第627話、避難誘導
リアナやSS兵が、ほんの一、二メートルの超至近距離でサプレッサー付きのカービンライフルをアンバンサー兵に撃ち込んだ。
そこまで迫ったのは、人間を閉じ込めたカプセルへの流れ弾を防ぐため、必中の距離で確実に殺すためだ。
リーパー・スコードロンの兵たちは、足を止めず、流れるように進みながら敵兵を抹殺していく。
また、リーレやベルさんが手にした剣でフロア中央の装置にかかっていた敵兵を背後から一撃で仕留めていった。不意をつかれたアンバンサー兵は、くぐもった悲鳴をあげながら倒れ伏していく。
逃げようとした敵兵を、俺は魔力の手を伸ばして捕まえると、そのまま首をひねってやった。
警報装置があったとしても、押させないほどの素早い制圧行動だった。死体を乗せた浮遊貨車の操縦士も脳天を狙撃され、倒れたのが最後だった。
カプセル内に閉じ込められていた人々が、俺たちの乱入に驚き、悲鳴や動揺の声をあげた。だが、敵兵が倒されていくのを見て、次第に助けをを求める声とガラスを叩く音が大きくなっていく。
俺は、とっさに静かにするよう、口もとで指をあてるジェスチャーを見せたが、動転した者たちがそれで収まらなかった。
「くそ。……ベルさん、遮断結界!」
騒ぎになって、近くにいた敵兵が通報したら面倒だ。ベルさんが別名ボス・フィールドを張ることで、ひとまず結界の外に音が漏れるのを防ぐ。
「出入り口を見張れ。他の者は、カプセルから捕虜を救出しろ」
手近なところから、救助作業を開始。ただし開ける前に、中の人たちに黙るように、とジェスチャーも忘れない。
俺は部屋の中央にポータルを設置。カプセルから出てきた人々に声をかける。
「そこの青いリングが転送魔法陣だ。くぐれば王国軍が待っている。慌てず、急いで通ってくれ」
「転送魔法?」とキョトンとする男性。気味悪がって立ちすくむ女性。助け出されたことで泣き出す少年や、自身の子供を抱きしめ号泣する親もいて、場は混沌としている。
正直、気持ちはわかるが、こちらとしては急いで避難してほしい。
「ほら、さっさとアレをくぐって逃げるんだよ!」
リーレが強い口調で、もたもたしている人々を急かす。
「また敵がきて、ここに閉じ込められたいのか?」
敵と聞いて、震えだす者。しきりに周りを気にしながらポータルへと走る者など、本当にまとまりがない。だが少しずつポータルへと入っていく人が増え、全体の流れができていく。
「ほら、走るな。全員がくぐるまで、ポータルは消えないから」
避難誘導って大変だな。ふと、日本人は震災でも行儀がいい、というニュースを思い出し、こういう時はどうなのだろうか、と思う。
SS兵の半分が、部屋の出入り口を警戒し、残りの半分が依然としてカプセルからの救助作業を続行中。ポータルへ退避する人々の姿を見ていただけあって、後から解放される人々は比較的静かで自然と誘導に従っていた。
「団長」
リアナがやってきた。
「サキリスの様子が……」
何だって? 俺は、リアナが向けた視線の先を追って、そちらを向く。
とあるカプセルの前に、シェイプシフター装備の格好をした金髪少女がうずくまっている。もしかして、敵の反撃を食らったとか――?
俺は足早に、彼女のもとへと向かった。避難する人々の波を避け、階段をかけ狭い通路をいく。
「サキリス? 大丈夫か?」
声をかける。だが返事がない。しかし背中ごしでも彼女が震えているのがわかった。
「どうした?」
そばまで近づくと、サキリスの前にツギハギ兵が倒れていた。顔は見えないが、どうやら死んでいるようだ。……いや、もともと死体ではあるのだが。
ひょっとしたら、サキリスの知り合いか?
ツギハギ兵は、人間を改造したもの。その素材となった人間は、地元の人間なら知り合いだったりする可能性もゼロではない。
一瞬、クラスメイトのテディオではないか、という考えが浮かんだ。エクリーンさんが彼がアンバンサー兵に回収される光景を見たと言っていたから……。
恐る恐るツギハギ兵の顔を覗き込んだ。だが、その顔に、俺は見覚えがまったくなかった。……誰なんだ?
サキリスは、ゆっくりと振り返った。何とも形容しようがない表情で、彼女は言った。
「ご主人様……。こちら、トレーム伯爵家の次期当主です……」
「トレーム伯爵の――」
それ、お前の元婚約者か!? ……なんてこった。
サキリスを飾りとしか見ず、価値がなくなれば、早々に見捨てた男。
改造の跡の色濃く残る顔立ち。金属と生身がツギハギされたようなそれから、会ったことない俺はもとの顔を想像することができない。はたして美形だったのか、それとも……。
正直、俺は彼にいい感情は抱いていない。だがアンバンサーによって殺された後、改造されて脳に機械を埋め込まれた末路は少なからず同情した。生前の行い、とか、ざまあみろ、とは、さすがに言えん。
「わたくし、どういう反応したらいいのか、わかりません……」
泣きそうな顔のサキリスに手を差しのべ、優しく抱きしめてやる。複雑な感情を抱いているのは彼女も同じ。いや、俺以上に困惑しているのだろう。
囚われていた人々の避難には、まだ少しかかる。それまで、彼女を落ち着かせる時間はあるだろう。
と思っていたら、角付きSS兵、もといベルさんがやってきた。
『お取り込み中、悪いがな。いい話とも悪い話ともとれる話がある』
俺が頷くと、ベルさんは言った。
『まず、目的のフレッサーのお嬢さんが見つかった。保護して、いまポータルを通った。で、どっちかわからない話だが、ここにいる連中で生存者はすべてだそうだ』
「つまり、今助けた者たちが、最後の捕虜だった、ということか」
それより前に捕まった人たちは、魔力と生命力を吸い取られ死んだ。これ以上、捜索しなくていいというのはいい話。間に合わなかった点では悪い話と言える。
「全員を助けられるとは思ってはいなかったが……」
やりきれないな。俺は続く言葉を濁す。
その時、『敵だ!』とシェイプシフター兵の警告が響いた。
続いて、アンバンサーの光線銃の発射音が出入り口の方向からした。すでに見張りに立っていたSS兵がサイレント・カービンライフルで反撃に出ていた。
民間人は、まだ十数人が残っている!
「迎撃だ! 時間を稼げ。サキリス、生存者の誘導、急がせろ!」
「はい!」
サキリスはポータルへ走る。そこでは敵の到着に慌てる生存者たちがいた。
狭い通路で盾を展開しながらSS兵は、迫り来るツギハギ兵の胴や頭を撃ち抜き、屍を量産していく。撃ちきった弾倉が抜け、再装填。ドサリと倒れる敵兵には目もくれず、近づいてくる者を優先的に倒していく。
『敵は分隊以上、おそらく小隊規模!』
交戦するSS兵が報告する。二つある出入り口、その両方で戦端が開いている。
俺はわざと目を回してみせる。
「警報はならなかった。なんでバレた?」
明らかに、この部屋を包囲する配置だ。ベルさんは首を捻った。
『遮断結界のせいじゃね? それはそれとして、今頃敵がわんさか押し寄せてきているはずだ。……普通なら袋の鼠、なんだがな』
「ああ、普通ならな」
「ご主人様! 生存者、全員退避しましたわ!」
サキリスが声を張り上げた。そうそう、敵さんはこっちの退路を絶ったつもりだろうが、ポータルがあるんだよね……。あ、ひょっとしてポータルが感知されたか?
ベルさんの遮断結界の魔力かもしれないが、まあ、どっちでもいい。
「全員、退却!」
退却ー! ――俺の命令が唱和され、SS兵らは敵集団に手榴弾を放り、続いて煙幕手榴弾を投げた。
爆発。敵兵を吹き飛ばし、怯ませたところに煙幕が通路に広がり、視界を覆う。
その隙に俺たち潜入部隊はポータルを通過、アンバンサー拠点から離脱した。
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