第628話、不機嫌な夜
俺たち潜入部隊がポータルを経由して戻った頃、周辺はヴェリラルド王国軍の野戦陣地ができあがっていた。
ウィリディス、ケーニゲン、クレニエール、そして王都の兵たちが、寒空の下、火を起こし暖を取ったり、食事の準備をしていた。
すでにポータルを通って逃げていた民間人たちは、ウィリディス軍の用意した毛布にくるまり、シェイプシフターメイドの用意したスープとパンを受け取っていた。
敵が通ってこないように、敵施設内のポータルを解除した俺のもとに、ジャルジーとエクリーンさんがやってきた。
「兄貴! 無事でよかった!」
さすがだな、と労いの言葉をくれるジャルジーに、俺はアンバンサー拠点のことを簡潔に教えた。
人間の生命力と魔力を吸収すると思われる装置、死体処理場……。人間を改造する施設については未確認。だがジャルジーもエクリーンさんも、アンバンサーに対して不快さを露わにした。
「人間を家畜同然に扱うなど!」
「まさか、彼らは人を食べているのかしら……?」
考えたくはないね。ただ肉食の魔獣だって、人だろうと肉であるなら襲うわけだから、可能性はなくはないが……。いや、本当、考えたくない。
「そういえば、フレッサー家の娘さんは?」
「お父様が天幕に連れて行ったわ」
エクリーンさんが、どこか気に入らないと言いたげな顔になる。
「状況の確認と、これからのことを話し合うつもりでしょうけれど」
「俺は、その娘さんを見ていないんだが――」
そんなお話に耐えられる状態だったのだろうか? 敵に囚われたというだけでもかなり精神的に参っていると思うのだが。
「ええ、本当なら少し休ませて、気持ちを整理させる時間が必要なのでしょうけど……。もうじき戦いが始まるのでしょう?」
俺をじっと見据えるエクリーンさん。
「そうなる前に、フレッサー領の扱いを含めて、お父様にとって都合のいい方向へ話を持っていこうとしているのでしょうね。フレッサー領を取り戻した暁に発生する利権などの品定めをしているのよ」
「こういう状況だから、か?」
「こういう状況だから、ね」
エクリーンさんは自嘲する。
「お父様はそういうところで抜け目がないもの」
「割と、はっきりと物を申すのだな、エクリーン嬢は」
ジャルジーが言えば、金髪碧眼の貴族令嬢は、挑むように公爵を見た。
「お気に召しませんか? 公爵閣下。ズケズケと物を言う
「いや、気の強い娘は好ましく思う」
なに、このよくわからん火花が散ってそうな空気。俺は、留守のあいだの経過報告を受けるために、ウィリディス軍の天幕へと向かおうとする。
「あぁ、そうだ。もうひとつ報告がある。トレーム伯爵家の長男な……彼は死んでいたよ。サキリスが確認した」
「そう……」
エクリーンさんは、それ以上何も言わなかった。
・ ・ ・
ウィリディス軍陣地。俺用の天幕に着くと、アーリィーが待っていた。無事を確かめハグを交わした後、俺は状況を説明し、精神的に動揺しているだろうサキリスについていてくれないか、とお願いした。
天幕には、代わる代わる仲間たちがきて、それぞれ指示や打ち合わせを行う。
リアナには、リーパー中隊の一個小隊を、再びアンバンサー拠点に派遣するように命じた。ディーシーが開けた地下道を一個分隊が守っているが、そのルートをたどって再侵入。偵察と、拠点攻撃時に邪魔になるだろう砲関係の破壊工作を命じた。
マルカスは、明日以降に生起するだろう決戦で、トロヴァオン中隊を指揮して航空作戦に従事するように伝えた。敵多脚兵器狩りに働いてもらうからな。
あと、敵拠点が空母であることを知らせ、空中戦の可能性を視野にいれておくようにと念を押した。
俺はベルさんとダスカ氏と、決戦の段取りを話し合う。
ポイニクスら偵察隊によれば、クレーターを取り囲むように、アンバンサーの地上部隊が八つ展開している。歩兵は3000、多脚型はすべて合わせて一二〇輛が観測されている。戦闘員の数も兵器の数も向こうが上だ。
多脚型を始末しなくては、王国軍の歩兵は一方的に
「光の掃射魔法で一掃できれば楽なのですが……」
ダスカ氏が意見を出した。
ただ残念ながらクレーターとその周辺地形の高低差から、一撃で全滅させることは不可能だった。一番効果がある位置取りなら、半分は吹き飛ばせるのだが。
「仮にできたとしても、これだけ人が多く見ている場所では使わないぞ」
連合国の英雄魔術師時代にやり過ぎて、味方から殺されかけた俺である。エマン王やジャルジーだけでなく、今回はクレニエール侯爵や多くの騎士、魔術師、兵たちが見ている場面だ。大魔法を使うにしろ、地味めなものにしたい。
クラッグプレスでも相当だけど、光の掃射魔法のインパクトはそれ以上だからな。
「そういえばジン君。最近ルプトゥラの杖を見ていませんが、用意はしていないんですか?」
「……あれな」
俺は表情が強張るのを感じた。
ルプトゥラの杖。大帝国との戦争で活躍した頃、敵が使う魔器に対抗するために作った、使い捨ての魔法の杖である。
魔石内の魔力を一度にすべてを放射し、光の掃射魔法の大威力の一撃を放つ殲滅武器。俺が光の掃射魔法を使うたびに魔力を消耗して、以後の戦闘でお休みしていたから、その穴を埋める代理武器だったのだが……。
「あれこそ、気軽に見せられないよ」
お手軽過ぎて、乱発した結果、俺の英雄度を上げ、その結果――お察しください。あの杖を一〇本用意して、一般兵士にもたせて使わせたら、敵軍が塵も残らなかった。
「そうですか。こういう敵にこそ、アレが必要だと思いましたが」
「……」
使い捨てとはいえ、強力な威力を持つ武器だ。権力者たちからみれば手軽な分、誰だって欲しがるさ。そしてその力に溺れ、乱発し滅ぼしあう未来が見える。
「ただ、そうだな。覚悟しておいたほうがいいかもしれないな」
暗にあっても使う気がないのをにじませる。ベルさんがポツリと言った。
「次回があるといいな」
今回の決戦で負けたら、次はない、と。……ディアマンテを呼んでおくか。
重々しい空気が天幕を満たす中、ウィリディスから傭兵のマッドがやってきた。
今回の敵がアンバンサーという古代文明時代の敵だと伝えたら、彼も決戦に参加を申し出てくれた。ありがたい。こちらはパワードスーツ隊が定数を割っているからね。
「リーレがやたら不機嫌だったが、何かあったのか?」
彼女が荒れていたと言う。はて、心当たりがあるとすれば、例のアンバンサー拠点での不愉快な施設など、だろうか。思い出せば俺もムカムカしてくるわけだが、リーレはそういう感情を引っ込めておくタイプではないからな……。
「そっとしておいてやれ」
今はそう言うしかなかった。彼女と仲のよいエリサに面倒をみてもらおう。
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