第636話、逃走する母艦


 アンバンサー母艦が何かやったのは間違いない。ブンと大気が震動し、数秒後、上方の天井が吹き飛んだ。


 俺たちは空洞の底でアンバンサーと交戦していたが、突然のことに双方の攻撃の手が一時的にやんだ。

 揺れ自体は大したことはなかったが、落盤を警戒しなくてはならなかった。岩盤が直撃したら、それでおしまいなのだ。


 だが幸いなことに、多少の砂埃が散った程度で、落石などはなかった。おそらく内側から外へ打ち出されたので、天井の穴より外側に飛び散ったのだろう。


『隊長!』


 シェイプシフター兵の魔力通信に視線を天井から戻す。先ほどとは別の振動を感じれば、アンバンサー母艦がその巨体をゆっくりと浮かび上がらせ始めたのだ。


『飛ぶのか!?』


 クレーターのあった穴よりさらに大きく開かれた天井。四〇〇メートル級のカブトガニが通れるほどになっていた。


 奴らが何を考えているのか察した。そして思う。奴をここから逃がすわけにいかない、と。


 アンバンサーを逃せば、今回のような事件がまた起きる。対処を誤れば、世界が滅んでしまうかもしれない!


 ディーシーは……、と合流するあいだに逃げられるかもしれん。俺はパワードスーツシルフィードに乗っている。二〇ミリロングライフルじゃ、艦艇の装甲は抜けないだろうな。


『ウンディーネ2』


 俺は、そばにいる特殊部隊仕様のパワードスーツに呼びかける。


『はい、マスター』

『そのマギアカービンをよこせ』

『どうぞ』


 流れるようにカービンライフルが飛んでくる。それをキャッチし、俺はマギアカービンの構造を思い起こす。


『団長』


 俺のもとにリアナのウンディーネがやってきた。


『何をしているのですか?』

『あの空母の足を止める』


 マギアカービン内の魔力源である魔石に、俺は意識を繋ぐ。魔石の魔力を変換して魔法弾を撃ち出す魔法銃であるが、普通に使ったのでは、やはり空母の装甲に弾かれる。

 だがまともにやらなければ……つまり、無茶をやれば、やってやれなくはない。

 いっそルプトゥラの杖をストレージから出すかとも思ったが、パワードスーツを身につけたままでは取り出せない。


 だがまあ、考え方次第だ。その気になれば、パワードスーツ用のマギアカービンに使われている魔石でもルプトゥラの杖の材料になる。


 魔石内の魔力を一点凝縮ぎょうしゅく。ライフルのリミッター装置はカット。魔力暴走阻止装置が働くと使えなくなるからな……。


 俺はマギアカービンをゆっくりと、しかし上昇しつつアンバンサー母艦に向ける。搭載ゴーレムコアが、ご丁寧に照準を合わせてくれる。……悪いが真ん中を狙ってくれるな。エンジンのある中央より後ろを撃ちたい。


 照準補正をカットし、手動に切り替え。――シュートっ!!


 トリガーを引く……ではなく、発射イメージをカービンの魔石に飛ばす。次の瞬間、マギアカービンが撃つことができる魔法弾のどれも似ていない、青くまばゆい一条の光が放たれた。

 今まさに外に出るところだったアンバンサー母艦の後部、右エンジン部に光芒が突き刺さる。


 そのまま銃身を動かして、左エンジン部も狙う。しかしすでに限界以上の魔力にさらされた銃身が溶け、魔石も魔力を使い果たして光線は途絶えてしまう。


 頭上でアンバンサー母艦のエンジン部に爆発が起きる。どうやら装甲を貫通することができたようだ。よしよし……。


『悪いな、ウンディーネ2。返す』


 ルプトゥラの杖が使い捨て武器であるのと同様、おしゃかになったマギアカービンを投げ返す俺。リアナ機が頭上を見上げたまま言った。


『あれが落ちてきたら、わたしたちがまずいのでは……?』

『あれを逃がすよりマシだが……』


 だがリアナの疑問は杞憂きゆうだった。アンバンサー母艦は、左のエンジンでよたよたと動き、外へと移動する。

 その時、通信機から巡洋艦アンバルの、俺を呼び出す声が耳朶じだを打った。


『――応答願います、ソーサラー。こちら旗艦アンバル』

『ソーサラーだ。アンバル、俺からの最優先命令だ! アンバンサー母艦が浮上した! ただちにこれを撃沈せよ! 母艦を逃がしてはいけない!』

『了解、最優先命令、ただちに伝達します!』


 シェイプシフター通信士はテキパキと命令を実行した。


 さて、俺は視線を上から下へ。アンバンサー母艦はいなくなったが、残っていたツギハギ兵が戦意を露わに攻撃を再開した。母艦に見捨てられたのにまだ戦う。……所詮しょせんは操り人形か。

 SS兵と王国軍も戦闘に戻り、地下での激戦が展開される。


『リアナ、ここを任せていいか?』

『行ってください、団長』


 リアナ機ウンディーネが、持っていたマギアカービンを差し出す。


『これが必要でしょ?』

『どうも。じゃあ、行ってくる』


 マギアカービンを受け取るついでに予備弾倉ごとロングライフルを渡しておく。俺のシルフィードは、浮遊石とフレキシブルブレードを併せて飛び上がる。 


 やれやれ、ずいぶんと大きな穴を開けてくれちゃって。

 空がよく見える。空中対応型パワードスーツは、風の精霊の名のとおり、かろやかに数百メートルもの高さにもなる絶壁を超えた。

 その時、通信機が音を立てた。


『ソーサラー、こちらアーリィー。ジン、聞こえる?』

『聞こえてるよ、アーリィー』


 彼女の声に安堵がにじんだ。


『無事でよかった……』

『お互いにな』


 地表に出れば、アンバンサー母艦は片方のエンジンのみでヨタヨタと高度を上げつつあった。雲が覆っていた空は開け、太陽の光が差し込んでいる。


『まずは、敵の空母を仕留めるよう――』

『最優先攻撃目標だからね。いま「アンバル」は急行中だよ』


 敵母艦の向こう、かつての機械文明時代の航空巡洋艦が万の時を超え、かつての敵艦の前に姿を現した。



  ・  ・  ・



『フィデリティア!』


 アンバンサー軍航宙揚陸母艦443号――

 艦橋のスリット状の窓から見えたのは、見慣れたテラ・フィデリティアの航空巡洋艦。ラブラ・99はその黒い目を見開いた。


 文明は退化したかに見えたこの星。しかしフィデリティアは残っていたのだ。当然、目の前に現れたからには、こちらを見逃すわけがない!


『対艦戦闘!』


 ブリッジに響き渡る戦闘警報。エネルギーが不足し、その戦闘能力は半分もない443号だが、敵軽巡はこちらの半分の大きさもない小物である。使える砲は多くないが、軽巡程度ならばやり合える。


『フィデリティアに死を!』

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