第641話、噂をコントロールする策
連合国に勝ってもらう――その言葉に驚くエクリーンさんに、俺は続けた。
「我々ウィリディス軍は、大陸の脅威となっている大帝国、その兵力の撃破を目的とします。戦力を失った大帝国という国をどうするのかは、我々ではなく連合国にやってもらいたい」
大帝国の侵攻。そのもっとも恐るべきところは、この世界の一般的な戦闘より数段進んだ軍備や戦術、そして作戦体系にある。
多くの国にとって、戦争となれば、まず軍を編成するために各地に招集をかける。準備させ、いついつまでに、指定した場所に集合。その地点が大抵において敵と戦う場となる。
城を巡る攻防を除けば、その戦いのほとんどは平野での野戦である。
寄せ集めの兵力は、徴兵した者もいれば、金を払って人数を揃えた傭兵だったりする。これに僅かながらの職業軍人といえる騎士や魔術師が加わる。
だがこれらが実に弱い。徴兵された農民は、ろくな訓練もされず、主によっては装備も貧弱。雇われた傭兵たちは適当に働き、略奪し、勝ち馬に乗る時は強いが、ヤバくなったらさっさと逃げた。
通信技術が発達していない世界だから、ひとたび陣形が崩れれば、そこから全軍崩壊は当たり前のように起きた。
これに対し、大帝国は末端の兵士にも特定の兵役に着かせることで訓練を施し、また指揮官のもと、よく統制されていた。
魔器をはじめ、強力な魔法武器を前面に押し立てる戦術もまた、軟弱な諸国軍を破る一助となった。その強烈な一撃で陣が吹き飛ばされれば、士気を削がれた彼らは、大帝国軍の圧力に屈し敗走を繰り返した。
しかも今では、空中艦艇や魔人機、戦車などの機械兵器が加わり、大帝国軍はさらに脅威の対象となっている。
「大帝国軍は、確かに強い。しかしこの強大な軍がなければ、彼らとてただの人。軍を失った国など、現行の一般的な軍でも勝てます」
その大帝国の軍を撃破するのが難しいのだが、そこはウィリディス軍の近代的兵器による攻撃と戦術、作戦でどうにでもなる。
……忘れてはいけない。俺は連合国で魔術師をしていた頃、その強大な大帝国軍を大魔法で敗北の寸前まで追い詰めたのだ。
詰まるところ、その頃と基本的なことは何も変わっていない。俺が大帝国の部隊がいるところに行き、それを叩き潰した後、無人の荒野を他所の軍隊が制圧、進攻する。
まあ、エクリーンさんには、俺がジン・アミウールだったことは伏せているので、その部分は省いて説明する。
「大陸中……。スケールの大きな話になりますわね……」
「はい。しかし、一般的な
「しかし、それは――」
エクリーンさんは、びっくりした。
「それでは戦えば戦うほど、得るものがなく、損をするだけでは?」
そう、赤字だ。戦えば戦うほど、赤字が増えていく。まあ、うちの装備は、人工コアさえあれば、大抵魔力でどうにかなる上に、人数も少ないので他の軍隊に比べて人件費や維持費が格段に安く済んではいる。……戦利品くらいは貰っていくけど。
「大帝国のような大国相手に、とったとられたの戦いをすれば、国力の小さな王国は必ず負けます」
俺は、カップとポッドを交互に指し示した。
「カップの紅茶も、一杯飲むなら大したことはありませんが、それが数杯も続けば、お腹が膨れてしまう」
連中はいくらでもお代わりを用意できるのだから。
例え連戦連勝を重ねても、いつかは限界が来る。敵がそれまでに諦めてくれればいいのだが、体力の充分な相手が我慢比べを挑んでくればそれも怪しい。
「従来どおりの土地を占領しての戦いは、兵站や戦費に負担をかけます。そもそも占領などすれば、そこに兵を置かねばなりません。拠点ができれば、それを維持するために食料、物資の調達や補給の手間がかかり、欠員があれば補充が必要となります」
現地調達できるものならばいいが、そうでないものは国や本拠地から運ばねばならない。またその補給のための移動や輸送にも人が必要で、また費用もかかる。
勝ち続けて拠点が増えても、その分だけ人員を割り振らねばならない。また本拠地から遠くなればなるほど、負担も激増する。すると自軍は、どんどんやせ衰えていくことになる。
兵力は分散し、薄くなっていく。
いわゆる攻撃の限界点。どれほど優勢な軍隊も、次第に戦闘力が落ちていき、攻めているはずがいつの間にか攻守が交代している現象。
……もっとも、それを言うなら大帝国もそのはずなのだが、連合国を攻めたあたりでは、まだその限界点の兆候は見られなかったんだよな。
その代わり、占領された国々の搾取はひどいものであり、多くの民が食料や生活に必要な物資を奪われ犠牲になっていた。長期的な占領政策で言えば、あまり得策ではないのだが、それはそれだ。
「占領しない、拠点を確保しないのであれば、それにかかる人員、資材、戦費を浮かせられます。もっとも、それはポータルという移動手段があるからであって、わざわざ拠点を作りながら進むことがないから、とも言えますが……」
「確かに……。貴方にしかできない戦い方ですわね」
「どうでしょうか。転移魔法の使い手が滅多にいないのは認めますが、私にしかできないとは思いません」
そうは言ったものの、連合国にいた頃もそうだが、俺のポータルを超える転送系魔法の使い手には、結局ひとりも会ったことがない。
「とにかく、先を見据えればアンバンサー戦での喪失分の回復と増強は必須。そう考えるなら、キャスリング領を貰ったことも有効活用しなくては」
「と、言うと?」
「サキリスに土地を渡そうとも思ったのですが、本人から強く断られまして。これは国から賜ったものなのだから、と」
ほぼ元の領地が戻ってきたが、サキリスは俺に仕えることにこだわり、元の貴族に戻るとかまったく考えていなかった。
「それならば、と旧キャスリング領をウィリディス領に改名。表向き、ウィリディスはそこだと周囲には思ってもらいます」
「ああ、たしかに、今わたくしたちがいる場所については、国の秘密となっていますものね」
エクリーンさんは、ふふ、と笑った。俺が侯爵となり、表舞台に立った以上、ウィリディス領がどこにあるのか、知りたがる者は加速度的に増えるだろう。
「それに、先のウィリディス製兵器の情報流出について、ひとつの解決策となるかもしれません」
「解決策?」
「ええ。噂が広がるのを止められないのであれば、その噂のレベルを引き下げるのです」
俺は王国から、魔人機の開発を命じられている。モノ自体はとっくにできているのだが、それを投入するタイミングを見ていた。が、今こそあれを、ケーニゲン領ならびに王国軍、ついでにクレニエール領にも配ってやる。
戦車に関しても、大帝国戦車程度のものを用意して王国に配備させる。
ヴェリラルド王国に戦車や戦闘機あり――ただし多くの者が目撃するのは、ウィリディス製兵器に劣るモデルであるが。
「戦車や戦闘機が噂になっても、実際に目にしなければ実際のところは把握できません。大帝国のようにすでに同様のものを持っている者でもなければ、比較すらできない」
その大帝国に関しては、我が諜報部を通して、量産モデルの設計図を最新式と偽って送りつけてやるつもりだ。
噂は尾びれがついて過大に伝わることも多いが、実際は大したことがないと思わせてやることも可能である。
ピンチをチャンスに。そしてチャンスは活かさなくてはいけない。
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