第622話、悪い夢の原因は


 クレニエール城の作戦会議室に戻った俺は、氷獄洞窟での一部始終を報告した。アンバンサー軍の拠点の位置や戦力の他、氷装備のゴーレムたちを掌握して現在は味方であることも。

 クレニエール侯爵は口元を緩めた。


「西からの脅威はなくなり、アンバンサーに集中できるというわけだな」

「しかも、敵の本拠地もはっきりした」


 ジャルジーが力強く頷いた。


「総攻撃に移るべきだろう。そうだな? トキトモ候」

「はい」


 俺は首肯した。


「アーリィー殿下が指揮する偵察隊によれば、敵は旧キャスリング領隕石落下地点に集結しつつあり、これを一掃することができれば、アンバンサーとの戦いも勝利で締めくくることができましょう」

「うむ。……しかし、何故、連中は本拠地に集まっているのだろうか?」

「戦力の再編を図っているのでは? ケーニゲン公」


 クレニエール侯爵はテーブルの上の大地図を見下ろす。


「我が領内に侵攻した部隊は、壊滅的打撃を受けた。他に分散していた兵力をとりまとめる必要があったのだろう」

「同意します。兵力が減少したので、確保した人間を兵器にしようとするでしょう。用いられる薬物を前線部隊が無限に持ち歩いているとは思えませんし、人体に改造を施すにはそれなりの施設が必要と思われます」

「何にせよ、まとめて叩く好機ということだな」


 ジャルジーは、ちらと俺を見た。


「アーリィーは今前線なのか?」

「それに近いところに」


 お空の上の巡洋艦にいるよ、とは、ちょっと言いづらい。


「戦闘機隊で、集結前の敵を少しでも削らせている」

「アーリィー殿下は――」


 躊躇ためらいがちにクレニエール侯爵が首を振った。


「その、戦闘機とやらを操っているのか?」

「乗れますよ」

「トキトモ候も、パイロットだからな!」


 ジャルジーが付け加えた。何故か自慢げである。


「オレも操縦したいのだが、トキトモ候をはじめ、親父殿も認めてくださらんのだ――」

「――当たり前だ、馬鹿者。我が後継者よ、命は大事にせい」


 降って湧いた重々しい声が、作戦会議室に響いた。

 ふっと、空気が変わる。開け放たれていた扉から、頂に王冠を乗せたエマン王が姿を表した。


 突然の来訪に、クレニエール侯爵は「陛下!?」と目を見開き、ジャルジーも「親父殿!」とビックリしていた。


 部屋にいたクレニエールの騎士、魔術師らが慌てて跪く。俺たちが席を立とうとすると、エマン王は手を振りながら「そのまま」と指示して、適当な椅子にさっさと腰掛けてしまった。


「待たせたな、クレニエール候。そちの救援要請を受け、とりあえず王都の兵を一〇〇〇ほどかき集めた」

「はっ、陛下におかれましては、我がクレニエール領への救援、ありがたく存じ上げます。……ケーニゲン公もそうでしたが、ずいぶんと早いご到着ですな」

「なに、私も、トキトモ候頼りだ」


 要するにポータルを経由したということだ。徒歩で、さらに軍の移動となればその足は遅く、何日かかるかわかったものではない。


「もう数日あれば、さらに兵力は増えるだろうが、私にも詳しい戦況を聞かせてくれないか。どれくらい兵が必要かわからんのでな」


 エマン王が話す横で、ウィリディスのシェイプシフターメイドのヴィオレッタがお茶を用意して回る。自然にお茶を受け取りながら、王は俺に告げた。


「正直に言って、我が王都軍に出番はあるかね、トキトモ候?」



  ・  ・  ・



 悪夢を見た。


 あの厳しくも優しい母の夢だ。

 長く美しい金色の髪。……自身にもそれが受け継がれたことは、とても誇らしく思っていた。


 彼女は魔法騎士だった。槍と剣が得意で、攻撃・補助・治癒の三系統の魔法も使いこなしていた。


 人は、あの人を才能の塊だと言った。

 その美しく、気高い姿に、人々は神の尖兵たる戦乙女を連想した。

 あの人に憧れて、あの人のようになりたくて、魔法騎士を目指した。


 だけど、母はもうこの世にいない。


 父の愛したあの人は、天から降り注いだ巨大な隕石によって、跡形もなく消えてしまったのだ。


 だから、悪夢なのだ。

 もう彼女に会うことはできない。成長した自らの姿を、夢として追いかけた魔法騎士になる姿を、見せることも叶わないのだから……。



  ・  ・  ・



 サキリスは目を覚ました。

 ウィリディス軍駐屯地のテント。スライムベッドは優しい寝心地を提供するが、この温かさは他の誰かのもの。よく見れば、その艶やかな緑髪は、見知ったものだった。


「……エリサ?」

「……んん……おはよう、サキリス」


 すぐ横で寝ていたのは、半サキュバスのエリサだった。サキリスは目をしばたかせつつ、起き上がろうとする。


 テントの外は冬の朝の冷気をまとっているが、室内はウィリディスから持ち込まれている暖房によって暖かだ。


「エリサ、ごめんなさい。そろそろ支度しないといけませんわ」

「メイドさんの朝は早いものね」

「どうして貴女が、わたくしのベッドにいますの?」


 昨晩はお楽しみだった――ということもなく、サキリスはさっさと寝たのだが。

 エリサはスライムベッドに横たわったまま肘をついて頭を支えた。


「あなたが悪い夢を見ているようだから、添い寝してあげたの」


 サキュバスが抱きしめたから悪い夢を見たのではないか、と思ったが、そんなことを言ったらエリサに悪い。彼女が半サキュバスなのは、彼女自身に何の罪も落ち度もない。


 いや、むしろサキュバスはいい夢を見せるほうではないか。副作用というか対価が大きいが。


 それより、うなされていたから、一緒に寝るとか、まるで母親のようなことをすると思う。……だから母の夢を見たのかもしれない。


「気をつかわせたみたいですわね。ごめんなさい、エリサ」

「その様子だと、まだ夢を引きずっていそうね。もう一度、寝直す?」

「ダメですわ。お仕事がありますもの」

「あら残念」


 あっさりとエリサは引いた。サキリスは、ふっと息をつくと、いそいそとシェイプシフター装備であるメイド・コスチュームに着替えるのだった。

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