースタ中佐殿。これが今回の収穫ですな」

「は、マスター・ジン」

「……ここではスィ・アサルリィ大尉と呼んでくれ、ガースタ中佐殿」


 大帝国の将校は背筋を伸ばした。


「……よろしいか、大尉?」

「は、よろしくあります、中佐殿」


 途端に階級差により、言葉遣いが逆転した。


 ドゥール工業都市駐屯部隊司令であるガースタ中佐は、シェイプシフターである。パラサイト作戦による入れ替わりで、本物のガースタはすでにこの世にいない。


「リダラⅡ、ドゥエル3機、Ⅱ型戦車1両の移送、よろしく頼む」

「はっ、受領いたしました!」


 俺は真面目に敬礼した後、本日の収穫品を改めて眺めた。


 大帝国魔人機――これは今朝の脱走騒動で強奪され、破壊されたことになっていた代物である。

 指揮官用騎士型魔人機『リダラⅡ』と、上位量産型にして、すでに俺たちが鹵獲しているドゥエルタイプの改良バージョン。それらが無傷でここに並んでいる。

 そして大帝国の主力戦車であるⅡ型砲戦車。57ミリ野砲を主砲に転用した、無限軌道式戦闘車両である。こちらは、演習帰りに行方不明になったものだ。


 どちらも残骸を偽装し、周囲の目をごまかす間に、SS諜報員とパラサイト隊員による手引きで、ここに運び込まれた。


 長居するのもアレなので、俺はポータルを展開、ウィリディスへの道を作る。なお倉庫とその周りにいるのは、すべてSS諜報員だ。ここに部外者が立ち入らないよう、警戒している。


 今この瞬間にも、敵に俺がいることがバレたら……。面倒しかないので、少々緊張はしている。シェイプシフターたちが完璧な仕事をしているのはわかってはいるが、何事にも想定外のことは起こるものだ。


 戦車と魔人機が通過するに十分な大きさのポータルを開いたのを確認し、俺が頷くとSS諜報員が運転する輸送トラックに載せられた兵器が順番に青い魔法の輪へと入っていった。


「アサルリィ大尉、工場は見学するかね?」


 ガースタ中佐殿が、俺に聞いてきた。


「いえ、それは後日に。移送した品を早く見たがっている御仁がいらっしゃるので」

「そうか。それはそうと、戦車魔人機のパーツだが、検査をはじかれた規格外の部品がある。……まあ、組み立てれば数台分にはなるだろうが」

「……感謝します、中佐殿」


 劣悪部品に見せかけて、予備パーツをゲットである。

 浮遊板に乗せたそれら規格外部品も、ポータルへと消えていく。時間にすれば、わずか数分の出来事なのに、もっと長く見守っている気分。


 ようやく、すべての搬送を確認すると、俺は中佐殿に再度敬礼して、ポータルをくぐった。ついた先は、トキトモ領の秘密基地。

 アグアマリナとディーシーら、ダンジョンコアの力で開拓、建造した地下格納庫の一角である。


 そこにはスフェラとSS整備員の集団。そしてエルフのガエア、ドワーフのノークら技術者組が待っていた。


「お帰りなさいませ、あるじさま」


 スフェラの挨拶に始まり、魔法甲冑職人のガエアは、さっそく大帝国製魔人機の検査を始めた。

 武器職人のノークは魔人機を見上げたのもつかの間、Ⅱ型砲戦車を見やり、足回りの履帯の検分をはじめた。


 俺はポータルを解除した後、ノークのもとへ歩み寄り、同じく視線をやる。


「……ウィリディスの魔力生成と違って、手作りですな。ここと、ここ……同じ履帯でも微妙に作り手の癖が出て、違うのがわかります」


 俺にはさっぱりだ。金属を扱わせたらドワーフには適わないな。


「解析を続けてくれ」

「承知しました」


 ノークは力強く胸を叩いた。あとは、ドワーフに任せると、ガエアは……お初になるリダラⅡに夢中なので好きにさせておく。

 スフェラと合流し、俺は格納庫を後にする。


「予備の部品も手に入れた。解析が終わったら、実際に動かしてテストしよう」

「他に手に入れるのは、空中艦と戦闘ポッドですね」

「戦闘ポッドは、機会を作ればさほど難しくはないだろう。問題は空中艦だな」


 オペレーション・スティールにおける大帝国製武器の入手。操艦に数十から百を軽く超える人数を必要とする軍艦ともなると、盗むのは簡単ではない。


「ドックでオーバーホール中を狙うか、それか単艦航行中のところを襲撃して白兵戦で制圧、強奪する……」


 単艦航行中の襲撃は接舷して乗り込む、乗組員を制圧と、なかなかハードルが高い。状況によっては艦が損傷したり、自爆なんかされて手に入れられないなんてこともありうる。そうならないように制圧作戦を考えるわけだが……。これなら人の少ない時を狙ってドッグで制圧したほうが……。うーん。


 これはリアナ先生に相談しよう。それはそうと、俺が大帝国に出張している間にやらせているもう一つの任務を思い出す。


「そういえば、長距離偵察機ポイニクスは、今どのあたりだ?」


 SS諜報部の活動範囲の拡大。主に東部方面――連合国への工作員潜入を強化する。大型汎用偵察機であるポイニクスが工作員の増援を輸送、空挺降下させる。

 また同時にドラゴンアイ偵察飛行隊が、連合国近辺の最新地図の作成のため飛んでいる。


「最新の定時報告によれば、旧クーカペンテ国に侵入した模様です」

「クーカペンテ……」


 久しぶりに聞いた名前に、俺の思考は英雄時代に飛んだ。共に戦った仲間たち。倒れていった者、俺が去った後どうなったか知らないが、どれだけ生き延びているのか。


「主さま?」

「昔、クーカペンテの解放のために戦ったんだ」


 連合国を構成する9つの国のうち、俺が英雄として参戦する前より、そのうちの一つ、クーカペンテ王国は大帝国の支配下にあった。


 俺が連合国の中心であるウーラムゴリサ王国で、冒険者として名を上げる前からの知り合いが、そのクーカペンテ出身の戦士たちだった。奪われた故郷を取り戻すために戦っていた彼らは、俺が連合国で活躍していた頃、一番関係が深かった者たちと言える。


 連合国に裏切られた後、縁を切った俺だけど、クーカペンテ人たちについてはいまだに心配はしている。

 商人から仕入れた情報だと、すでに連合国は4つの国が大帝国に制圧されているという。

 クーカペンテ、プロヴィア、トレイス、カリマトリア――訂正、クーカペンテのお隣にあるプロヴィア王国のことも気になっていた。あそこのお姫様とは浅からぬ関係があったから。


 ただ、公式情報では王都陥落の際に囚われ、処刑されたとされている。お互いに利用していた関係だったのが、多少の情はあったから胸の奥が痛んだ。


「……連合国は嫌いだが、個人的には好きな人も多かった」


 思わず呟いていた。気になっているといえば、ウーラムゴリサ王国のエリザベートお嬢様も。


 だが同時に忌々しさもこみ上げる。エリー自身には何の問題はないが、彼女の父親であるクレマユー大侯爵のことも思い出すと途端に苦々しくなるのだ。


 俺を裏切り、排除しようとした連合国の重鎮、その一人が彼だった。

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