第640話、広がる噂


 アンバンサー戦役の終了により、遠征した各軍はそれぞれの領地へポータルを使って帰還した。


 俺たちウィリディス軍もウィリディス領に戻り、休養と兵器の修理、補充作業が行われた。

 俺もウィリディス食堂で、優雅なティータイムを堪能たんのう中。……となればよかったのだが。


「あら、わたくしと一緒じゃご不満?」


 向かいの席に座るは、クレニエール侯爵家のご令嬢、エクリーンさん。ここ数日、ウィリディスに滞在し、王族ご利用の白亜屋敷に部屋を設けている。


「いえ、あなたに不満はありません。麗しの令嬢と一緒にお茶が飲めるのは男子の憧れでしょう」

「ふふ、そんな肩肘はらないで侯爵様。せっかくのお紅茶も、味がわからなくなってしまいますわ」


 相変わらず、絵に描いたようなお嬢様っぷりである。金髪碧眼の美少女、その所作はいつものように優雅である。


「クレニエール領ご自慢のミスト・ブレンド。……私はあまり紅茶に馴染めなかったのですが、これは飲みやすい」

「このクッキーにも合いますわ」


 俺が褒めると、エクリーンさんは、テーブルの上のクッキーをさくりと食べる。


「ウィリディスの御菓子は美味ですわね」


 ええ、まったく。俺が頷くと、エクリーンさんは両手でティーカップを掴んで、アンニュイな表情を見せる。


「考えていること、当てましょうか? トキトモ侯爵」


 うん、まあ、当てるのは難しくないだろう。俺は面倒な案件を抱えているのだから。


 異星人との戦役の後始末。

 俺は旧キャスリング領を押しつけられた。ウィリディス領に続き、キャスリング領の領主になってしまったのだ。


 エマン王曰く、『武勲を立てた者に褒美をやらねば他に示しがつかない』。


 褒美が出るから、命をかけて戦うのだ。そうでなければ誰が戦場などに行くものか。

 武勲を立てたウィリディス軍が報奨を受け取らないと、他の同じく戦った者たちへの報奨にも影響する。皆が気持ちよくなるためには、素直に受け取っておけ、ということである。


 とはいえ、この領地を俺に、というのは、その報酬も絡んでいたりする。

 今回参戦した各軍は、勝利を収めたものの、敵からの賠償金はなし。クレニエール侯爵は新たに土地を手に入れたが、それ以外は戦費面で赤字である。


 で、唯一手に入ったものといえば、アンバンサー兵器の残骸や武具である。戦車や母艦の残骸から装甲板をはぎ取ることもできるが、それを加工できる手段などは手探り状態だった。何分、科学の進んだ文明の合金だからねぇ……。


 一応、俺たちウィリディス勢は、エルフやドワーフの手と、ディアマンテやサフィロら人工コアの力でどうにか利用できないか模索中だ。が、それを知ったエマン王はこう提案したのだ。


『キャスリング領周辺をお前にやる。そこでアンバンサーの遺産は全部渡すから、それを分配、我らに還元せよ』


 つまり拾いモノを使えるようにして、それを王国やケーニゲン領への今回の戦役の報酬に当てようというのだ。それをウィリディスも含めて三等分に分けることで、各軍への赤字補填とする――それがエマン王の案だった。


 是が非でも、スクラップをお宝に変える必要になったわけだ。


 なお、報酬の形についてはアンバンサー兵器の再利用品でなくても、例えばウィリディス製兵器でもよい、と言われた。……さりげなく、うちの兵器でもいいよって、そっちが目当てなんじゃないかな? そろそろ、魔人機できましたって、披露する頃合いがきたのかもしれない。


 何か貧乏くじを引かされたようだが、何を選び分配するかは俺の匙加減で決まる。つまりアンバンサー兵器で、とてつもく有用なものがある物があった場合、俺の懐に収めても文句はないわけだ……。うーん、太っ腹だねぇ。


 要は考え方次第ということだな。


「その割には、あまり浮かないお顔」


 エクリーンさんの探るような目。俺は薄い笑みを浮かべる。


「今回、我がウィリディス勢が目立ってしまいましたから」


 大帝国に向けて準備し、極力大勢の前で見せないようにしてきた器を世に知らしめてしまったのだ。


「あの戦いぶりは見事でした」


 ほぅ、とエクリーンさんは息をついた。


「お父様も褒めていらしたわ。ウィリディス軍の参戦なくば、我々は滅ぼされていただろうとも。さすがは賢者様ですね」


 金髪碧眼の令嬢は微笑んだ。俺は顔をしかめた。


「……光栄なことですが、これらの情報が他所に伝わるのはよろしくない」


 アンバンサー戦役に参加した者たち。兵士、傭兵、さらには民間人もウィリディス軍の兵器を目にした。


 ウィリディス兵器については箝口令を敷く、と王をはじめジャルジーやクレニエール侯爵は理解を示したが、おそらく噂は止められないだろう。末端の兵士や傭兵、一般人すべての口を塞ぐことなどできない。

 必ず他所にもウィリディス軍の新兵器と、その戦いぶりが伝播し、やがては大帝国の耳にも入る。


「特に春以降、この王国に攻め入ろうとする敵がいる現状は」

「ディグラートル大帝国」


 エクリーンさんは、静かにカップを置いた。


「侵攻は不可避ですの?」

「ええ、連中は東の連合国のみならず、西方諸国にもその魔の手を伸ばします。主戦場は連合国などの東ですが、こちらには戦争継続に必要な魔力資源を手に入れるために」


 実際のところ、公になっていないだけで、すでに奴ら手を出してきているからね。ルーガナ領への工作から、北方領への本格侵攻未遂などなど。


 大帝国は、ここ一年でその軍備を大きく変貌させた。もう俺が戦っていた頃の連中と違う。空中艦隊に戦車、ゴーレムや魔人機に魔法武器。その攻撃力は、大陸一と言っても決して過言ではないだろう。


「それに加え、この王国に、連中でさえ保有していない兵器があると知れば、是が非でもそれを手に入れようとするでしょう」


 ウィリディス製の高度な兵器。かのアンバンサーとも互角に渡り合えた装備だ。大陸制覇を目論む彼らが、狙わない理由がない。


「新兵器が抑止力となればいいのですが、残念ながら大帝国からすればヴェリラルド王国は弱小国。多少の犠牲を覚悟しても攻略しようとします」

「……勝てますの? それほどまでに強力な彼らに」


 珍しく、エクリーンさんが弱気な顔を見せた。父クレニエール侯爵同様、弱みになるような表情は滅多にしない彼女が。


「勝ちます」


 俺は、そこは断言した。まったく勝算もなく、軍備を整えていたわけではない。


「というより、何をもって勝ちとするか、その定義にもよります」

「勝ちの定義……? どういう意味ですの?」


 エクリーンさんは眉をひそめた。俺はカップの手にとった。


「私は、近いうちに起こるこの戦争、連合国に勝ってもらおうと思っています」

「連合国に……?」


 まったく予想外だったのだろう。エクリーンさんは驚きに目を見開いた。

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