第639話、戦後処理
アンバンサーとの決戦が終わったその日は、王国軍で派手な戦勝会が開かれた。
なお、本来、戦となると勝手に従軍してくる商人らがいなかった影響で、酒と食事はウィリディスと王都からポータル経由で持ち込むことになったが。
クレニエール領や王国のために戦った全ての戦士たちに労いを。
ウィリディスからもベルさんやリーレが参加。好奇心旺盛な騎士や魔術師らが、さっそく質問攻めにしたらしい。悪酔いした傭兵だかが絡んで、ちょっとした乱闘になったが、うちの超前衛コンビが負けるはずもなく、むしろ皆の前で一騎当千ぶりを発揮した。……何をやってるんだ、まったく。
さて、戦いが終わったので、ウィリディスに帰ろう、とはいかなかった。
エマン王、ジャルジー、クレニエール侯爵、そして俺といった、各軍のトップは戦後処理をしなくてはならなかったのだ。
また後ろ暗い本音タイム――は自重するにしろ、大人の都合による問題処理が山積していたのである。
そんなわけで、俺、エマン王、ジャルジー、クレニエール侯爵、そして救出されたフレッサー伯爵令嬢のメリナは、ポータルを使ってウィリディスへ移動。その食堂にて、話し合いを行った。
ここなら部外者がいない、というわけだが、初めてここに来るクレニエール侯爵、そして家族を失い、今にも倒れそうなほど青い顔をしていたメリナ嬢は、小綺麗で明るい近代的食堂に目を丸くしていた。
なお、メリナ・フレッサー嬢は十四歳。土色の長い髪を縦ロールにした豪奢な髪型の少女だった。将来が非常に楽しみな美少女さんである。
一同は円卓に腰をおろし、ウィリディス製のお菓子とジュースをそばに置き、会談に移った。
なお、王にはシュペア大臣。俺にはアーリィー、ジャルジーやクレニエール侯爵にも補佐が一名ずつ付いたが、メリナ嬢は一人だった。
「わたくしの父上、トマス・フレッサー伯爵は、アンバンサーなる蛮族によって殺されました。母も、我が兄ゾルも……」
「お父上の死を残念に思う」
クレニエール侯爵が、心なしか沈んだ表情を浮かべて言った。
「ゾル殿は、我が娘エクリーンの婚約者でもあった……」
「兄は、敵に立ち向かい――」
うぅ、とメリナ嬢の目から大粒の涙がこぼれた。俺が合図すると、控えていたウィリディスメイドのアマレロが動き、伯爵令嬢にハンカチを差し出した。
「彼は、勇猛な男だった……」
故人を偲ぶように、クレニエール侯爵は胸に手を当てた。
「強大な敵にも、家族や領のために命を投げ出したのだろう。貴族の規範を示した彼の名は、後世まで語り継ぐべきであると私は思う」
……この人、本気でそう思ってるのかな。あまり表情の出ない侯爵の言動は、それはそれは同情的ではあるのだが、どうにも芝居くさく感じてしまうのは気のせいだろうか。
俺は視線を他の二人に向ける。エマン王は威厳を保ったままのポーカーフェイス。何を考えているのかわからない。
ジャルジーは何やら真剣な顔で考え込んでいる。
「だがフレッサー伯爵家は、もはや貴女しか残っていない。気をしっかり持たれよ」
「は、はい、侯爵さま。……ですが」
ハンカチで涙を拭いながら、メリナ嬢は首を振った。
「わたくし、お父様の土地をどう治めたらよいかわかりません……」
それを言ってしまうか……。頼る者が皆無のいま、不安なのはわかるが――
クレニエール侯爵の目がその瞬間を逃さなかった。
「ふむ、貴女はお若い。親族はいるだろうが、他の領地にいて、君のお父様の土地を貴女から取り上げようと狙ってくるだろう」
……。
「そ、そんな……!」
狼狽えるメリナ嬢。クレニエール侯爵は、優しい口調になった。
「我が家と貴女の家は、同盟を結ぶ関係にあった。我が娘エクリーンの婚約は残念ながら、ゾル殿が落命されたのでご破算となったが――」
……ジャルジーの眉がぴくりと動いたのを俺は視野の中に捉えた。
「どうだろうか、メリナ嬢。我が家には男子がいる。アルトゥルと言うのだが……覚えているかな?」
「アルトゥル様……? ええ、数度お会いした記憶がございます」
「彼を、君と婚約させるのはどうだろうか?」
「婚約!? わ、わたくしがですか!?」
……。俺は、エマン王を見やる。反応なし。シュペア大臣は、落ち着かない様子でキョロキョロしているが、王は暗黙のうちに了解しているのだろうか。
「我が息子と結ばれれば、クレニエール侯爵家が、貴女の味方だ。これから領を復興させねばならないだろうが、我が領が支援しよう」
それってつまり、間接的に侯爵殿が、フレッサー領を支配するってことですよね? 身内となることで合法的にその土地と家を手に入れるっていう……。
「今すぐに、とは言わない。だが時は待ってくれない。早めに決断をしてくれ。いいね、メリナ嬢」
「は、はい……」
クレニエールおじさん、メリナ嬢に揺さぶりをかける。明らかに経験の差だよな……。
正直、気の毒には思うが、俺がどうこうする問題ではない。そもそもフレッサー領のことは、口出しする理由もないのである。
エマン王が初めて口を開いた。
「では、フレッサー領はクレニエール侯爵が復興の支援をするという方向でよいかな?」
「異議なし」
ジャルジーが答え、俺も頷いた。……俺に文句などあろうはずがない。
「次に、トレーム領の扱いだが、このままトレーム伯爵以下、その後継者が現れない場合、近隣の領に吸収しようと思っておる――」
王の目が、クレニエール侯爵を見た。
「
「はっ。復興が必要な領ではありますが、陛下の
すると、侯爵殿はフレッサー領のみならず、トレーム領をも取り込んで、一気に領地が倍に膨れあがるわけだ。
偵察結果では、トレーム領の領主町は廃墟。その領主たる伯爵の息子くんは、アンバンサーの改造兵士にされて死亡している。
一族全滅の可能性は高く、おそらくトレーム領はクレニエール領に吸収されるだろう。
正直、戦後復興や減った人数の問題もあって、しばらくは財政面の負担も大きいだろうが、ひとたび軌道に乗ればそれも取り返せるだろう。
復興までに潰れなければ侯爵の勝ち。二進も三進もいかなくなれば負けだろう。
……俺、ここにいる必要あるのかな? 貴族同士の土地云々には興味がない。
「さて、此度の遠征により、王都軍、ケーニゲン公爵軍、そしてウィリディス軍は戦費を消費したが、残念なことにアンバンサーという敵からは賠償金も身代金もとれないし、土地ももたぬため、補償を得ることができない」
「しかし、親父殿。勇戦した部下たちには報酬を出さねばなりません」
「そこだ、問題は」
エマン王はジャルジーから俺へと顔を向けた。
「幸い、ジンのポータルによって、遠征軍は糧食や移動に掛かる費用を大幅に削減することができた。赤字は最低限と言えよう」
従来の遠征だと、のんびり歩いて移動するだけで数日、十数日を消費し、移動した日数分に加え、糧食を輸送する人員などへの費用や食事などがかかる。
当然、陣を張って留まったり、戦い終わって帰る時だって人は飯を食うのだから、その調達にもまた金がいる。歩くだけで消費するのだから、勝って戦利品や補償を手に入れなければ戦い損だ。
ポータルで軍団を移動させて、それらの諸経費を節約したのは、非常に大きな働きだったと言っても過言ではない。
「そこで、だ、ジン。貴様に、アンバンサーが今回本拠地に据えていた土地……旧キャスリング領を与える。そこの領主をやれ」
は?
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