第625話、アンバンサー大空洞


 ポータルによる移動には、まず転移先に直接赴く必要がある。行ったことのない場所にポータルを置くことはできない。

 ヴェリラルド王国軍の大移動は、まず俺が先行しないことには始まらないのだ。


 空母『アウローラ』を発艦したTF-1ファルケ戦闘機隊の護衛のもと、俺たち潜入部隊を乗せたシズネ艇がクレニエール領から旧キャスリング領に侵入した。


 アンバンサー軍は本拠地に戦力を集結させているという偵察情報を受けていたが、実際妨害もなく、俺たちは目標クレーターから一〇キロ地点に到着した。

 シズネ艇を降りた俺は、すぐ近くに複数のポータルを形成。王国軍がこちらへ来られるように手配する。


 その間に、潜入部隊は準備を終え、俺を待っていた。


 リーレ、リアナ、サキリスは、それぞれ黒の戦闘服姿。シェイプシフター装備なので状況に応じて分離したり変形したりする。


 リーパー中隊のシェイプシフター特殊兵も一個小隊が揃い、メイン武器であるTM-1C2――取り回ししやすいように銃身を短くしたカービンライフル、その特殊部隊カスタムや、その他コンバットナイフ、携帯装備を点検している。

 なお、これらの装備の監修は特殊部隊出身のリアナさんである。


 ディーシーと姿形の杖ことスフェラもいたが、はて、ベルさんは――


『おう、ここだここだ』


 シェイプシフター兵だと思ったら、ベルさんの声がした。よく見ると兜の形が微妙に違う。


『どうしたんだ、その格好?』

「潜入作戦だからな。音が鳴らないようにな」


 いつもの暗黒騎士の鎧は動くと音がするもんな。音を遮断する魔法などはあるにはあるが、毎回それを使うのは魔力の無駄だ。

 リーレが口元を緩めた。


「パッと見、兵隊と区別つかねぇな。ベルさん、ツノでもつけたらどうだい?」


 おう、と答えたベルさん。兜ににょきにょきと一本が伸びる。便利だな。まるで某機動戦士なメカの指揮官機みたいなブレードアンテナだけど。


 一通りの確認作業ののち、俺たち潜入部隊は行動を開始した。ディーシーが、ダンジョンコアの備える能力『テリトリー化』を行い、地形を改造。地下道を開拓する。


 なお、ダンジョンコア『アグアマリナ』が、アンバンサーはこちらの使用する魔力の波動の中でも大きめのものは感知できると教えてくれた。

 そのため、ディーシーのテリトリー化も最小限の範囲にとどめて、敵の探知を防ぐ。


 同様の理由で、威力や範囲が強い上位魔法などを使うとアンバンサーの索敵装置に引っかかる可能性があるので、注意が必要だ。これは俺、ベルさん、リーレ、サキリスが該当する。魔力念話系も、念のため控えたほうがいいだろうな。


 かくて、慎重にトンネル開拓をしつつ、下へ下へと向かう。やがて、潜入部隊は隕石落下でできたクレーターのさらに真下にある空洞に出る。

 すなわち、アンバンサーの本拠地である。



  ・  ・  ・



 リーパー中隊のシェイプシフター兵はトンネルから素早く出ると、TM-1C2カスタムカービンを構えながら、音もなく周囲の安全確保を行った。


 リアナに鍛えられた連中だけあって、その動きは迅速かつ的確だ。もとの世界の特殊部隊の訓練映像顔負けで、もうこいつらに任せておけば大丈夫な気がしてきた。


 大空洞の中、周りの壁はいたって普通の洞窟の岩肌。だがアンバンサー拠点から淡い緑色の光が出ているせいで、ほどほどの明るさがあった。陰ともなると薄暗くはあるが、新たな光源はなくてもいけそうだ。


 岩陰となっている裏まで進んで伏せる。そこから敵本拠地の全容が見渡せた。薄い緑の光に照らされたのは、ちょっとしたSFチックな秘密基地。


「……でかいな」

「空洞自体、五百メートルはあります」


 俺の隣で同じように匍匐ほふく姿勢のリアナが双眼鏡を覗き込む。


「ディアマンテのデータ照合。一番大きいのが、アンバンサーの円盤型空母――」

「……空母か」


 俺は自然と顔をしかめる。データによると全長400メートル級。円盤型とされているが、カブトガニの親戚みたいな形をしている。


「これまで戦闘機は出てこなかったが……いると思うか?」

「空母ですから、普通は搭載していると思います」


 リアナは双眼鏡を天井へと向ける。


「上はかなり高い。……機動は制限されますがヘリなどの飛行も可能です。地上と繋がっていますね。光が見えます」

「……ああ。だがあの大きさだと、空母の図体では出られないな」


 だがアンバンサーの戦闘機なら通れる。

 それにしても、どうやって巨大な空母がこんな地下深くに入ったというのか。それとも機械文明時代は、また地形が違っていたのか。


「隕石が落ちるまでは、あそこに町があった」


 サキリスの生まれ故郷。彼女の家があり、たくさんの人々が住んでいた。


「つまり天井は今と違って塞がっていた」

「そしておそらく」


 ベルさんが、俺の隣にやってきた。


「その隕石がきっかけで、連中は目覚めたんだろうな」


 俺はちら、と振り返る。話が聞こえていただろうサキリスが、暗い表情で待機している。そばにいたリーレが、そんな彼女の肩を優しく叩いた。

 ……今は仕事に集中しよう。俺は正面に向き直る。双眼鏡を覗き続けていたリアナが口を開いた。


「空母の他に建物が三つ」


 ドーム型の建物が二つ。アンテナじみたタワーが複数突き出た八角形の建物が一つ。


「……あの八角形の建物は兵器工場かもしれません。四脚型兵器が出てきました」


 リアナが報告した。兵器工場が稼働している、とすると厄介だ。機械文明時代の生き残り組は、失った多脚兵器を自前で作れるということになる。時間を置くと、ますます面倒なことになる。

 工場、か……。


「捕虜を探すなら、あそこだな」


 アンバンサーは人間を改造して兵器に利用している。そうであるなら、連れ去られた人々もそちらへ移送されるはずだ。


「工場の中をスキャンできればいいんだが……」


 魔力を使った探知は、敵に気づかれる可能性が高い。ディーシーのテリトリー化も、空洞まではともかく、敵施設で使えばこちらも察知される恐れがあった。捕虜の居場所や敵の人員配置など、手探りで調べなければならない。


「頼りにしているぞ、リアナ」


 彼女の肩を軽く叩く。こういう時、百戦錬磨の特殊部隊員であるリアナの存在は大きい。経験者であることもそうだが、魔法なしでも十二分に任務をこなせるのは頼もしい。


「退路確保のために一個分隊を残す。リアナ、分隊を率いて先導しろ。俺たちはそのあとに続く」

「了解」


 さっそくリアナは、連れてきた三個分隊のうち、一つを残し、一つの分隊を率いて、岩などの遮蔽しゃへいを利用して目標への接近を開始した。

 俺やベルさんは残る一分隊と共に後続した。敵の警戒の目を逃れ、密かに、そして素早く、である。

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