第644話、新領地開拓


 旧キャスリング領あらため、トキトモ領を治めることになった俺は、そちらのほうの開拓にも手を出さなくてはいけなくなった。


 何せ先の隕石直撃で、一度は真っさらになり、今回のアンバンサー戦役で、さらに荒廃が進んだ。つまり、ほぼ一からの出発となる。

 難民の一部を領民として引き受けることになった。彼らのための生活基盤を整える必要がある。


 王国軍に配備する予定の魔人機、航空機、戦車を準備しないといけないし、そのための工場設備も作らねばならない。

 大帝国に対する準備や諜報機関の活用、情報収集、連合国への偵察……。諜報活動もあるから、マジ多忙である。


 ただ、ウィリディスが抱えつつあった兵器の置き場所問題が、トキトモ領のおかげで解決しそうだ。

 とくに王国、ケーニゲン、エルフから求められていたシズネ艇の建造工場が置けるようになったのは大きい。


 とはいえ、まずは難民たちのキャンプの充実。彼らは生きているわけで、早急に住むところを用意しなくては。今はまだ冬だから、可能な限り迅速に動かねば死者が出る。


 そちらには難民を警護するためのシェイプシフター兵の中隊と支援装甲車両を派遣。魔法騎士になったサキリスにエルフのヴィスタ、医療担当でエリサ、そしてユナを送る。


 ユナには、建築関係の能力をダウンロードしたコピーコアをもたせて、キャンプから発展させて、集落作りもやってもらう。場所については現地の人々や旧キャスリング領の人間であるサキリスと要相談。


 食料は当面は、ウィリディスの生成品で賄うとして、いずれはトキトモ領での農業や、その他製造をやらせてみたい。


 これらを整えつつ、兵器の製造施設がある基地も設置する。

 大帝国に偽の情報を掴ませるためにも、目くらまし用の兵器生産も速やかに行わなくてはいけない。


 基地の場所は決めてある。アンバンサー戦役においての決戦の地である大クレーター跡、その地下空洞だ。

 アンバンサー拠点は王国軍が踏み込んだことで破壊され、またアンバンサー母艦が天井を吹き飛ばして外に出たことで、ぽっかり穴が開いている。


 その大穴は、アンバル級軽巡どころか、ディアマンテ級巡洋戦艦が余裕で通過できるほどの大きさだった。地下秘密ドックなんて男の子の一つの夢に応えられる規模はある。


 ちなみに、地表部分から地下空洞の地面までの深さは、およそ八〇〇メートルほど。何の装備もなく飛び降りたら間違いなく死ねる。


 地下基地の建設は、俺と人工コア『アグアマリナ』、ディーシーが担当する。まあ、建設といっても、いつものダンジョンコア工法である。


 俺たちは、エレベーターシップと名付けた浮遊エレベーターに乗って、クレーター跡へ侵入する。


 今回の地下基地開発のために急遽きゅうきょ製作したこの浮遊エレベーターは、手すりで囲った細長い通路状の足場に、操縦用パネルを設置。浮遊石と可動式風魔法発動板ことフレキシブルブレードを4枚備えている。

 浮遊石で上下、フレキシブルブレードで移動する代物で、その姿は甲羅のない海ガメのようでもある。


「改めて見ると、大きいな……」


 ディーシーが手すりから覗きこみ、妙にニヤニヤしながら言った。


「こう、地下というのは、何やら背筋がムズムズしてくる」

「痒いのなら背中をかいてやろうか?」

「そういうのではない。まあ、あるじに撫でられるのは悪い気はしないがな」


 エレベーターシップは、後ろの二枚のブレードの推進力でゆっくりとクレーター内へ。

 まずは正確な測量。といってもダンジョンコアによるテリトリー化を行い、範囲内をダンジョンにする。そこで地形の情報を取得する。

 それが終われば、いよいよ空洞を拠点化である。


 さて、空洞の底に基地を作るとなると、いくらアンバンサー母艦が余裕で収まることができた大きさとはいえ、すぐに敷地一杯になるのは目に見えている。

 そこで――


「壁をくり抜いて、工場や施設を埋め込もう」


 別に外に出しておく必要もない建物は、地下に埋め込んでしまっても問題あるまい。普通に掘り進めると、工事費や手間もかかるが、こちとら地下開拓専門のダンジョンコアだ。むしろ地下掘削と拠点化は専門分野である。


 空洞をぐるりと取り囲む形で、工場や各施設を配置する。俺は適当に図を書く。


「というわけで、ディーシー。こんな感じで直方体の形に地面を抜いてくれ。ついでに崩れないように補強もな」

「うーん、抜くのは構わないが、真っ直ぐ引くのは得意ではないんだがな」


 ディーシーが唸る。

 そうなの? これまではちゃんとやっていたように思っていたけど、本人的には苦手なのか。遺跡じみたダンジョンだってあるが……あれは単にあとからコアが発生しただけで、コアの力で作ったダンジョンではないってこともあるか。


「じゃ、アグアマリナ、よろしく」

『承知しました、司令官様』


 人工コアのアグアマリナは、さっそく対象場所のテリトリーをディーシーからもらい、巨大な直方体の空間をくり抜いた。

 さすが、人工ダンジョンコア。古代機械文明産らしく、建物関連には強い。


「むぅ」


 するとディーシーがあからさまに不満そうな顔になった。


「新参の癖に生意気な……」

「まあまあ、物事には得意不得意ってものがあるさ」


 俺は、美少女ダンジョンコアロッドをなだめつつ、内心では配役をマズッたかなと思う。まあいい、穴を開けるだけがダンジョンコアの仕事じゃない。


「ディーシー。いま開けた空洞に、天井と壁、床を張ってくれ。できるな?」

「もちろんだ」


 仕事を振られて、機嫌が戻るディーシー。俺は付け加える。


「床は水平に、な。できるか?」

「馬鹿にするな。今まで我が仕事で手を抜いたことがあるか?」

「どうだかな、覚えていない」

「そこは、覚えていない、ではなく、なかった、だろう?」


 フフン、とディーシーは鼻で笑った。俺は、彼女に任せて、アグアマリナに図を見せながら、施設予定箇所に直方体ないし立方体の空間、そしてそれを繋ぐ通路を作らせた。


 基地司令部、航空艦用のドックや係留施設、各種生産工場や整備工場、実験場、研究室、兵員待機所に兵舎ほか人が生活するに欠かせない施設類、魔力収集プラントなどなど。


 細かな設備や備品、装備は、ポータルでウィリディスから運び込んで、シェイプシフターたちにやらせるとして……大規模工事だな、ほんと。


 とりあえず、最低限のものを置いて、あとは必要になったら拡張する方向でやっていく。繰り返すが、俺も多忙なんだ。


 空洞内をエレベーターシップに乗って移動しながら、ダンジョンコアたちの働きを監督。昼頃、ポータルを経由してアーリィーとメイドのネルケがやってきた。二艇目のエレベーターシップできた彼女たちは、お弁当を差し入れしてくれた。おう、ありがとう!


「我への差し入れはどこだ?」

「こちらに」


 ディーシーが催促さいそくすると、ネルケがウィリディス産菓子パンの入った箱を差し出す。メロンパンかな?


「ドワーフ曰く、大変質のよいとされる天然魔石の魔力から生成されたものとなります」

「それは美味だな! 美味だろうなッ!」


 そうなのか? 俺は、珍しくはしゃぐディーシーを微笑ましく思いながらも苦笑い。意外とグルメなんだな。付き合う人間が増えたせいか、俺も知らなかった彼女の一面がちらほらと。

 俺のそばにきたアーリィーが、空洞内を見上げる。


「スゴイところだね、ここ」

「大自然の神秘だな」


 そりたつ崖のような壁が高く高く上へと伸びている。こんな景色、滅多に見られるものではないな。

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