第645話、暗躍するSS諜報部


 SS諜報部の報告。


 その1。大帝国から、俺を暗殺しようとしてヴェリラルド王国に来た暗殺者が二組。それらは入国した後、パラサイト部隊とそれに付随ふずいするシェイプシフター暗殺兵によって殺害された。


 諜報部は、大帝国から派遣された暗殺者の素性を完全に把握しており、どのタイミングで王国にやってくるかも掴んでいた。


 一組目は腕利きの魔術師とその弟子。そしてもう一つの組は、人体改造を受けた戦士による戦闘チームだったそうだ。


 大帝国のスパイになりすましているパラサイト部隊員は、やってきた暗殺者にジンは王都にいるという嘘の情報を与え、宿や移動手段を手配。


 魔術師のほうは、一般人になりすましたSS暗殺者が町中ですれ違いざまに抱きついて心臓をひと突き。暗殺者に身構えた弟子は、後ろから別のSS暗殺者が消音銃でありったけの銃弾を撃ち込み殺害した。


 そして人体改造戦士グループ。こちらは三人。呑気に馬車に乗って移動中、仕掛けられた爆弾で客車もろとも吹っ飛んだ。ひとり瀕死ながら爆発に耐えた者がいたが、僧侶に変装したSS暗殺者が治療するふりをして殺害した。


 ……怖い。俺を狙った暗殺者たちが、別の暗殺者によってえげつなく殺害される。俺でなくてよかった、ほんと。


 同情はしない。そもそも俺を殺しにきた連中だからね……。


 パラサイト部隊からは、大帝国本国へ報告書をあげねばならないが、どう処置するか俺に指示を仰いできた。素直に暗殺は失敗したと返すか、行方不明とするか、はたまた現在も任務遂行中とするか……。

 失敗したと分かれば次の暗殺者が送られるが、あまりに手間取るようなら、やっぱり別の奴が送られてくるだろう。

 はてさて、どうしたものか――


 その2。大帝国の兵器――航空ポッドとも言える空中艦隊護衛を目的とした小型機の設計図を入手。


 壺型の胴体に操縦席があり、左右に爆弾を積む翼――戦闘ヘリで言うところのスタブ翼、後ろに推進器の風魔法噴射装置がついている。……そう、エルフの浮遊船にもあり、俺もフレキシブルブレードとして採用した推進装置である。


 何となくローターのないヘリっぽく見えるシルエットである。小型の浮遊石を搭載していて、それで空中に浮かび推進装置で前進する。……先日作った浮遊エレベーターと考え方は同じだ。


 大帝国の戦闘ポッドは、速度ではこちらの戦闘機には全然及ばないながらも、対地攻撃能力は高い。

 護衛機というよりも、地上攻撃用の支援機のようだ。一応、電撃を撃ち出す砲を搭載して空中戦にも対応している、ということで護衛機という扱いなのだろう。


 大帝国の敵に、まともな航空戦力がないからこれでいい、ということだろうな。

 設計はシンプルで、資材も調達しやすいため、現在生産工場では急ピッチで増産されている。計画によれば、連中は春の再侵攻を前に、主力空中艦隊にこのポッドの実戦配備を間に合わせるつもりのようだ。


 空中艦隊に小型機か。ますます連合国にとっては脅威となるだろうな。対空手段がなければ面倒この上ない。まあ、ポッド自体は装甲は大したことないようなのがまだ救いだけど。


 俺は諜報部から送られてきた、小型ポッドの図面の写しをファイルに閉じた。大帝国の兵器コレクションがまた増えたな。


 ウィリディス屋敷の地下執務室に俺はいる。デスクの向こうには、シェイプセプターの杖ことシェイプシフターのスフェラが魔術師姿で立っている。


 前々から大帝国の情報は収集していて、その兵器の資料は大方、こちらの手の中にあった。

 魔人機に戦車、空中艦などなど。保有している魔器のほか、配備が進められている鉄砲類も。……とうとう大帝国は『銃』を前線に送り込みはじめたのだ。


 近代化が異常な速度で進んでいる。その裏には、大帝国が召喚した異世界人の影響が大きい。ただ魔器の素材にするためだけに召喚していたのが、異世界人の知識や技術にも目をつけはじめて、拡大の一途を辿っている。


 もっとも、急激過ぎる進化は尖り過ぎていて、足場の安定しない、かなり歪なものではあったが。二年そこそこでやったのは大したものだが、やはり色々なところで無理が出ていた。


 なお、認めたくない話だが、こうした異世界人の力に連中が傾倒しはじめた一因が、連合国の英雄として暴れ回った俺だったりする。ただの素材と思っていた異世界人が、大帝国を滅亡の瀬戸際まで追い込んだ影響は大きかったのだ。


 大帝国にも異世界人がいて、その軍備拡大に協力している。それは今後にも影を落とす。ウィリディスの兵器が時代を超越している、というのが単なるうぬぼれに過ぎなくなることもありえる。


「そろそろ手を打たないといけないね……」


 俺が呟くと、黙って見守っていたスフェラが「はい」と頷いた。


 大帝国に協力している異世界人はさほど多くない。やはりというべきか、召喚で呼び出されるのがランダムなため、彼らが必要としている知識や技術を持ち、それを応用できる者ばかりでないためだ。


 さらに、このところ大帝国保有の召喚装置にガタがきており、召喚自体を控えているのも影響している。


 諜報部が寄越した資料によれば、協力する異世界人で危険度が高いのが二人。マトウ・サイエンと、アンドリュー・ノイマンという男。


 サイエンは『異形』と呼ばれる化け物の専門家らしく、魔獣や改造兵士の研究をしている。多少の魔法を使う能力もあるらしい。


 一方のノイマンは技術者であり、現在大帝国が配備している主力戦車は、彼の作品だ。魔法技術をまったく使わず、大帝国の工業化を進めさせ、機械兵器の制作に執念を燃やすマッドな人物である。


 ……サイエンについては、うちのシェイプシフターもその所在を掴んでいないため詳細は不明。対するノイマンは非常にアグレッシブであり、所在もわかっている。彼は自らの趣味に没頭しており、積極的に大帝国に協力している。……勧誘は非常に難しいというのが、今のところの判断である。


 今後の動きによっては、誘拐か抹殺対象となるだろう。同じかどうかは知らないが、異世界人という共通点からみると、やりにくさはあった。

 まあ、異世界人といったところで、いい奴もいれば悪い奴もいるということだ。

 それはひとまず置いておくとして――俺はスフェラを見た。


「設計図は手にいれたが、次の段階へ行きたいね」

「では、オペレーション・スティールを、いよいよ――」


 スフェラは、機械のような淡々とした調子で言った。

 こっそり盗む作戦――オペレーション・スティール。大帝国の兵器、その実物を手に入れるのである。


「工業都市ドゥールの工場ラインは、すでにパラサイト作戦の第一段階が済んでいます」


 いわゆるシェイプシフターによる入れ替わり作戦。大帝国でも有数の兵器生産拠点に潜入、そして要人と入れ替わる作戦は、俺たちウィリディス軍がアンバンサーに対応している間に、SS諜報部により実行された。そして同工場施設とその司令部を掌握しつつある。


「移送手段さえ整えば、魔人機や戦車をそれぞれ、ウィリディスに送ることは可能です。……あるじさまにはご足労をかけますが」

「構わんよ。俺も掌握したドゥールの工場を見てみたい」

「現地指揮官に、主さまの査察の準備をさせるよう手配いたします」


 査察、か。一応、大帝国は敵地である。そこにある工場を堂々と見学するとか、苦笑するしかない。もちろん、現地では大帝国の人間に変装して、偽の身分をでっち上げる必要はあるだろうが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る