第624話、偉い人たちの本音


 エマン王率いる王都軍が合流する算段となり、ウィリディス、ケーニゲン、クレニエールの軍は合同し、王国軍となった。


 近隣の諸侯の軍勢は、まだ到着していない。いや、場合によって、まだ出陣さえしていないありさまかもしれない。それだけポータルを経由した軍の到着が、この世界の常識をはるかに凌駕しているのだ。


 正直に言って、王国軍の戦力は、アンバンサーの超兵器の前ではあってないようなものである。


 が、戦いは数である。敵の多脚兵器さえ叩けば、敵兵との殴り合いで騎士や兵たちも役に立つだろう。

 犠牲も少なくないだろうが、致し方ない。ウィリディス軍の主力はシェイプシフターとゴーレムだが、数では圧倒的に少ない。


 旧キャスリング領にあるアンバンサーの本拠地の攻略作戦が計画されたが、行動は迅速でなければならない。

 時を置けば、捕らえた人間を改造してその兵力に組み込むのがわかっているからだ。


 クレニエール侯爵は、充分な数を揃える時間がないことを悔いていた。

 すでに領内の主力戦力の損害は大きく、立て直しの必要があった。一応、城とそのまわりの所領から兵を集めてはいたが、先の氷のゴーレム騒動で領西部の戦力の集結が間に合わない。


 ……まあ、いいんだけどね。目的地の近くまで、俺のポータルで軍を移動させるつもりだから、それに直接触れる人間はできれば減らしたいから。


 それでなくても、二千人以上を移動させる予定だ。王都軍本隊と、ジャルジーのところの軍が参加。もし今が冬で、もっと軍が活発なころだったら、この二、三倍は軽く集まっていただろう。数多い貴族たちに挨拶回りをすることもなく済んだことは、俺としてはラッキーだった。


 さて、多脚兵器を含め、敵のメインどころは俺たちウィリディス軍が担当することになる。エマン王は、本来軍師が担う作戦計画を俺に一任した。

 ウィリディスの兵器群を扱える軍師がいないから、適切な判断と言える。


 俺は、ドラゴンアイ偵察隊と、ダンジョンコア『アグアマリナ』の情報から、旗艦コアであるディアマンテと、アンバンサー軍主力を叩く作戦を考える。……考えるのだが、ひとつ問題が浮上した。

 それは、フレッサー領から逃げてきた騎士の報告だった。


『敵に、フレッサー伯爵の令嬢が生きたまま捕らえられている』


 その騎士の話では、他にも騎士や領民が捕虜として連行されていたらしい。彼は援軍を求めるため、仲間たちの助けを得て脱走。クレニエール領にたどり着いたと言う。


「生存している民間人は、救出すべきと具申いたします」


 ディアマンテは、まことに機械文明時代の思考ルーチンを口にした。現代人である俺も、それには賛同するがね。


 アンバンサーが人間を狩っていたという話は耳にしている。だが死体を集めているのと、生きた人間が捕まっているのとでは、話も変わってくる。


 王とジャルジー、俺、そしてクレニエール侯爵のみで、別室にてこの問題が話し合われた。

 もはや陥落同然のフレッサーの貴族令嬢と多くない民を救出するか、あるいは見捨てるのか――権力者たちの後ろ暗い会談だったからだ。


 以下、本音まみれの表沙汰にできない内容。


「大を救うために、小を見捨てることも必要だ。優先すべきは何か、それははっきりしている」


 果たして、この捕虜たちを助けることにメリットがあるのか。人命の話ではない。損得の話である。


「普通に考えれば、ただ敵を倒せばいいという状況のほうが、人質の救出を考慮しながら戦うより犠牲も少なくて済むし、簡単だ」

「仮に助けたとして、見返りはあるのか? 部下たちに犠牲を払うだけの価値を、フレッサー家は返せるというのか?」

「しかし、フレッサーの生き残りは娘だ。適当な男子を婿に送れば、その家の実権を握ることもできるやもしれん」


 少なくとも恩を仇で返すことはできないだろう。


「王族としても、最後まで貴族と民を助けるという行動は損ではない」


 諸侯へのアピールとして悪くない話である。

 国に仕える彼らは、窮地の際は王族のために命を投げ出さねばならないが、王族もまたその献身に応える義務がある。助けを求めても、拒むような王に忠誠心を抱くはずがない。


「ただ相手は、我らより進んだ技術と力を持ち、古代文明を滅ぼしたやもしれない敵。全力で当たらなければ勝てない相手に、こちらは人質まで気を回している余裕があるのか?」

「助けた、は無理でも、助けようとした、という行動はとれるのでは?」

「建前は、だな」


 そんな本音が透けてみえる会話の中、三人の視線が俺に向いた。


「フレッサーを救出し、かつアンバンサーに勝つことは可能か?」


 無理難題をおっしゃる……と、普通なら思うのだろうが、あいにくと俺はそこまでの絶望感はなかった。

 細部を考えたら、色々困難な点も出てくるだろうが――


「できるか、と言われたら、できます」


 ウィリディスの兵器はアンバンサーに通用している。潜入についても、いくつかやりようが浮かんだので、これまでのことを考えても、何とかできてしまうんだろうな、と思える。

 しかし決戦の最中に救出するのはさすがに至難の業だろうから、事前に潜入して、救い出しておくのがベターだろう。


「難しいことはわかっている。できたら、でよい」


 三人は、救えたら儲けもの程度に見ているようだった。人質救出に失敗しても、アンバンサーに勝てばよい、というのが共通認識のようだった。



  ・  ・  ・



 俺は宿営地に戻ると、本部テントに主要なメンバーを集めて今後の行動を伝える。

 旧キャスリング領、隕石落下地点の地下にあるアンバンサー拠点の破壊と、敵の殲滅せんめつ

 そしてそれに先んじて、潜入工作部隊を派遣して、囚われているフレッサー家のご令嬢以下民の救出と、攻撃の際の支援ができるよう偵察と破壊工作を行う。


 人質救出について、誰も不満は言わなかった。

 アーリィーは、むしろ当然という顔をしていた。民のため、助けるのは当たり前といわんばかりだが、果たしてあの上級会議の内容を聞いていたら、とても面倒なことになっていただろうな、と思う。

 折りたたみ式の机の上に広げた地図――敵拠点のあるクレーター周辺のそれを、仲間たちは見下ろす。


「潜入部隊の主力は、リーパー・スコードロンだ。……いいな、リアナ?」

「了解」


 コマンド部隊指揮官である、強化人間の少女は頷いた。ウィリディス特殊部隊リーパー・スコードロン。敵地への潜入・破壊工作を任務とする専門部隊だ。


 俺は続ける。


「他に行くのは、俺、ベルさん、サキリス――」

「あたしも連れて行けよ」


 リーレが志願した。……不死身の彼女が加わるのはありがたいのだが。


「潜入だぞ? 派手なのは勘弁だ」

「失敬な。あたしはこれでも潜入と暗殺は専門なんだぞ」


 そいつは意外。まあ本人がそういうのなら、そうなのだろう。


「わかった。参加を認める」


 改めて地図を見下ろす。


「潜入は、ディーシーの領域化からの地下道開拓で行う」


 ダンジョンコア様、大活用。出番があると聞いて、ディーシーは『当然』という顔をしている。


「帰りは、救出した人質を連れて行くことになる。まともに帰ろうとすると時間もかかるし危険も大きいから、俺のポータルか、ディーシーの領域内転移魔法陣を使う」


 質問を含めた細々とした打ち合わせのあと、計画は動き出した。まずは、旧キャスリング領へ移動である。

 ウィリディス軍を含め、王国軍参加各軍は出陣の準備にかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る