第637話、時を超えた戦い
アンバンサー母艦が、軽巡アンバルと対峙する。
戦闘機もかくやの速度で突進する軽快なライトクルーザー。一方のアンバンサー母艦はエンジンの半分をやられ、機動力が大幅に落ちている。
互いに砲門を開き、相手を沈めようとする中、ここにもう一隻、機械文明時代の生き残りが参戦しようとしていた。
シズネ艇である。
全長約40メートル。テラ・フィデリティア航空軍において、ミサイル艇として使われた小型攻撃艇だ。アウダークス級航宙揚陸母艦の大きさからすれば、十分の一程度の小兵である。
リーレはシズネ艇の操縦桿を操り、敵艦に急接近していた。
「射撃手、本当にこの『対艦みさいる』ってヤツは、あのデカブツのケツを吹っ飛ばせるんだな?」
『アンバルにも搭載されている対艦ミサイルです』
隣の火器管制席に座るシェイプシフター射撃手が照準器を調整しながら事務的に答えた。
『テラ・フィデリティアのミサイルをそのまま再生したものですので、威力は問題ありません』
その対艦ミサイルをシズネ艇は底面に三発。三連装の発射管に一本ずつ搭載している。
小兵でも、搭載している武器は主力艦艇のそれと変わらない。ただ三発しか持っていないのが小兵たる所以だが。
『ただ、敵艦はあの巨体ですから、当たり所によっては三発当てても仕留めきれないと思われます』
「そこで『えんじん』を狙って墜落させようって魂胆だな!」
『あわよくば、誘爆による撃沈が狙えます』
「おう! やってやらぁ!」
リーレは
だが接近するシズネ艇に敵艦も気づいた。カブトガニ型の艦側面に備えられた迎撃砲がオレンジの五連弾を吐き出す。
『……ただし、敵の攻撃が当たれば、こんな小型艇はあっという間にやられます』
「チッ!」
リーレは操縦桿を回し、回避機動をとらせる。シズネ艇を掠めるアンバンサーのエネルギー砲弾。
「くそが! こんな時まで冷静に解説しやがって! おまえは人間か!?」
『化け物ですが何か?』
SS射撃手は答えた。人型であるが人間ではない。フルフェイス型兜のせいで表情は見えないが、仮に顔があるならおそらく真顔だっただろう。リーレは口元を歪めた。
「けっ、面白ぇ冗談じゃねえか」
変身する怪物、それがシェイプシフターである。二重の意味で化け物だ。
「なあ、おい。あたしも不死身の化け物って言われてるクチなんだがよ。敵艦の光弾食らったら、あたしも死ぬんかね……?」
『試してみますか? 我々は吹き飛んでも代わりがいますが』
「フン、てめえらも相当な命知らずだな!」
敵艦の攻撃から逃げながら、リーレはシズネ艇を敵の後方へとぐるりと旋回させる。
「真っ直ぐ突っ込めばいいんだな?」
『いえ、発射管は一八〇度の旋回が可能なので、併走してもいけます。あと誘導弾なので、敵艦の正面でなければ、どこからでもエンジンは狙えます』
「……とりあえず突撃だ!」
シズネ艇の操縦桿を握るようになってまだ数時間のリーレである。最低限の操縦知識しかない現状、それ以外のことについてはまったくわかっていない。無事に終わったら、もう少し勉強しよう、と彼女は思った。
・ ・ ・
「右、砲・ミサイル戦、用意」
軽巡アンバルの艦橋。キャプテンシートにつくダスカは号令を発した。
シップコア『アンバル』が艦を戦闘モードにシフト。搭載されている6インチ連装プラズマカノンを右方向へ向ける。
最低限のシェイプシフター兵が乗り組んでいる以外は、シップコアが艦を制御している。砲塔の旋回、照準修正その他がスムーズに行われる。
「アーリィー様、シートにお座りください」
戦闘となれば、艦が揺れることもあるし、機動によっては立っていると危ないこともある。うん、とアーリィーが素直に着席するのを確かめ、ダスカは正面を向いた。
「すれ違いざまに一斉射!」
操艦にあたっての指示や号令は、リアナやジン、ディアマンテからきっちりと学んだダスカである。
そんなマスタークラスの魔術師が艦長をする高速軽クルーザーが風を切って、アンバンサー母艦に迫る。
といってもそこそこの距離を置いての砲撃、そしてミサイル戦を挑む。火器管制席のSS砲手が報告する。
『自動照準システム、目標をロック。射撃用意、よし!』
「撃ち方はじめッ!」
艦長であるダスカが砲撃開始を命ずれば、アンバルに搭載された合計8門のプラズマ主砲が青い閃光を発砲した。
光は束となり、アンバンサー母艦の右舷上面をえぐり、焼けただれた溝を形作った。さらに艦の後部に装備されている三連装ミサイルランチャーが右に旋回。対艦ミサイルを一斉に発射した。
上下計六発のミサイルが糸のような煙を引いて、プラズマカノンが作った溝あたりに着弾。真っ赤な爆炎の華を開いた。
『敵艦、発砲!』
アンバンサー母艦の側面から、連続して光弾が撃ち返される。うち数弾が、巡洋艦の防御スクリーンに命中、弾かれた。
「
ダスカ艦長は取り舵、つまり左への旋回を命じる。アンバルは一撃離脱でアンバンサー母艦とすれ違いながら転舵。しかし後部のプラズマ主砲は敵艦に射撃を繰り返している。
『スクリーン消耗、三〇パーセント』
たった一回反航しただけで、防御スクリーンの消耗が大きい。敵弾は無効化できたが、アンバンサーの攻撃力は侮れない。
これは下手な戦い方をすればアンバルとて危ない。この希少な艦を失うのももちろん、アーリィー殿下が乗っている艦を沈めるわけにはいかない――ダスカは気を引き締める。
『目標、速度低下。徐々に下降しつつあり』
こちらの攻撃は敵艦に被害を与えたようだ。しかし――ダスカは訝る。
アンバルに防御スクリーンがあるように、アンバンサー艦には防御装備がないのだろうか?
ダスカは、アンバンサー母艦443号のエネルギー残量のことを知るよしもない。展開したくてもできない事情があるが、それはダスカたちには関係ない話だった。
「反転。目標を追尾しつつ、砲撃を続行せよ」
軽巡アンバルは円を描くように旋回すると、黒煙を引きながら飛ぶアンバンサー母艦を追う。
・ ・ ・
「けっ、でけえな。ケツから煙引いてるぜ、こいつはよ……」
リーレは、正面の窓の大半を占める敵母艦を睨む。
シズネ艇は敵艦に肉薄、長い尻尾状の突起を避け、その下へと潜り込む。一発でも被弾すれば即バラバラにされてしまう。なんと言うスリリング過ぎる状況。血が
そんなリーレに、SS射撃手が淡々と注意した。
『接近し過ぎです。この角度からだと、底部のミサイルが当てられません』
「正面以外なら当てられるって言っただろ!?」
『だから接近し過ぎです!』
すでに敵艦後部のエンジンは目と鼻の先である。敵の砲撃をかわしていたら、こんなことになった。
「……だったら、これでどうよ!」
操縦桿をひねり、リーレはシズネ艇を右へロールさせ、上下をひっくり返した。天地が逆さまになり、リーレの頭から帽子が落ちる。シートベルト様様。
「おらぁ、撃てッ!」
その瞬間、SS射撃手は発射ボタンを押し込んだ。シズネ艇最大の武器である対艦ミサイル三発が、アンバンサー母艦のエンジン部へと吸い込まれた。
・ ・ ・
突然の閃光だった。
カブトガニのような敵母艦、その後部に爆発が起きた。思いがけないことに、ダスカは目を見開く。まだこちらは攻撃していないぞ……?
その間にも誘爆が起こっているらしく、さらに大きな爆発が続き、どっとアンバンサー母艦が力尽きたように地面へと艦首を向けた。
それを追い越すように、小さな物体が通過する。
「あれは、シズネ艇!?」
アーリィーが声をあげ、ダスカも目を細めた。SS兵がシップコアからの観測報告を読み上げる。
『シズネ艇が、対艦ミサイルを目標のエンジン付近に命中させた模様』
「リーレたちか!」
「やりましたな、アーリィー様」
相好を崩すダスカだが、安堵するのは早かった。SS兵が声を張り上げる。
『目標、艦体の一部を分離!』
艦上部、艦橋とおぼしき球形がはずれ、母艦から離脱した。
「まさか、あれで逃げる気か!?」
「艦長、追尾を……!」
勝利ムードから一転。逃げる脱出艇にアンバルが艦首を向けた時、一条の光が走り、アンバンサーの球体を貫いた。
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