第638話、皆にありがとう
マギアカービンをまたダメにしてしまったな。
俺はシルフィードの右手にあったパワードスーツ用カービンライフルだったものを破棄した。
リアナ機から譲られた銃の魔石をエネルギーに、プラズマカノンにも匹敵する一撃を放った。
逃げようとしたアンバンサー母艦の艦橋部を貫き、そのエンジンを粉砕したことで、爆発四散。生存者などいようはずがないほど粉々に吹き飛んだ。
艦橋と分離し、大破したアンバンサー母艦が大地に突っ伏すように激突した。
エンジン部をシズネ艇が撃破したのを見たから、間違ってもあれが飛ぶことは二度とないだろう。
艦内は誘爆の余波が荒れ狂い、各所で爆発と煙があがっているが、念のため掃討はすべきだろう。話し合いの通じる相手ではないことは承知している。連中に慈悲などない。
さて、母艦はこれでケリがついたが、他はどうなった?
『ソーサラーより、ポイニクス。状況を報告しろ』
高高度を観測している
『ポイニクスよりソーサラーへ。地上の戦闘は下火になりつつあり。現在、王国軍とウィリディス地上部隊が敵残党を掃討中――』
・ ・ ・
「おおっー! やったぞー!!!」
浮上した巨大な物体――アンバンサー母艦が墜落した衝撃が過ぎた時、騎士たちは歓声をあげた。
正直、母艦とか空母と言われても『なんだそれは?』状態の彼らである。だが空を飛ぶ敵の『城』が落ちたくらいは理解はできた。生き残った兵たちも槍や剣を掲げ、喜びの声に加わった。
エマン王もまた、騎乗しながら、その様子を見守っていた。
近衛の上級騎士らも感嘆し、傍らにいたボルドウェル将軍が口を開く。
「やりましたな、陛下」
「うむ」
「さすがは賢者殿の操る古代文明の遺産。あれがなくば、あのような巨大なもの、対処のしようもありませんでしたぞ」
「その通りだ」
エマン王とて、実際に飛行し戦う航空巡洋艦の姿は初めてだ。しかし王は笑みが止まらなかった。
何より、今回のジン・トキトモ率いるウィリディス軍の活躍は見事といわざるを得ない。彼が大帝国の侵略に備えて準備していた軍備が、その力を
それなくば、おそらくこの戦いに勝利することなどできなかっただろう。
恐るべき力。
この世界の軍備など、軽く一蹴できる圧倒的な力。それをまざまざと見せつけられた。
やはり、彼を引き込んだのは正解だった。
エマン王は顎を撫でる。
彼とその軍勢の力があれば、大帝国とて我が王国を
むしろ、あの圧倒的な攻撃力の前に粉砕されるに違いない。
ジンを手放してはならない。エマン王は考える。アーリィーが彼を好き、また彼もまた娘を愛している。これは奇跡にも等しい。
絶対に放してはならない幸運だ。だが同時に、ベルさんの忠告も忘れてはいない。
過剰な手引き、利用は慎まなくてならない。つまらぬ甘言、目先の利益に捕らわれ、幸運を手放してはならない。
彼を英雄として祭り上げながら裏切った、連合国と同じ轍を踏んではならないのだ。
・ ・ ・
戦いは終わった。
のちにアンバンサー戦役と呼ばれることになる戦闘は、王国軍の勝利で幕を閉じた。
母艦を失い、アンバンサーと思われるドクロ頭は漏れなく戦死ないし自決した。一方、死体を改造したツギハギ兵は、命令を発する者を失ったあとも戦い続け、王国軍兵士に出血を強いた。
操り人形とはいえ、ここでの死傷などまったくの無駄だ。救いようがない。
王国軍の戦死者は152名。怪我人はその2.5倍ほど。その半分以上は、アンバンサー母艦を撃破後の掃討戦での犠牲と被害だった。
敵多脚戦車にまったく仕事をさせなかったこと、氷ゴーレムやウィリディス軍の装甲部隊の援護があって、この程度で済んだ。
ウィリディス軍の犠牲者は、シェイプシフター兵を除けば四名。その戦死者はすべて近衛兵だった。トロヴァオンに乗ったパイロットが二名、ヴィジランティ改に乗っていた二名である。……とくに母艦浮上後のアンバンサー拠点の掃討戦が凄惨だった。
人命ではわずか一桁だが、シェイプシフター兵は30体をロスト。機材ではトロヴァオン戦闘攻撃機3機、ファルケ戦闘機5機、ドラケン戦闘機1機、ワスプⅡ地上攻撃機2機、ヴィジランティ9機(バリエーション機含む)、シルフィード2機、ウンディーネ2機を喪失した。
ルプス主力戦車に損害は皆無だったが、エクウス歩兵戦闘車は被弾した車両もあり、無傷ではなかった。残存するパワードスーツも修理が必要な機体も少なくない。
王国軍は勝利に沸いた。
かつて存在した古代機械文明、その敵ともいえる化け物と戦い、生き残ったのだから。
多脚戦車や戦闘機はウィリディス軍が相手をしたとはいえ、この世界の人間が魔法の銃を持つ敵と剣を交えて、血を流し戦ったのだから喜ぶ資格は彼らにはあった。
俺たちウィリディス軍でも、戦死者が出たのは残念だったが、無事だった者たちは世界の危機かもしれなかった敵に打ち勝ち、勝利を噛みしめた。
リーレやベルさんが
若干悔いを残した顔をしていたのは、マルカスとオリビア近衛隊長だった。それぞれ部下を死なせてしまったことが気になっているのだろう。
戦争っていうのは、そういうものだよ。気持ちはわかる。連合国で大帝国で戦っていたこと、死は身近なところにあった。
でもまあ……。
「皆、よくやってくれた。ありがとう!」
俺は改めて仲間たちを見回した。皆、キョトンとして俺を見た。
「ジン?」
アーリィーが何事と言いたげな目を向けてきた。俺はそんな彼女を抱き寄せる。
「またこうして一緒にいられることに感謝だ! アーリィーも、皆も! 無事な姿を見られて俺はうれしい!」
「ジン……」
「ご主人様……」
アーリィーもサキリスも何故か顔を赤らめる。リーレがどこから手にいれたのか飲み物の入ったカップをもったまま、俺の肩を叩いた。
「なに、辛気臭ぇこと言ってんだよ、大将! あたしらが死ぬかよ、なあベルさんよ」
「そりゃオマエはな」
ベルさんが苦笑する。いつもの暗黒鎧はないが人型のベルさんは、マルカスの肩をつかんだ。
「つーわけで、マルカス坊や! 湿気たツラしてんじゃねえぞ。オマエはよくやった! 帰ったらクロハと寝ていいぞ」
「ぶっ、なんでそこでクロハが出てくるんですか、ベルさん!?」
がはは、と豪快にベルさんが笑い、橿原とエリサが顔を見合わせ、つられて笑った。ダスカ氏も、ユナとオリビア隊長と頷きあっている。ヴィスタだけは苦笑していた。
大切な人たち。今回はとくに、それぞれに何かの間違いでもなく、死が訪れる可能性はあった。
こうして仲間たちと肩を叩き合い、笑みを浮かべている片方、または両方がこの場にいなかったなんてことも考えられなくもないのだ。
だから、ありがとう。生き延びてくれて。
「
ディーシーが皮肉げに俺を見ていた。
「我のことを忘れておったのではないか? ヒドイ奴だ」
「忘れてないよ」
よくやってくれたよ。俺は、そんなダンジョンコア少女の髪を撫でた。
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