第626話、人間を何だと思っているんだ?


 アンバンサー大空洞内を進む俺たち潜入部隊。


 敵施設や空母まわりには、歩哨ほしょうが警戒していて、時々見回りがいた。しかし全体的に緩い警備だった。


 先導するリアナの分隊が歩哨たちの監視をかいくぐり、岩陰を利用して消音器付きTM-1C2カスタムカービンや、忍び寄っての近接格闘CQCで手早く沈黙させていった。


 俺たちは、その様子を後ろから見守る。リーレが渋い顔をした。


「敵の本拠地って割には、警備がザルなんじゃねえか?」

「こんな洞窟の中に敵が侵入するとは思っていないんだろうな」


 俺は天井を見上げ、遥か彼方に見える開口部の光を睨む。


「地上には敵さんの大部隊が展開している。そこを見張っていれば大丈夫ってことだろう」

「穴掘って侵入してくるとは、連中も想定してないんだろうよ」


 角付き兜のSS兵姿のベルさんが付け加えた。


「ディーシーがいなけりゃ、オレ様たちも穴掘って入ろうなんて思わなかっただろうしな」


 八角形の建物に近づく。淡い緑光に浮かび上がるそれは、どこか生物的で気味が悪かった。見張りや監視装置に気をつけて、遮蔽物しゃへいぶつを利用する。とはいえ、そろそろそれも限界だ。


 さて、いよいよシェイプシフター装備の出番である。伊達に姿を変える怪物の装備ではないぞ。

 シェイプチェンジ。SS兵はもちろん、シェイプシフター装備をまとっていた俺たちは、アンバンサー兵やツギハギ兵士の姿に化ける。


 少人数のグループに別れ、八角形の建物、その開かれた正面ゲートを堂々と中へ。擬装ぎそう魔法という手もあったが、魔力感知されても面白くないからな。


 中は、がらんとしていた。人員が地表に借り出されているのかもしれない。緑色の壁に斑点模様。どこか通路が曲がっているように見えるのは、まっすぐな建築になれている人の目からすると歪だ。……慣れないと視覚的に気持ち悪くなるやつかもしれない。


 規則的に光源はあるが室内は暗め。それが余計に不気味さをかもしだす。吸血鬼とかホラーな敵がいても驚かないね。……いや、違う意味で驚くか。


 捕虜がどこにいるかわからないが、先導するリアナの分隊は奥へと進む。分かれ道などでは、リアナがシェイプシフター兵と何事か相談しながら進路を決めていく。

 俺が首を捻ると、リーレが囁いた。


「あいつら、人間のニオイを辿ってるんだよ」


 ニオイ……なるほど。捕虜たちのニオイを探せば、どこに連れ込まれたかわかるということか。

 しかし俺には、この施設特有の異様な臭気しか感じられない。やや生臭くはあるが、ここから人間のニオイを見つけるって、嗅覚の優れた生き物にも変身できるシェイプシフター様々である。


 たまにすれ違うツギハギ顔の兵士は、とくにこちらに反応しなかった。元人間である改造兵士は、すでに人形も同然で、こちらが何もしなければリアクションをしなかった。


 途中、リアナが先導の分隊から二名を別方向へと向かわせた。何だろう、と思っていたら、俺たちに同行するシェイプシフター兵が『強い死肉臭がしたので、その確認では?』と教えてくれた。


『確かに』とベルさんとリーレは同意したが、俺やサキリスは、それを感じられなかった。アンバンサー拠点の生臭さが強くてね……。


 その時だった。


 基地内に、幾重にも重なった悲鳴のようなものが響き渡った。耳障りで、心臓を掻き毟るような、不快な絶叫。人の悲鳴であるなら、いったい何十人の声を重ねたのかわからないほどの音量だった。


「何ですの、いまのは……?」


 サキリスが不安げな声を出した。俺も、身体中の毛穴が開くような、ぞわぞわした不快感に思わず唾を飲み込んだ。

 ベルさんが俺を見ていた。


『なあ、ジン。あの声、聞き覚えがないか?』

「もし『それ』なら二度と聞きたくなかったし、思いだしたくもなかった」


 人間が生きたまま、魔器に吸い込まれ、武器にされてしまった苦痛の絶叫。大帝国の魔術師によって行われた悪夢の光景が脳裏をよぎった。


 もし、それと同じことが行われたのなら、ここに連れ込まれた捕虜たちが、生きたまま生命力と魔力を吸い取られた断末魔の声か。


『手遅れだったか?』

「もし魔器であるなら、少なくとも二桁の人命が失われただろうな」


 だが、囚われている人間が全て犠牲になったとも限らない。まだ生存している者がいるなら、助け出さなくていけない。


 進む俺たちは、やがて広々としたフロアに出た。目の前を、浮遊する貨車のようなものが通過していく。人のざわめきが聞こえた気がして、視線が去っていく浮遊貨車に向く。

 ディーシーが口を開いた。


「いるな。あれに人間が大勢乗っている」

「次の生け贄ってことか」


 俺たちは、貨車の後を追う。そのあいだに先導の分隊から、ひとりのSS兵が俺の隣にきた。


『リアナ隊長から団長に報告です』


 そのSS兵は、先に分隊より分かれた偵察員の報告をもってきた。

 例の死臭云々というやつだ。


 二名のSS兵は、そこで死体処理場を発見したと言う。人間の死体を機械にかけてミンチにしていた――その話に、さすがに吐き気がこみ上げた。


 クソっ、まったくクソどもだ!


 元から異質な敵という存在だったアンバンサーだが、ここまでくると、もはや殲滅せんめつさせる以外にないというのを改めて実感した。そりゃ古代文明時代の人間も戦うというものだ。


『しかし、妙だな』


 ベルさんが首を捻る。何が、と問う俺だが苛立ちを隠せなかった。


『あいつら、人間の死体をツギハギ兵に改造するだろ? なんで処分してるんだ?』

「兵士に改造する基準を満たしていないからじゃないか?」

『なるほど、もっともだ』


 まったくの想像で、当たっているかはわからない。だがそうだとしたら、それはそれで嫌な話だ。基準を満たしたら死体兵士、満たさなかったら挽肉とか洒落にならん。


 浮遊貨車を追った先は、ドーム状の部屋だった。壁にはびっしりと透明なガラスの筒と装置があって、アンバンサー兵たちが、その筒の中に人間をひとりずつ押し込めていた。


 泣き声や悲鳴が、いたるところで上がる。ここにいる人間たちはまだ生きていた。だが武器を持つ屈強なアンバンサー兵やツギハギ兵に逆らうことができなかった。


『……ここが、例の人間の魔力を吸い取る装置か?』


 ベルさんが視線を動かす。人間が閉じ込められているカプセルには管がついていて、それが天井へと伸び、そこから下がっている装置に繋がっている。


 部屋の様子を後ろで観察する俺たちは、先導の分隊と合流する。リアナが『団長』と俺の肩を叩いて、視線を誘導した。


 別の浮遊貨車に、ミイラのようになった人間のようなモノが無造作に積み上げられていた。それで察した。

 先ほど聞こえた重厚な悲鳴の正体。つまり、先にこの機械にかけられ魔力と生命力を根こそぎ搾り取られた者たちの末路だと。あれの行き先は、たぶん死体処理場だろう。


 これ以上の蛮行を見過ごすわけにはいかない。


「この部屋を制圧する。敵を殲滅しろ。散開」


 見張りに二名を残し、俺や仲間たちは室内を散る。部屋の中央へ向かう者、階段を静かに駆け上がっていく者――それぞれ敵兵に接近。

 そして変装解除。


『やれ』


 ほんの一瞬だけの魔力通信。一秒にも満たない命令が合図となった。

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