第635話、浮上
クレーター付近の激闘は空でも続いていた。
マルカスのトロヴァオンは、アンバンサー戦闘機の後ろへと回り込む。照準器のリングと十字線に敵機を捉え、引き金を引けば、プラズマ砲が青い光を放つ。光弾は空飛ぶオタマジャクシをかすめる。
後ろについたマルカス機から逃れようと機体を振るアンバンサー戦闘機。だが矢継ぎ早に放たれた光弾は敵機に迫り、その一弾がついに翼をもぎとった。
スピンしながらコントロールを失い、オタマジャクシは墜落する。撃墜1。
『助かりました、隊長』
トロヴァオン8からの通信。アンバンサー戦闘機が狙っていた味方機の窮地を救ったマルカスだが、すぐに視線は次の敵を求めている。
搭載されたコアが後方警戒の警告音を発するのと、味方機の通信がほぼ同時に入る。
『トロヴァオン・リーダー、後ろに敵機!』
どこぞのシェイプシフターパイロットの声。……まったく声が同じだから誰が教えてくれたのかわかったものではない。
マルカスは内心の言葉を発する間もなく、操縦桿を捻っている。
右側をオレンジの光弾が飛び抜けた。案外近くに感じたが、そういう時はまだ距離がある。ウィリディスでリアナから受けた訓練は、着実にマルカスを熟練パイロットに鍛え上げていた。
とはいえ、敵もしつこい。アンバンサー戦闘機は、ミサイルウェポンよりビーム砲を多用する。搭載スペースの問題なのかもしれないが、ともかく、敵が近接戦を挑んでくる以上、ウィリディス戦闘機もドッグファイトにならざるを得ない。
「くそっ」
回避機動をとるが、オタマジャクシもこちらに食いついて離れない。ビーム弾を撃ち込みながら、マルカス機を撃墜しようと躍起になっているのだ。
防御シールドで一発や二発には耐えられるが、連続して被弾すれば危ない。
――こんなところで死ぬわけにはいかんぞ……!
一瞬、脳裏をよぎったのは故郷の家族、そしてウィリディスにいるメイドのクロハの顔――
『ようマルカス坊や。手伝ってやろうか?』
「ベルさん!」
その瞬間、マルカス機をしつこく追っていたアンバンサー戦闘機が爆散した。――速いよベルさん。
あっという間に飛び去る漆黒のドラケン。
もう何機撃墜してるんだ? マルカスは思ったが、やはり周囲への警戒と次の敵探しはやっている。
別のドラケンが機銃でオタマジャクシを蜂の巣にして叩き墜としているのが見え、さすが対戦闘機用の戦闘機だと思う。ドラケンはトロヴァオンよりも空中格闘能力が高いのだ。
航空戦は佳境を迎えつつあった。
・ ・ ・
ラブラ・99は決断を迫られていた。
アンバンサー軍航宙揚陸母艦『443』号のブリッジ。その外部モニターは、空洞内に突然湧いて出てきた人間が押し寄せてくる光景を映し出していた。
強襲機甲部隊は、もはや存在しないも同然だった。防衛戦力はほとんど残っていない。いかに優れた火器を有していても、数で押してくる人間を全て撃退できるのは不可能である。
この空洞内なら、敵が大挙してやってこれるはずなどない――そう思っていたのに、このザマである。
ジリ貧覚悟で死守か。燃料切れを承知で浮上し、宇宙空間へと退避するか。……宇宙に出れば燃料については、太陽光による充電も可能だ。ただしフィデリティアの艦が一隻でも現れたらアウトであるが。
『キャプラ!』
ボゥ・154副長が、ラブラ・99を見ていた。明らかに行動を促していた。ラブラ・99は決断した。
『キオルカル・ガナーを使う』
撃てるか、と確認をとれば、ボゥ・154はコンソールを叩いた。
『一発なら! それ以上はエネルギーが足りません!』
『よし。ここから脱出する。キオルカル・ガナーで上の地盤を吹き飛ばせ!』
『ラー・キャプラ!』
命令は下された。指揮官が行動を決定したことで、艦橋のクルーたちは機敏に対応した。
航宙揚陸母艦443号の上部、ブリッジを構成する半球体に沿って設置されたキオルカル・ガナー装置が作動の光を放射した。
テラ・フィデリティア軍からの名称は『衝撃砲』と呼ばれていた。一定範囲内に、艦から外側に強力なエネルギー衝撃波を放つ。
アウダークス級航宙揚陸母艦には、艦の上と下に対して撃てるようにキオルカル・ガナーが装備されている。エネルギーの消費こそ大きいものの範囲内なら街ひとつ粉砕もできるため、機甲部隊展開前の地上掃討でよく用いられた。
そのためキオルカル・ガナーは上方へ使われることは滅多になかったのだが、テラ・フィデリティアはその使用を警戒してアウダークス級の上面から集団攻撃を仕掛けるのは控えていたりする。
『
キオルカル・ガナーが放たれる。目に見えない衝撃波は空洞の天井、クレーターとなっている開口部とその周辺を吹き飛ばした。
・ ・ ・
何だ?
その光景を目にしたした者たちは、絶句した。
クレーターだった地面が突然下から突き上げられ、火山の噴火の如く吹き飛ぶ。土砂が吹き上げられ、大小さまざまな岩が四方に散った。
当然ながら、クレーターの近くで戦っていた王国軍、アンバンサー部隊双方にも、これらが雨のように襲いかかった。
ゴーレムが、騎士が銃弾よろしく突っ込んできた石のつぶてを食らい倒れる。ツギハギ兵もろとも兵士が飛んできた岩の下敷きになり圧死。
敵味方問わず混乱する地上。また空にいた者たちも――
シズネ艇の操縦桿を握っていたリーレは声を荒げた。
「何なんだよあれは!?」
『わかりません』
隣にいたSS砲手は当然ながら、その答えを持ち合わせていない。
「おい、通信士! 旗艦でも、ジンでもいいから呼び出して状況を確認させろ!」
『了解』
SS通信士が呼びかけるウィリディス艦隊旗艦のアンバル。しかし、その艦橋もまた慌ただしかった。
「クレーターの中で何か起きた!」
アーリィーは艦橋後部の作戦ボードに駆け寄る。
「ジンや突入部隊は無事なの!? 通信士、ジンから応答は?」
『ありません!』
「出るまで繰り返して!」
何故だかわからないが空洞が吹き飛んだ。アーリィーは胸が押し潰されそうな気持ちになる。絶対何かあった。彼は無事なのか? お願い、無事でいて――
「アーリィー様」
艦長席に座るマスター・ダスカはシートを回して振り返った。
「前線の各部隊が動揺しています。まずは各部隊を落ち着かせませんと……」
「そうだね。……ジンの指示がない今は――」
「あなたが指揮官です、殿下」
「各隊に、部隊の掌握と、ジンの指示があるまで現状維持を指令!」
アーリィーは矢継ぎ早に言った。
「ジンと突入部隊に急いで連絡を取って。まだ戦いは終わってない!」
「はい、殿下。通信士――」
ダスカがアーリィーからの命令を飛ばし、通信士たちが各部隊に伝える。
その直後、収まりかけた砂煙の中から真っ白い艦体が浮かび上がってきた。
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